111 オノフリオ
「え、面接に殴り込みが?」
「殴り込みではない。対象外の人間が、自分も会わせてほしいと押しかけてきたんだ」
カルミネは悩ましげにこめかみを揉んだ。姪っ子の言葉選びに頭痛を感じたらしい。
「対象外ならお引き取り願ったのでは?」
あの時、特にトラブルはなかったと思う。少なくともデルフィーナが察知できる範囲で問題はなかった。だから、すぐに解決したのだと考えたのだが。
首を傾げたデルフィーナに、渋い表情の叔父は溜め息をつく。
「あの場では時間もなかったため、もちろんお引き取りいただきましたよ」
答えたのはネリオだ。
彼はカルミネの補佐をしていたが、面談の折、会場の仕切りや人員管理等のとりまとめをしてくれた人物だ。
何を思ったか、面談後、ロイスフィーナ商会所属を希望してきた。
カルミネの了承は得てきたと言い、有能なのは一日でわかっていたので、喜んで採用する運びとなった。
今後はアロイスの補佐、すなわちデルフィーナの補佐が仕事となる。つまり、デルフィーナのあれやこれやの行動のフォローをする人間が一人増えたわけで。デルフィーナ的には大歓迎だった。
「お引き取りいただいたのに、まだ問題が?」
「そうですね」
デルフィーナの疑問にネリオは苦笑する。カルミネは苦虫を噛み潰したような顔で嘆息した。
「一旦退いたとしても、別の機会を狙ってくる。というよりアイツならコフィアに直接行きそうだぞ」
「ええ?」
それは困る。だがカルミネの言い様に引っかかった。
「叔父様の知っている方ですの?」
「うちの貴族向け飲食店の副料理長だ。あの店は商談でもよく使うからな」
「なるほど」
それなら顔なじみでも納得できる。
「料理人としての腕は確かなのですが、一体何を目的として面談の場へ来たのかが不明でして」
「本人に問わなかったのですか?」
「あの場ではとにかく会長に会わせろの一点張りで、こちらとしても面談のための場でしたので長く問答するゆとりもなく」
日を改めろ、カルミネの許可を得てからにしろ、等の言葉でなんとか引き取ってもらったとネリオは語る。
あとは、護衛を兼ねて会場に待機させていた商会のスタッフに睨まれて、一時的に退いたような感じだったという。
「彼も、揉め事を起こすつもりはないようで、わりにあっさり引き下がりましたから、おそらく後日改めて来るだろうな、と」
まずは何のために来たのか確認しようと考えたところ、なぜか辞表を出していたという。
店のオーナーは商会長のカルミネだが、基本的には店長が店の管理をしている。その店長伝にカルミネへ出されたもので、腕の良かった彼が抜けたのは少し痛いらしい。
もちろん店長も慰留を促したが、ダメだったそうだ。彼の意思は固かった、と店長は諦めの表情と共にカルミネへ伝えに来て、わかったことだった。
「それで、店を辞めた彼が次に取る行動が?」
「おそらくロイスフィーナ商会長への面会希望を出してくるかと」
「わかりました。希望があったら会いますので知らせてください」
「よろしいのですか?」
「ええ。副料理長にまでなっていたのなら、身許は確かなのでしょう? 一人で会うわけではありませんし、アロイスとジルドがいれば大丈夫です」
そう答えたのが、数日前のこと。
その翌日。件の男――オノフリオから面会を希望する手紙が届いた。
コフィアのテイクアウトを担当していた、リーノ経由でのことだった。
まばらな顎髭を蓄えた男は、いたって平均的な顔をしていた。
整っているわけでもなければ、パーツのバランスが崩れているわけでもない。
目つきこそ少し、力んでいるためか睨むように強めだったが、他は普通だ。
(とってもとってもフツーだわ。逆に珍しいくらいに)
今まで身近にいた男性は親類縁者で、これは子爵家ということもあり、そこそこ容貌は整っている者ばかり。
次点で接するのはコフィアのスタッフだが、こちらは輪をかけて見目のいい者が多かった。
しかめっ面の直ってきたイェルドも元の作りは良い。接客を主にするリベリオはもちろん、磨けば光るフィルミーノ――だいぶ磨かれてきた――、リーノだってそう悪くない。
子爵家で働いていたタツィオだって、アロイスの傍にいるジルドだって、身なりに気を遣っていることもあり、整っている方だろう。
そう考えると、この平均的な顔は、コフィアスタッフを見慣れたデルフィーナにとって、少し珍しい存在だった。
「オノフリオです。『ボニッシモ』で副料理長をしていました」
「その副料理長が、なぜロイスフィーナ商会長へ面会を希望されたのですか?」
デルフィーナは知らなかったが、彼はコフィアの、テイクアウトの常連客らしい。
