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116 アバティーノ公爵




「そなたの家族は随分優秀だそうだな」


 公爵閣下が雑談に交えてそう口にした時、ドナートは、ついにきた、と思った。


 数日前、エスポスティ商会の新商品が見たいと、アバティーノ公爵より知らせがあった。公爵家の家人が持ってきた信書の宛先は、商会長のカルミネではなく、ドナート。

 公爵本人が買い物をするため、子爵への対応を求めたのか。それとも。


 十中八九、別の要件があり、商品の紹介にかこつけての呼び出しだろう。

 そう予測してはいたが。


 新商品のいくつかを紹介したところでの、この発言だ。

 商品開発の能力として言っているように聞こえるが、ではその()()はどこからきたのか? という話だ。


 いずれ誰かが嗅ぎつけるだろうと考えていたが、まさか公爵家とは。

 想像以上の大物がきてしまった。


 現アバティーノ公爵は、統治者として優れている。それは噂などで聞くまでもなく、彼の治める土地を見れば明らかだ。

 アバティーノ公爵領は王都に隣接しており、領内に湾を持つ。

 王都の湾ほど広さはないが、深さはある。大型の船舶を泊めておくのにちょうどいい立地であり、王都に入れなかった船の停まる場としても使われている。

 それだけでも税収はかなりのものだが、公爵は湾の整備や港町の拡充だけに留まらず、大型船用の造船所を作った。

 軍事的観点から船の販売については国の管理となるが、当然ながら公爵所有の船は多い。数を増やすのには限りがあるが、常に最新の船を持てるのだ。その優位性はかなり大きい。

