156 事務用品あれこれ
エスポスティの屋敷へ戻ったデルフィーナは、精力的に働いた。
コフィアの状況を確認し、新メニューを決める。試作が終わっているものの中から選んだのは、温室で育てたレモンを生かしたマドレーヌだ。
レモンとオレンジは北大陸にも生産地域があり、そこまで高価な輸入品ではなくなった。これはカルミネの指示によるエスポスティ商会の恩恵である。
また、イェルドとオノフリオには、日持ちする板チョコレートの作成、ウベルトにはカカオバターとココアケーキの作成をして、端から時間停止の箱に入れるよう指示を出す。
不在の間に届いていたチェルソの手紙に目を通し、温室内の状況を聞きつつ、新たに届く若木についての伝達を庭師へおこない、空き区画の確認をする。
以前届いた、花の色形が不明の薔薇の蕾がかなり大きくなり、一両日の間に咲きそうだと報告を受けた。
それを楽しみにしつつ、他の保留案件に着手する。
まずは王宮対策――宮廷を動かす文官や卿相への点稼ぎとして、文具商品の強化をはかることにした。
新しく事務用品を作って売り出すことにしたのだ。
スプリングを使ったバインダー、一穴と二穴のパンチ。カードリング。
今までクリップボードは大小作っていたが、綴じ具付きの表紙タイプは作っていなかった。これを、薄い木の板、革、厚紙の三種類作ってもらった。
使い勝手がいいのはどれか、値段とのバランス、劣化の速度、等を考えて選ぶのは、使用者に任せることにした。
屋敷内でテスト使用して、どれも問題はないと分かっていたから、全て売り出すことにしたともいう。
経年劣化はどれも大差ない。
使い方と使う場所によって変わってくるため、職により選べる方がいいと、ロイスフィーナ商会でアロイスの補佐をしているネリオが推進したのだ。
元々カルミネの補佐をしていた彼は、いずれエスポスティ商会の副商会長か大きな支店の支店長になるはずだった人物だ。商人として、デルフィーナやアロイスの二歩も三歩も前を行く。
彼の判断もあり、売れるものは全部売ろう精神で、職人達に継続製作を依頼した。
少し前に見つかったゴムは、調整していたが、デルフィーナが過去世で使っていたような柔らかさと粘りが出せず、今も試行錯誤してもらっている。
何故か知っていた練り消しゴムの作り方を伝えたら、そちらの方が先に完成してしまった。
鉛筆代わりにしていた、紙を巻いた細い木炭とセットで売り出してみた。
ペンと違い、こちらはどうしても太字になってしまうが、走り書きをしても消してまた使えるという利点がある。
鉛筆と違って限度はあるが、数回でも書き直しができるのは、紙の値段を考えるとばかにできない。紙が黒々しくなるまで使うかどうかは、使用者次第。
書いたままで残すこともできるため、細長のクリップボードとともにコフィアで使っていたのを、ポケットサイズにして、商会へ買い物に来る下級文官にお勧めしてみた。
そして練り消しは、インクボトルスタンドのないところでも、ボトルを固定するのに使えるという裏技があり、これも密かに広がるよう噂を流してみた。
通常インクボトルは、ボトルホルダーが机上にあるためこれに入れるか、ペンスタンドや
封蝋等を入れる文具箱に作り付けてあるボトルに、インクの入れ替えをして使っている。
そのうちスクリューキャップの商品を作って売り出すつもりのためインクボトルもそこに含まれているが、一先ず今あって今使えるものとして、知識もセットで売り出すことにした。
〈インクボトルを倒さず済む〉〈どこでも使える〉というのはかなりよかったらしい。
エスポスティ商会、ロイスフィーナ商会内でかなり話題となったそうだ。
“メモセット”と名された、クリップボード、木炭、練り消しの三点セット以上に、練り消し単独がかなり売れそうだと評判になり、既に予約注文の対応だけでいっぱいになりつつある。
このセットを喜んだのは、他でもない、画家達だった。
ボードは大きめで横長のものを作ってあげたら、嬉々として外へ飛び出していった。
とはいえエスポスティ家の敷地内で、すぐにそれぞれ好きなものの写生を始めていたが。
もちろん被写体は植物だ。
デルフィーナのいない間に彼らはまたたくさん描き、四人の向き不向きが分かってきた。