手紙を預かったリーノは、しょっちゅう店へ来て、必ず新作は出る日か翌日には購入する客だから、悪い手紙のはずがないと思って受け取ったと言っていた。
エスポスティ商会とロイスフィーナ商会は繋がりが深くとも別の商会だから、スタッフ割引のようなものはない。
高級路線の店の副料理長とはいえ、被雇用者である以上、収入が膨大なわけでもなく――そこそこお高い菓子類をそんなに買う彼の要望が、デルフィーナにはなんとなく察せられていた。
まして、彼はエスポスティ商会の誇る料理店『ボニッシモ』を辞めている。
おおかた、コフィアへの就職希望だろう。
とはいえ、何の保証もなく、根回しもなしに、退職して直談判へ来たのは驚きしかない。
デルフィーナから声をかけて引き抜く形なら円滑に退職と就職が決まっただろうが、彼の方からとなると話は変わってくる。
もっとやりようはあっただろうに、と思うのだが。不器用なタイプなのだな、とデルフィーナはひっそり吐息した。
押しかけ面会者である彼――オノフリオの性格や行動に問題がなければ、雇用を前向きに検討してもいい。そう考えていたデルフィーナの思考は、予想外の答えにぶった切られた。
「あまりにも残念で、悔しかったからです」
「は?」
レディらしからぬ声が出てしまった。
デルフィーナは慌てて咳払いすると、詳しい説明を要求する。
曰く――。
コフィアで売っている菓子は美味しいが、アレンジを加えてより良くする要素があると考えている。
詳しいレシピのわかるものは、私費で砂糖を買って試したが、やはり美味しく作れた。
とはいえ砂糖は高く、個人で色々と試すのは、レシピのわからないものも多いのもあって難しく、新作を買うたび、もどかしく思っていた。
自分がコフィアに入れば、現職の料理人にも刺激になるだろうし、店の人気具合を考えるに、手はあればあるほど嬉しいのではないか、と推察した。
エスポスティ商会の高級料理店の副料理長の経歴があれば、ロイスフィーナ商会なら、雇い入れてくれるのではないかと考えた。
――とのこと。
「なるほど。確かに、今ウチの店は手が足りていませんね。なまなかな人を雇い入れるのが難しい事情があり、少人数で回していましたが……」
「それならばぜひ、自分を使ってください」
熱意があるのはわかった。
コフィアに勤めたいがためにさっさと仕事を辞めてしまう点も、悔しかったことを語る口調からも、少女が相手なのに頓着せず訴えかける姿勢からも、十分伝わってくる。
うーん、と考えながら、デルフィーナはチラリとアロイスを見る。
いつもどおりののんびりした微笑は、特に反応なし。
デルフィーナの好きにしていいということだろう。
「コフィアへ勤める方には、必ず守秘義務があり、店について他、いくつかの事柄について、魔法誓詞書での誓約を必須としています。それを受け入れられない方は就職できないのですが、あなたは大丈夫ですか?」
守秘義務は普通の店でも一応ある。
ゆるい店もあれば厳しい店もある。その厳しいところですら、単なる紙の契約書が基本だ。魔法まで使って“縛る”ことはない。
当然ながらオノフリオは驚いた。
だが一考すらせず、頷いてみせた。
「自由に菓子を作れるのなら、受け入れます。口外しなければいいとわかっていても、話したくなることはありますし、魔法で制約をかけられた方が逆にうっかりがなく安心かもしれません」
『ボニッシモ』は普通の契約書のみだったが、コフィアはさらに珍しい店――新進気鋭の料理店であるからして、情報制限のための魔法誓詞書利用なのだろう、とオノフリオは考えた。
それはもちろん、間違いではない。
後から驚かれるのは必至だが、ともかく了承したのだ。いいとしよう。デルフィーナは少し生じた騙す気分に目を瞑った。
誓約の内容はどう考えても、普通なら思い至れるものではないのだから。
「わかりました。それでは採用いたしましょう。料理人としての力量の確認は必要ないでしょうし――先に誓約を済ませてしまいましょうか。それから、店でスタッフに紹介しますね」
デルフィーナの頷きで、すすっとアロイスが魔法のかかった紙を取り出す。
すかさず動いたアロイスを見て、言動はともかく、この男は料理人としては有能なのだな、とデルフィーナは理解した。
こうして、コフィアの新たなる料理人が一人、増えたのだった。
お待たせいたしました。お待ちくださっている方々には感謝です。
お読みいただきありがとうございます。
感想、いいね、ブックマーク、☆評価、いずれも励まされております。
引き続きお楽しみいただけるようにしたいと思います。






