126 公爵との対話3
また献上することを許されたのだ。これは人によっては大喜びするところだ。公爵閣下とのつながりが切れることなく次があるのは大変ありがたいことである。
喜びを露わにしないデルフィーナを淡々とした眼差しで見ていた公爵は、顎を一撫ですると、軽く手を振った。すると、幾人もいた使用人達がしずしずと下がっていく。
残ったのは、デルフィーナを案内した執事、護衛の者と、従僕一人だった。
「少し、問答をしようか」
静かに低い公爵の声が響く。
さて、何を問われるのか。チョコレートの献上は前哨戦。これからが本戦かもしれない。デルフィーナは心の中で身構える。
「ああ、ここに残った者達は、ここで見聞きしたことは外へ出さぬよう縛りを入れてある。気にせず話すがよい」
公爵の言に、デルフィーナは頷く。嘘偽りなく話すことを望まれている。だからこそ人払いをしたのだと理解した。
「そう構えずともよい。だが、何を問おうか。そうだな……」
出題内容はあらかじめ決められていないらしい。即席の問いであるというポーズの可能性もあるが。
「ふむ。では。早急に橋を架けかえねばならない。だが金が無い。さてどうする?」
何だろうかその問いは。
為政も統治も無縁なのに、行政官の採用試験か何かか、と言いたくなるようなことを問われてしまった。
だが問われた以上、答えないわけにはいかない。デルフィーナはしばらく黙考の後、口を開いた。
「名前をつける権利を売ります」
「ほう?」
面白いものを見つけた、というように閣下のフロスティブルーの瞳がきらりと光る。
「そんなものを売ってどうする? いや、そもそも売れるのか?」
「売れると思いますわ。売り出していることをきちんと宣伝できれば。
そして入札式にすれば、一番高い値を付けたものに売ることが可能です。オークションでもいいですが、さすがにそれは外聞の面もありますし。
最低金額を決めておけば足りずに困ることもないでしょう」
「入札する者がいる前提の話だな」
公爵は売れるか疑わしいと考えているようだ。
デルフィーナは補足として例を挙げてみる。
「大々的に人に知られる物への名付けですよ? しかも長く残る建造物です。
例えばですが、愛する女性の名前をつけたい人もいれば、自分の名を残したい人もいます。愛する我が子が生まれたばかりだったら? 長生きを願ってつけることもあり得ます。
商売人なら、商会の名を通りやすくするため、橋に商会名をつけるのもありでしょう」
「ふむ?」
「意外と、お金はあるものの名声はない人間は多くいるものです。閣下と違って、名を残したいけれど何の功績もない者の方が世には多いのですよ」
デルフィーナの追従へ、公爵は面白くなさそうにくっと口角を上げた。
だがジェルヴァジオ・エリア・ヴォルテッラはどう考えても歴史に名を残す。それは事実だ。デルフィーナは構わず続けた。
「特出して名の通った人物は、存外少ないものです。歴史のお勉強をする時は、何百年も積み重なっていますから多く感じますが。
歴史上名を残せるのは戦で軍功を上げるなど、国の変遷期だったりしますので、平穏な時代ではなかなかに難しいのです。それが、橋に名を残せるとなれば、手を挙げる者は必ずおりましょう」
「……なるほどな」
デルフィーナの説明で納得したのか、呟いた後、公爵はしばらく目を瞑って沈黙した。
名前を売って建設費用を賄う案は、公爵的にありなのかなしなのか。わからないが、商人気質のデルフィーナにとっては断然ありだ。
試験ではないのだから自由に答えても差し支えない。
公爵閣下の反応を待っていたデルフィーナへ、目を開いた彼は次の質問を投げた。
「では、もう一つ問おう。
A国との国境で略奪行為が繰り返されている。被害にあっているのはA国内だ。我が国に対して非難と詰問がきているが、我が国は関与していない。調べると略奪行為をしているのはB国の手のものだと分かった。だがB国は証拠がないと知らぬ存ぜぬで通してくる。さて、どうする?」
これは過去にあった話なのか、現在起きている話なのか、単なる仮定の話なのか。