 結果、東大陸へ渡れる船の多くがこの造船所から出たものになっていた。

 必然的に、貿易に関してアバティーノ公爵の占める利権はかなりなものとなっている。


“アバティーノ公爵が手に入れられないものはない”と世間に言わしめるだけの権力と財を持っている、それがこの国の筆頭公爵、ジェルヴァジオ・エリア・ヴォルテッラだ。


 国王とも近い姻戚関係の彼は、王より年が上な事もあり、王も一歩引いて彼に対していると聞く。

 関係は良好であるが、それも、互いの譲歩があってこそだろう。


 そして言うまでもなく、彼は国内に広く、情報を集める手段を持っている。

 政治にしろ戦にしろ貿易にしろ、情報は重要だ。平常時からなんでも耳に入るよう網を巡らせてあるのは当然。

 国内のことであれば、些細なことでも、知りたいと思ったことは何でも知れる。

 アバティーノ公爵はそういった人物だ。


 そんな公爵の存在を忘れていたわけではない。

 ないが、接触を図ってくる一番手がトップの公爵とは。探りを入れてくるのなら、門閥の伯爵家辺りだろうと想定していたというのに。

 ドナートは嘆息したい気持ちを飲み込んだ。


 “稀人”の存在は、どれだけ隠そうともいずれ誰かに気づかれる。

 それがなるべく遅くなるよう手を打ってきたが、この公爵相手では足りなかった。

 些細な情報でもかき集めて組み合わせれば、輪郭は見える。それに基づいて予測を立て、裏取りをすれば、あとは当事者に確認を取るだけだ。


 デルフィーナがもっと出し惜しみをするタイプならば、発覚はもっと遅らせることができただろう。

 だが彼女は食に関する分野、生活雑貨に関する分野では自重をしなかった。


 デルフィーナは何やら欲しいものがあって、それを得るために邁進しているらしい。

 ドナートが直接本人に問うたわけではない。

 だがクラリッサとアロイスからは聞いている。

 どうしても手に入れたくて、そのためには資金が必要で、自身の資産を作ることを優先した結果が、現状だ。

 確かに彼女の提案する商品はどれも売れ行きがよく、デルフィーナは着実に資産を増やして――バンバン使っている。


 どれだけ秘めても、秘密というのは露見するもの。

 デルフィーナがあまり自重しなかったこともあり、“稀人”なる存在があると知る者には早々に気づかれて不思議のない状況だった。


 情報を広く拾い上げているアバティーノ公爵だ。

 無論、カフェテリアのことも、雑貨店のことも、エスポスティ商会の業績向上のことも、把握していたはず。

 アロイスの襲撃事件や、デルフィーナが屋敷外に出るのはカフェテリアへ赴く時ばかりであるのも知っているに違いない。

 諸々の情報を組み上げ、裏付け確認に時間を要しての、今、と思われる。


 ここでドナートが悩むのは、公爵が「家族」という語を使ったことだ。


 公爵側でも、誰が“稀人”なのか、その特定まではできなかったのだろう。

 アロイスが()()であるように対外的には見せているものの、デルフィーナの動きを掴んでいたのなら、十分疑える。


 公爵に対し、アロイスだと謀るか、デルフィーナだと正直に告げるか。

 その判断に悩む。


「はい、おかげさまで、このように新しい物を生み出すことができております」


 内心の葛藤など欠片も表さず、ドナートは微笑を刷いたまま穏やかに答える。

 持ってきた物は、カルミネが作らせたデルフィーナ発案の物で、ロイスフィーナ商会の商品も含まれる。

 実際に作っているのはエスポスティ商会傘下の工房なので、問題ない。


「夏の終わりから始めたカフェテリアだったか。アレも随分と評判なようだな」

「はい。大変ありがたいことに、普段ですとお目通り願えぬ方々にも、お忍びにて足をお運びいただいているようです」

「ああ。聞くところによれば、賢き辺りの方々の口にも運ばれているらしいな」


 まて。それは初耳だ。

 頭痛を起こしそうな衝撃を飲み込んで、ドナートは表情を保つ。


 賢き辺り――つまり王室の方々だ。

 王家のどなたがお召し上がりになっているのか。

 甘い物がお好きだという方は多い。むしろ、好まぬと公言する方が障りがあるため、皆、好きということになっている。である以上、どなたと特定するのは難しいか。


「幸甚に存じます」


 深々と頭を下げたドナートに、公爵は、ふ、と息を吐くだけで笑った。


「平民も貴族も、派閥も問わぬそうだな」

「はい。どのような方でもお求めになれる、そういった店にしたかったようです」


 派閥など気にしないデルフィーナが開いた店だ。

 店に悪影響がない限り、誰であろうと客である。そういう対応をしている。


「はは。娘はまだ幼いのであったな。それに店を任せるとは、流石に王室御用達の看板を掲げる商会だけあるわ」


 これは皮肉なのか、本心から感心をいただいているのか。

 悩みながらドナートは笑みを深くした。


「我が家の子は二人しかおりませぬゆえ、どちらかが商会を継ぐとなれば、娘の可能性が高く。本人のやる気がありましたので、任せてみました。

 貴き方々へご迷惑をおかけせぬよう、監視として弟をつけております」


 元々、どこの派閥にも属さないエスポスティ家だ。それは誰が相手でも商売できるようにという配慮。

 それをロイスフィーナ商会も継いだに過ぎない。

 だがエスポスティ商会が各貴族家へ御用伺いをするのと違って、カフェテリアコフィアは、客が来訪する形の店だ。

 誰でも問わず、というのは子どもっぽいと見られても致し方ない。

 デルフィーナ自身、自分が子どもであることを盾にとって振る舞っている部分があり、広く門戸を開くのは、子どもを口実にしているといえた。


「ふむ? 商会はカルミネの子が継ぐのではないのか」

「私に子が増えず、娘が継がぬとなれば、あるいはカルミネの子が継ぐやもしれません」


 エスポスティ商会は、<子爵位を継がない子爵家の嫡出子>が継ぐのが基本である。

 カルミネの前は、ドナートとカルミネの叔父が商会長だった。陶磁器工房のフラヴィオの父親だ。

 その前もその前も、商会長には本家の人間がついている。

 基本的に商売人気質の者が多いが、たまに、フラヴィオのように職人気質だったり、騎士になりたがったり、冒険家を志し大陸を渡ったり、とエスポスティ家の人間は自分の好むところへ突き進む傾向がある。

 つまりは我が強いのだ。

 止める方がやっかいなため、目標がある者はそちらへ進むことが許されている。

 子爵位を継ぐ立場にあるのに、それを拒む者さえいた。

 商売人気質が強すぎて貴族としての振る舞いができないと、その人物は行商人になって各国を行脚したという。


 デルフィーナが珈琲を求めて突き進むのも、エスポスティ家の血といえるかもしれない。


 今のところ、兄のファビアーノが子爵を継ぐ予定で、妹のデルフィーナが商人として立っている。

 とはいえデルフィーナはロイスフィーナ商会を作ってしまったし、この先二人の弟妹が生まれないとも限らない。

 エスポスティ商会を誰が継ぐかはまだまだ未定なのだ。


「なるほどのう。しかし、娘か弟か、いずれにしろ商人として才があるようでなによりだな」

「はい。有り難いことと存じます」

「それで、新しい商品に苦い水薬の元をどう使うのだ?」


 ズバリ切り込んできた内容に、ドナートの表情は一瞬固まった。


 微笑のままの一瞬だが、アバティーノ公爵には十分だった。

 笑みを深めて、試飲として出されていた紅茶を、購入を決めたばかりの磁器のティーカップから一口飲む。


「この紅茶という飲み物も、元は薬だったと聞く。あの<カカワトル>を如何様に飲みやすくするのか、楽しみなものよ」


 くつくつと笑う様は、まさに国家権力の頂点に近しき人間独特の、言いようのない強さを窺わせるもので。

 これが、筆頭公爵か。

 ドナートは諦めと共に、瞼を伏せた。







お読みいただきありがとうございます。

活動報告にも書きましたが、見ていない間にランキング入りさせていただきました(1位をいただいたタイミングもあったようです、コメントでお知らせいただきありがとうございました)

たくさんの応援を頂戴した結果だと思っております、感謝でいっぱいです。

引き続きお楽しみいただけますよう、書いていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
文中に「賢き辺り」とありましたが、これは王族を指す場合は「畏き辺り」ではないでしょうか。 王族は畏れる程に尊いですが、必ずしも賢い訳では有りませんから。 もし別の意図が有って敢えて「賢き辺り」を使用さ…
王国の大物キターー!さて主人公の運命は、如何に。
相手は船に関する元締めみたいなものだから仕方が無いというか、隠すのは無理がありますね。
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