139 まずは一点
「んん、これは、香炉かしら?」
ローテーブルに本体を下ろして、蓋を開けてみる。中はがらんどうだ。
デルフィーナは、箱に残っていた陶器の筒をそっと開いた。案の定、灰が詰まっていた。
ということは、この丸薬のような物は、香だ。
漆塗りの器はシンプルな作りだったが、香合だったわけだ。
過去世で使った経験があるお香は、円錐型か渦巻き型、あるいはお供えでよく使われるお線香だ。球状のものは見たことがない。
丸いのは、アロマボールや香り玉しか記憶になかった。
火をつけてみれば明らかになるのだが、ここでそれをしてもいいものか。
「テオさん、これは十中八九、お香のセットだと思います。ただ焚いてみないと確証が持てません。試しに一つ、焚いてみてもよろしいでしょうか?」
分からないことは問うに限る。
こういう時のためについている執事でもあるので、確認をしたところ。
「そうですね、この部屋では匂いが強い場合他へ移る心配がありますから、外ではいかがでしょうか?」
使ってみること自体は問題ないらしい。
それならば、とデルフィーナは元の箱へ全てを戻した。運ぶのならこの箱が最適だ。
全て戻された箱をテオが持ってくれたので、ミーナの案内で一番早く外へ出られる裏庭へと四人で向かう。
屋敷から少し離れた陰になる場所で、デルフィーナは箱を開けた。ピクニック用のシートを広げてもらったため汚れることはない。
香炉へ灰を移し、香を一つ、真ん中へと置く。
シートから少し離れた石畳の上へ香炉を置くと、デルフィーナはエレナを呼んだ。
「エレナ、この真ん中の黒いのに火をつけてくれる?」
「これにですか?」
「うん、少し煙が出ればいいの」
火力が強いと香を楽しむことなく燃え尽きてしまうから、弱めにと注文する。
元々点火能力は低いエレナの生活魔法だから、香炉まで燃えるような心配はない。
デルフィーナが下がったところでエレナが香炉に向き合う。
「火がついたら、この蓋を被せてください」
そちらはミーナへと預ける。頷いたミーナはエレナの隣へ立った。
すぐに火がついたのか、さっと蓋を被せて、二人ともデルフィーナの傍へ戻ってくる。
しばらく経つと、仄かに香りが漂い始めた。
煙はほとんど出ていないようで見えないが、微かな風で、バルディでは聞き慣れない香りが運ばれてくる。
「まぁ……」
「これは……」
「なんとも不思議な香りですね」
「うん。お香で間違いないみたいね」
予想通りの結果にデルフィーナはホッとした。
まず間違いないと思っていたが、間違っていたら惨事だったろう。主に臭い的な意味で。
もし丸い黒いものが丸薬だった場合、燃したらかなり臭かったと思う。
(あー、なんか懐かしい匂い。いい匂いで良かった!)
安堵しながら楽しむ香は、何をベースに調香してあるのかわからないが、過去世で聞いたものを思い出させる。
けれど過去世のいつ聞いたどの香りだったかわからない。色々と混ざっている感じだ。
(和室で、座りながら楽しめれば良かったな)
ほんの少し郷愁に似た気持ちを抱いたが、裏庭で立ったままという風情のなさがそれをかき消す。
最後に目一杯香りを吸い込んでから、デルフィーナは火を消してもらった。
香炉が冷めたところで灰を戻して、香炉を軽く濯ぎ乾かして――これも生活魔法で水と風を出してもらって――全て箱へしまうと、収納室へと戻った。
テオは一通り手順を書類に書き込み、ミーナはお香セットを元の棚へしまい、次の箱を出してきた。
外へ出て気分転換もできたから、デルフィーナの気分も乗っている。
香炉は謎の一つだったらしく、これで一点、閣下からのリクエストに応えた形になる。
曖昧に、これって条件クリアに合致する? と思うような物ばかりだったため、デルフィーナ的にはやっと一つという気分だ。
(まあこれまではお皿とか食器が多かったからってのもあるけどね)
この先どんどん見つかるといい。そう希望を持ちながらデルフィーナは次の箱を開けた。
「んん?」
「大きな木の台のようですね」
箱移動の時に重そうだったミーナは、隣から覗き込んで納得したように呟いた。
それを聞いてテオが箱から中身を出してくれた。
正方形の木の台に、四脚の足がついている。
足の形は揃っているが、細かったり太かったり六角形になっている部分があったりと一脚の中に凹凸があった。
そして台の上面には、格子柄が。
(これは、あれだ!)
デルフィーナは一目でピンときた。
だが付属物はどこだ。
「あの、これと一緒に納められた品があると思うのですが」
テオを見上げると、素早く書類を捲って確認してくれる。
「ありますね。ええと、箱に記入があったはずです」
そう言うと、裏返して置いておいた箱の蓋をひっくり返す。
「こちらが一ですので、棚に二の箱があるかと」
一の箱を出して空いた棚へと目を向ける。ミーナが空間隣の箱を引き出した。
「ええ、二と書いてありますね」
そのままローテーブルへと運んできた。
こちらは一の箱より細いが高さがあった。そして箱は上下に分かれるのではなく、側面が開くタイプだった。上方へ引き抜くと中身がすぐ見える。
(うん、多分正解!)
デルフィーナが二の箱からまず出したのは二脚の台。
これは一の箱から出した台の四分の一くらいの面積の、シンプルなものだった。床につく面がどちらでもいいような上下のないデザインで、二枚の板を細い柱がつなぐような形だった。
最後に箱に残っていたものを取り出す。
それは正方形の小箱だった。
磨かれた木目は美しいが、塗りはなく、いっそ質素と言えるほど簡素だ。
そしてその小箱を開ければ、絹の巾着袋が入っていた。
「何でしょうか?」
デルフィーナの隣で覗いていたエレナが首を傾げる。
巾着をするりと開ければ、思った通りのものが出てきた。
「これは、ボードゲームの一種ですね」
「ボードゲームですか?」
バルビエリにはチェスに似たゲームがある。他にもバックギャモンのようなゲーム等もあったが数は少なく、デルフィーナはロイスフィーナ商会の雑貨店で双六や五目並べを売り出していた。
だがその時に、囲碁や将棋は東大陸にありそうだと踏んで、出すことをしなかった。
(あ〜出さなくて良かった。あの時の私、グッジョブ!)
今回出てきたのはおそらく将棋だ。
だが駒に書かれている字は、デルフィーナの知る字とは微妙に異なる。
漢字によく似ている表意文字だが、細部が違うのだ。とはいえ概ねの意味はくみ取れそうだ。
(創作漢字の読み解きみたい)
駒を一つずつ台に並べながら、デルフィーナは丹念に字の確認をした。
(多分これが玉、で。これが桂馬、これが飛車……かな?)
盤のマス目は縦横九ずつ。駒は四十。数からすると間違いなく将棋だ。
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