実際に今起きている話だと答えるのは微妙だが、国際問題についてはデルフィーナも気になるところなので、考えるのはやぶさかでない。
前問と同じくしばし黙考の後、デルフィーナは答えを出した。
「A国やB国、他国の外交官が集う場所で、B国は上手くやりますなぁ、と褒めてみせます」
大国の開く、何ヶ国からか貴族が招かれるパーティーの会場や、国際会議の場、外交官も参加するバルビエリ国王の開く晩餐会など、数カ国の面子が集まる場はそれなりにある。
そういった場で、交流がある国の人間と対話するのは自然なこと。
「そこで、こう発言するのです。
『いやいや、証拠がないのですから、責めることはいたしませんよ、ですが本当に上手い手で。わが国にはできません、可能なら見習いたいものです』
と。嫌味なのか本心から褒めているのか倣うつもりなのか、読み取れないように曖昧な雰囲気で言えればなおよしですね」
デルフィーナはシチュエーションを考えつつ話す。
「ほう?」
「A国がB国を疑うように持っていければよいですし、なんならA国にはお見舞いとしてB国の欲しがるものを差し上げる約束をしたらいいのではないでしょうか。
あるいは、弓矢などの消耗品を支援すればよいかと」
戦争を後押しするようでデルフィーナ個人としては業腹だが、既に始まっている戦で、A国が負けている状況で、バルビエリに嫌疑がかかっているのなら、A国へ武器を流すことはバルビエリに戦争の意思がないと伝えることにもなる。
「A国には、B国の振る舞いで我が国が疑われて困ってるんですよ、でも証拠がないから正式な抗議もできず、と嘆いてみせるのもいいかと思います」
「我が国の弱みをみせると?」
「弱みと言うほどではないでしょう。A国は確証がないのに我が国へ抗議をしているわけですから。ある意味、A国への抗議にもなりますよね。A国は本当にきちんと調べたのか? という」
「ふむ」
「B国が巧妙なのだと、それに引っかかっているA国はどうなのかと、さりげなく伝えつつ、我が国の落ち度ではないことを前面に押し出せば面目も立ちましょう」
外交の面ではそれで時間稼ぎができる。
実際の戦場でどう対処するかはまた別の話だ。
「国境での対処はどうする?」
答えていない部分を閣下に指摘されて、デルフィーナは微かに唇を噛んだ。
「実際に略奪をしている集団の捕縛ですね。我が国へ入った段階で賊ですから。捉えてしまえば、次の実行部隊をB国が出してくるかも観察できます」
我が国の中に拠点があってはA国の非難はある意味正当な物となってしまう。その対処は必要だ。また、捉えた賊をA国に渡せば、我が国への反感は抑えられる。
「国境ですから、我が国の軍を多く配置することは可能です。ですが、そうなると一触即発、一つ間違うとA国との戦争に突入の可能性があります。
ですので、多くの軍や兵は少し離れた国境近くの王領や、駐在しても大丈夫な領地に配置します。そして国境近くに住む民は避難させておきます。その上で、騎兵のみの隊で賊狩りをします」
全てを騎馬の兵、騎士にすれば機動力が上がる。
少数でも移動して賊を捉えて退却することが可能だ。
賊の扱いがどうなるかは、デルフィーナ的にはセンシティブな内容となるが、あくまでも机上の空論としてこの際考えないことにする。
同じように賊狩りに出ているA国の兵士が万が一暴走して我が国を侵略しても、被害が最小に留まるよう住人の避難は必須だし、控えの兵力をそばに置いておく必要もある。
だが近すぎてはA国を刺激するだけだから、あくまでも少し離れたところへ配置する。
B国としては、A国と我が国が戦になるのが望ましいのだから、そうならないようにという配慮だ。
「あと打てる手は、同じように、他国のふりをしてB国で略奪をするくらいでしょうか」
報復をするのは違う気もするが、B国の兵の配置を換える目的なら、似た行為をするのはありだろう。
「その後は、A国とB国がどう動くかによって変わってきますので、事態が動いた後に考えます」
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