125 公爵との対話2
「まあよい。そなたが普通の子どもでないことはようわかった」
頭ごなしの命令が全く効かない相手は今まであまりいなかったのだろう。
公爵という立場を思えば、そもそも会えるのは皆それぞれ地位のある人間だ。それが命令されれば反駁の気持ちを抱くのは普通のこと。
デルフィーナの立場が公爵にとって異色だっただけだ。
目を眇めてデルフィーナを眺めていた閣下は、納得したように顎をひと撫でした。
「なるほどな、そなたがエスポスティの秘蔵っ子か」
おや、とデルフィーナは再び思う。
稀人であることを確認されるかと思っていた。
稀人は国へ届けを出す決まりがある。それを守っていない理由――言い訳も用意していたが、公爵閣下はそこを追及するつもりはないようだ。
デルフィーナの、ひいてはエスポスティの弱点のため、突かれたら面倒だったのだが。これにもなにか理由があるのか、はたまた追及は後々する予定なのか。
デルフィーナ側から稀人です、と言い出すつもりはさらさらないため、流してくれるならば有り難く乗ることにする。
「さぁ、どうなのでしょう? 寡聞にしてそのように言われているとは存じませんでした」
にこりと笑うと、閣下もニヤリと笑う。
皿に追加で出させたチョコレートをピックで刺し、しげしげと見つめる。
「それにしても、カカワトルがこうも変わるとはな」
ココアパウダーがかかった外見は、口の中で溶ける生チョコレートの食感を想像できない。カカワトルの姿を知っていればなおのこと、こうなるのは想定外だったに違いない。
気に入ったのは本当らしく、閣下は眺めていた一片を口にした。
「鼻に抜ける香りも、水薬の時とはかなり違うな」
香り自体は同じだが、香りの強さや感じ方が変われば印象は変わる。
デルフィーナは味わう閣下を邪魔することなく、うんうん、と無言で頷いた。
閣下はもう一つのチョコレート、パラフィン紙で包んだ板チョコレートを使用人に開けさせる。
「これも同じカカワトルか」
「はい。そちらはしっかり硬く、今お召し上がりになったものより、日持ちいたします。そして少し苦味が強く、酒精の濃いお酒との相性がよろしいです」
本当は珈琲を勧めたいところだが、ないのだから仕方ない。閣下は酒を好むと事前情報にあったので、そちらを推してみた。
「ほう? ワインではなく他の酒か」
「ワインでも合うものはあると思いますが、こればかりは私が確認することができませんので」
「はは、確かにまだ早かろうな」
法律での決まりはないが、さすがに七歳の子どもが多種の酒を試飲するのは周りが止めるし、止めなければ周囲の人間が非難される。
だからデルフィーナ自身が合う酒を選ぶことはできなかった。
その辺りは、酒もイケる口のコフィアの料理人二人に任せてある。
酒とダークチョコレートを抱き合わせで販売できるよう、エスポスティ商会と掛け合う予定だ。
それもまだ先の話ではあるが。
「これも、カフェテリアであったか。その店で売るのか?」
「はい。名を、チョコレートとつけました」
「チョコレート、のう。意味はあるのか?」
「とある国の言語で、苦い水を意味します」
チョコレートの語源は<ショコラトル>、アステカの言葉で苦い水、といわれている。世界に広まりそれぞれの言葉に変化した、そのうちのひとつが<チョコレート>だ。
「はは、あの水薬のままではないか」
「はい。苦い水だった頃を忘れられぬようにつけました」
嘘である。
チョコレートはチョコレートでインプットされてしまっているから、過去世の名をそのまま持ってきただけだ。
「甘く蕩ける極上の食べ物も、元は苦い水だと忘れぬためか」
「その方が、カカワトルをお召しになっていた方にもご理解いただきやすいかと、勝手ながら考えました」
これは嘘ではない。
苦い水薬を飲んでいた方々へ宣伝するには、苦い水の意味を持つ名前は有効だと思っている。