師匠二人は当然技術があるのだが、フランコは人物画の方が圧倒的に上手く、細密画は描けても、三人の絵と比べると、どうにも生気というか魅力が今一つ欠けた絵となってしまう。
それは本人にも分かっていたようで、必死に描いていたが、ボタニカルアートには不向きと言わざるを得なかった。
画集には二点か三点参加で留める方がいいだろう。
代わりに彼には、本来の仕事、デルフィーナ七歳の肖像画を依頼することにした。
四捨五入すればそろそろデルフィーナは八歳になるので。
師匠の代わりのように、フランコの弟子のジーノは素晴らしく細かい描き込みで、写実的な絵を描けるようになっていた。
目が良いのかもしれない。そして集中力が違っていた。
デルフィーナは彼を画集のメインの描き手に起用することにした。
後の二人、ボニートと彼の弟子のティーノも、かなり上達している。
バルビエリの画壇からどうとられるか分からないボタニカルアートだというのに、熱心に習得してくれた。
そんな四人を連れて、デルフィーナは温室を訪れていた。
「この花を見て」
デルフィーナの眼前には、見事な薔薇の花が咲いている。
今朝花開いたと、コズモが朝一で知らせてきた薔薇だった。
この薔薇は、チェルソが南大陸から送ってきたものだ。
屋敷へ着いた当初は運送のためかなり枝を落とされていて、どんな花だか欠片も予測できない状態だった。
それをアロイスとコズモが緑の魔法をかけて育て、温室の中でのびのび枝を伸ばし、ようやく蕾をつけ、花開いたのが今朝のこと。
八重の薔薇は見事な大輪なのだが、それ以上に目を引くのは、そのなんともいえない色合いだ。
オレンジから紅にかけてのグラデーションは、まるで炎のよう。
中心部は橙の色なのに、花弁の先はスカーレット。
縁にいくほど赤の濃くなる波状弁咲きの薔薇は、とても情熱的だった。
「このような花は見たことがありません」
「東大陸にあるという、牡丹、という花でしょうか?」
ボニートは東大陸渡りの品に描かれた牡丹を見たことがあるのか、熱心に薔薇に視線を注ぎつつ呟く。
「いいえ、これは薔薇よ」
牡丹もそのうち届く予定だ。東大陸へ渡ってもらった――まだ海上かもしれないが――
プラントハンターに、ほしい植物の一つとして伝えてある。
大輪の八重の薔薇は、東大陸にあるものとばかり思っていたから、チェルソが送ってくれたのが意外だったが、想定よりずっと早く入手できたのは幸運といえよう。
これで薔薇は何株目か。確か五、六種類ほどになる。
八重だが小さいもの、花弁は大きいが一重のもの、八重で香りの強いもの、色味の違うもの。
ローズヒップも赤いという意味では、薔薇も確かに「赤い実の木」なのだから、間違ってはいない。
もっぱら観賞用とおぼしき薔薇ばかり送られてくるため、チェルソは赤い実だから選んでいるのか不明だが。
「このような薔薇があるなんて……」
「まるで焔ですな」
ここのところずっと植物を描いていた彼らは、観察眼も上がっている。
花、葉、茎、棘、まだ開いていない蕾。それぞれをじっくりと見ていた。
「南大陸からの薔薇で六種。北大陸の薔薇も今集めているから、それでかなりの頁を埋められると思うの。他はどんな植物がいいか、絵画として評価が高くなりそうな植物はどれか、
一緒に考えてくれる?」
デルフィーナは四人を見上げながら意思の確認をとる。
アバティーノ公爵家のオランジュリーを見て、画集に入れる植物について逆に悩み始めてしまった。
身近な植物がいいのか、珍しい方がいいのか。あるいは万遍なく入れるべきなのか。
そこら辺は、今のバルビエリの画壇の傾向や、この画集の意味などを考え合わせなければいけない。
そのための知識がデルフィーナには欠けている。
補ってくれるのは、描き手である画家達、特にボニートとフランコの二人だ。
真摯に見つめてくるデルフィーナのチョコレート色の瞳へ視線を返して、改めて画家達は自分達の仕事を認識する。
絵具の調整、技法の習得だけではない。
もっと広義的な意味で補助が必要だと。
四人は、はい、もちろん、という返事と共に、しっかり頷いた。
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