112 歓迎会
「それでは、新人歓迎会を開始します!」
デルフィーナが手にしたゴブレットを掲げると、おー、や、わぁ、といった声が応えてそれぞれが木のカップやゴブレットを持ち上げ、乾杯する。
今夜は、コフィアのスタッフ、ロイスフィーナ商会の商会員――すなわち従業員が増えたので、その歓迎会だ。
外の店を貸し切ることもできたが、警備面が心配との意見があり、エスポスティ家の屋敷の一室、広めの部屋での開催となった。
はじめはコフィアのスタッフだけで懇親会を、と考えていたデルフィーナだが、彼女発案の品々を売る商店の方も人手が増えたので、そちらも開くべきだとネリオに進言され、一同を集めての会をすることにした。
結果、結構な人数が集まっている。
商店もカフェテリアも元々のスタッフはそれほど多くなかったが、忙しさがかなりになり、休みが取りにくくなっていたため、人手を一気に倍ほど増やすことにしたのだ。
同じ商会内でもそれぞれの交流は機会が少ないため、ここで初顔合わせという面子もいる。
はじめは料理を作ると言っていたイェルドだが、その話を聞いたオノフリオが、そういう料理なら自分が、と張り合うように手を挙げたため、デルフィーナは両人ではなく屋敷の料理長へ頼むことにした。
その都合もあって、会場が屋敷になったのもある。
こういう時に、大小のレセプションルームがある屋敷はありがたい。
新商会員は、エスポスティ商会の寮に入っている者はそのまま、外で部屋を借りていた者は屋敷の使用人部屋へ引っ越しさせた。
今夜の歓迎会が終わっても、帰り道は安全なよう配慮してある。
日の落ちた街は王都とはいえ明るさがぐっと下がるため、昼日中よりずっと危険度は増すのだ。
以前から勤めているスタッフ達は気をつけることが身についているが、新入りはまだ危うさに対する認識が甘い。
帰さず泊める方がいいのでは、とデルフィーナは思ったが、夜道を帰すことで先輩達に教わる方が、今後のためにはいいだろう、とアロイスとネリオが決めた。
帰路にはもちろん護衛をつけるが、離れたところから見守る方向にするらしい。
新入りに危機感を植え付ける考えがあるようだ。
デルフィーナは自分自身すら守れない身のため、やり過ぎないようにね、と注意はするものの、まるっと任せるしかなかった。
そんないくつかの思惑を経ての開催となった歓迎会兼懇親会だが、立食式の好きな料理を自由に取り分けられる――ビュッフェにしてある。
慣れた者達は今回初出の料理以外にはそこまで顕著な反応をしていないが、初めてデルフィーナのふるまう料理に接した商店のスタッフ達、新しくコフィアに入る予定の面々は、料理を前にそわそわしたり唖然としたり、目移りしすぎて右往左往したり、面白い状態になっている。
歓迎会なのだから、とデルフィーナはここぞとばかりに自分発の料理を作らせたのだ。
彼らの表情がおかしかったのか、はたまた存分に食べられるためか、リベリオやリーノは遠慮なくクスクスと笑っている。
ただ一人、オノフリオだけが目をらんらんと輝かせて、レシピを知っているだろう、とイェルドを質問攻めにしていた。
この二人の初対面は、本当に二人を同じ厨房に入れて大丈夫か? とデルフィーナが懸念するほどのものだった。
というのも、オノフリオが敵愾心ともいえるほどの競争意識を露わにしていたからだ。
これには争いを好むわけではないイェルドもうんざりしたようで、しばらくは過去の渋面がすっかり復活していたが。
接するうちに、オノフリオは料理に関する以外はほぼ無頓着とわかり、以降はあまり気にせず、淡々と対応している。
それを見てデルフィーナは、大人とはかくあるべきか、と感心したが、それはまた別のお話。
賑々しく料理を見て、味わって、質問攻めにするオノフリオはイェルドに任せることとして、デルフィーナは、コフィアに入る新人――ウベルト、マリーザ、ミレッラの相手をすることにした。
「どうかしら? 口に合いそうなものはあって?」
馴染みのない料理を前にしばらく呆然としていた彼らは、今、せっせと競って料理を皿に盛っていた。
甘いものを中心に取っているのはマリーザで、肉の多いものをウベルトが、パスタやタコ焼きを選んでいるのがミレッラだ。
「あっ、デルフィーナ様」
「商会長」
「お嬢様」
三人はぎこちなく手を止めると背筋を伸ばす。
前はそれほど緊張した様子を見せていなかったのに、どうしたのだろうか。
「そんなに固くならないで。いつもどおりで大丈夫よ」
宥めるように笑うデルフィーナに、誰かがこくりと唾を飲んだ。
「ですが、雇用主ですから」
「それに、マレビトってとっても貴重な存在なんだって聞きました」
「子爵家のお嬢様ですし……」
それぞれの言葉に、三人は互いに頷き合う。
面談の時には知らなかったことを、正式雇用となり知ってしまったぶん、緊張する相手となってしまったらしい。
デルフィーナは苦笑して肩を竦めた。
「そうは言っても七歳の子どもですからね。口が達者なだけで、偉い存在な訳じゃないわ。
コフィアの開店時からのスタッフなんか、もう皆、遠慮なんか欠片もないわよ。いえ、欠片くらいはあるかしら?」
新作の試作会の時などは、食いしん坊達はそれなりの態度を取る。
だが基本的に普段は、ラフな会話が多かった。
接客時に困らないように、と日常生活から敬語を使う練習をしているフィルミーノ、リーノは丁寧に話しているが、気持ちは多分緊張とは無縁だ。
「そうなんですね」
先輩達の図太さを尊敬すべきか悩みながら、ウベルトは感心の声を漏らした。
「今は無理でも、いずれもっと気楽に話してくれるようになると嬉しいわ。
コフィアの先輩達も、難しい人はいないから、気にせず交流を図ってね」
更に好みのものを盛り付けては舌鼓を打っているリベリオやタツィオを見て、はたしてアレらは先輩としての威厳を保てるのだろうか? と疑問に思いつつも、デルフィーナはさくっと見なかったことにして三人に微笑んだ。
「食べる側としての料理の話ならリベリオ、甘いものの作り方はフィルミーノ、サーブの方法なんかの話を聞くならタツィオかしらね。
店での経験談や気をつけることを今のうちに聞いておくといいわよ」
店に入っていきなり接客を一人でさせるつもりはないが、知っておいた方がいいことは数々あるだろう。
その辺りは、デルフィーナはあずかり知らないため、実働のスタッフ達から聞く方がいい。
早く店に馴染めるように、すでにバックヤードには何度か顔を出して裏の説明は済ませてあるが、実際に働くようになる前に聞きたいこともあるだろう。
オーナーとしての配慮を見せつつ、デルフィーナは再度、食事に熱中している彼らを示して名を教えた。
三人は律儀に頷きながら、一人一人の顔をあらためて認識していく。
生真面目な反応に、いい人材を引き抜いたな、とデルフィーナはほくそ笑んだ。
あとは、彼らのもつ固有魔法を上手く組み込んでいければ、万々歳だ。
促された三人がそれぞれコフィアの先輩スタッフ達に声をかけ、先輩後輩間での会話が始まったのを一瞥すると、デルフィーナは次の相手を探して人の波に乗りだした。
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