「確かにな。強さは違っても香りは同じだ」
ダークの板チョコレートを齧った公爵は、それを舌の上で溶かしながら、頷いた。
ダークチョコレートはガナッシュより苦味が強い分、元の薬を思い出しやすいのかもしれない。
「お好みに合わせて、苦味や甘みを調節して作ることも可能です。カフェテリアでは、三種に絞って販売の予定ですが」
客の好みに合わせてそれぞれ作るには、作り手が足りない。
フィルミーノを加えても、チョコレートを作れるのは三人だけだ。
“ショコラティエ”を誕生させればいいのだが、それにしてもイェルドとオノフリオの指導が必要だし、信頼できて腕のある料理人を引っ張ってくるのは大変だ。
チョコレートに魅せられた料理人が現れれば、オノフリオのようにコフィアのドアを叩くだろうから、ショコラティエを生むのはそれからでもいいかと思っている。
とはいえ、公爵閣下の好みに合わせたチョコレートを作るくらいなら可能だ。
自分達の作ったものが閣下の口に入るとなれば、料理人達もこぞって腕を振るうだろう。
「これが初の味わいだぞ? その三種とやらを食べ比べてみねば好みなどわからんわ」
少し呆れたように公爵は片眉をあげた。
「これは、失礼いたしました。次は三種全てご用意いたします」
今回は公爵閣下仕様で作ってしまったため、売り出す商品は持ってこなかった。店頭で売るものをそのまま持参するのは失礼に当たると思ってのことだったが、裏目に出たか。
だが公爵はその配慮をわかっていたのか、鷹揚に頷くだけだった。
デルフィーナはついでとばかりに切り込んでみることにした。
「それで、チョコレートの権利はどうなさいますか? 差し上げたほうがよろしいでしょうか」
初めの命令に対する改めての確認だ。
公爵が欲するとなればデルフィーナはこれを手放さざるを得ない。紅茶と同じくらい客を惹きつける商品なので、チョコレートを失うのは小さくない痛手なのだが。
そんな本音は面に出さず、公爵を見つめるデルフィーナに、当の本人は鼻を鳴らした。
「ふん、権利など腐る程持っておる。わざわざやや子から取り上げるような真似はせんわ」
「ややこ……」
唖然としたデルフィーナに、初めて表情を崩せたと公爵はほくそ笑む。
「ほう、さすがに赤子扱いはこたえるか」
「ええ、まぁ……」
今の年齢でもたまに違和感をおぼえるのに、赤子と揶揄されてはさすがのデルフィーナも凹む。
だが、彼女の数倍生きてきて、人生の酸いも甘いも噛み分けてきた公爵からすれば、デルフィーナなど赤子同然なのかもしれない。
過去世の記憶はあっても、その生の全てを覚えているわけではない以上、精神が釣られても生きてきた経験値はあまり加算されていない。
そもそも平和だった過去世の人生と、生き馬の目を抜くような世界に生きる公爵の人生では、経験の密度が違う。
デルフィーナは気持ちを切り替えると、大人な公爵閣下に甘えることにして、改めて表情を作った。
「それでは閣下のお言葉に従い、やや子はおとなしくチョコレート作りに励みます。閣下のお好みがわかりましたら、合うものを新しく作らせてくださいませ」
にっこりと笑ってみせた。
赤子でなくとも幼い子どもが笑えば、大抵の人は気持ちが釣られるものだ。だが公爵はまたくいっと片眉をあげるだけで、何かを考えているようだった。
「そうだな。より食べやすいものを作るがいい。ついでに合う酒も選ぶよう、ああ、こちらはドナートに言い置いておくか」
さすがにデルフィーナへ言いつける内容ではないと気づいて言い添える。
どうやら閣下は他のことを考えつつ話しているようだ。
「かしこまりました」
デルフィーナは突っ込まず、静かに請け負って頭を下げた。
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