第18話 雪原の戦い
「頭脳どころか運動もカスだなwww」
「それがこいつの限界なんだから仕方ねぇよwww」
「幼稚園児にすら勝てないんじゃね?www」
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恒例の目覚めの悪さが俺のテンションを下げさせる、清々しくてサイコーの朝だ。こういう日は何もやりたくなくなるが、そういうわけにもいかない。なぜなら、俺はプロのマウンティングアーティスト。園児どもにマウントを取るための準備を怠ることはできない。今日も今日とてマウンティングのネタ探しをおこなわなければならないな。
それにしても今日は寒い。冬とはいえ寒すぎる。ふと机の横にあるデジタル時計についている温度計を見たら、なんと室温が氷点下だった。ここはシベリアかよ。
可能な限りの厚着をしながらカーテンを開け放つと、外が真っ白になっていた。アホすぎてついに俺は色すら認識できなくなってしまったのか……?
そんなことを思っていたとき、自宅の電話が鳴り響き、3コールほどで応対した母が俺の名前を呼んだ。
「ヅキー、ガッシーくんから電話よー」
いつものお騒がせ爆音野郎こと澤我塩、通称ガッシーから電話がかかってきたようだ。すぐさま電話口へ向かい受話器に耳を預けると、いつもの甲高い声が耳を貫いた。
「おいヅキ、そと見たか?」
「ついに俺は色すら判別できなくなったらしい」
「何言ってんだ? それより外だよ! 雪が積もってるぞ!」
あぁ、雪のせいで真っ白だったのか。と、白々しく自分の中で納得してみせた。
「それでガッシー、雪が積もったからどうしたんだ?」
「決まってんだろ? 雪合戦しようぜ!」
相変わらずこいつは騒がしい提案ばっかりするな。こんな寒い日にわざわざ外に出て、あまつさえもっと寒い雪に触れてそれを投げつけあうなんて狂人かガキにしかできない芸当だ。まぁ外見的に見たら俺はガキなわけだが。
……いや、待てよ? これは意外とマウンティングチャンスなのではないだろうか?
「分かった、行ってやるよ。いつからどこでやるんだ?」
「10分後にいつもの公園な!」
いや急すぎるだろ。いくらなんでも。
「10分は無理。30分後にしてくれよ」
「仕方ねーなー、分かったよ。それじゃ切るなー」
電話を切られてしまった。
こういう流れに決まったわけなら、それ相応の準備が必要だ。最高の雪合戦マウントをとるために、素晴らしい準備をしなくては。
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30分後、指定の公園に到着した。そこには、最近よく一緒にいるメンバーがずらりと揃っていた。主催者のガッシーこと澤我塩、イケメンの池照男とその彼女の腹出照子、爬虫類好きの十影和仁、あとなぜかいつもいる本名不詳のみーちゃん。今更だけど誰だっけこいつ?
じゃんけんでチーム分けをした結果、俺と池とみーちゃんが同じチームになった。残りの3人はガッシーのチームだ。
ここでガッシーからルール説明が入った。
「怪我さえさせなければなんでもあり! 雪玉が3回当たったらそいつはアウトで、先に全員アウトになったチームが負けな!」
割とシンプルなルールだ。これなら俺の準備も活きてきそうだな。
「それじゃ、スタート!!」
ガッシーの掛け声とともに雪合戦が始まった。まずはお互いの陣営が距離を取りながら安全に雪玉を生産できるエリアを模索していった。
ここで池から質問が飛んできた。
「こういうような戦略がモノをいうゲームはヅキくんに指揮してもらった方がいいと思う。僕たちはどうすればいい?」
こいつなかなかよく分かってるじゃないか。俺の心の中のマウンティング満足度が急激に上昇していったぞ。
「まずは安全に雪玉を作れる陣地を確保しよう。いい場所は把握してあるから任せとけ」
そこで、みーちゃんから提案があった。
「滑り台の上とか良いんじゃないかな? 相手チームが雪を当てるの大変そうだし」
「悪くない考えだけど、それはちょっと良くないんだ。まず滑り台の上は雪を確保できないから、こっちの残弾が尽きたら逃げられなくなる。あと、360度すべての方向から狙われる位置になるので、実は結構守りにくいんだよね」
「なるほど! 流石はヅキくんだね! 私にはそこまで思いつかなかったよ!」
そのやりとりを聞いていた池からまた質問が来た。
「それならヅキくんはどこがいいと思う?」
「あそこのベンチの裏が最高だ。まずはベンチがいい弾除けになるのは分かると思うが、ベンチは隙間があるから視界も悪くないし守りやすい。さらに、公園のベンチの後ろはだいたいが人の入るエリアじゃないから、除雪されてないし人が踏み荒らしてもいない。つまり、雪が補充できるだけでなく、後ろから攻撃されるリスクが減るんだ」
「なるほど! 言われてみればその通りだ!」
「流石ヅキくんだね!」
園児どもを掌の上で扱うのにもなかなか慣れてきたものだ。こうやって何度も園児どもにマウントをとっていれば、いくら俺がアホだからって学習していくものさ。
「それじゃ、そのプラン通りに行動しようか。まずはあの好位置を確保しないと」
「分かった。僕に任せて」
池がそう言うと、持ち前の俊足でベンチ裏まで回り込み、楽々と陣地をとった。あいつやべぇな。
池の活躍もあって、俺のチームは悠々と良い陣地を得ることができた。そろそろ次の段階に進んでも良さそうだな。
そんなとき、みーちゃんから質問が飛んできた。
「ヅキくん、陣地は無事に確保できたけど、今後はどうやって戦っていくのがいいと思う?」
ここが俺の腕の見せ所だ。素晴らしい回答をして格の違いを見せつけることで精神的に優位に立っていくという、基本的なマウンティングをするチャンスだ。
「大事なのは効率よく攻撃をすることだと思うんだ。そのためには、分業をするのが一番いい」
「分業?」
「そう。得意分野を活かして、総合力で相手チームを上回るんだ」
不安そうな顔をしたみーちゃんが質問してきた。
「具体的にはどうするの? 私にもできるかな?」
「もちろん簡単なことだよ。以前俺がみんなに泥団子の作り方を教えた時のことを覚えているかな?」
「うん! あの時のヅキくん凄いなぁって思ってたんだよねー」
「その時に教えた方法を上手く使って、綺麗で硬い雪玉を作ってほしいんだ」
「そっか! あの方法って雪玉にも使えるよね!」
「綺麗な形の雪玉が量産できると投げる人のコントロールもつきやすくなるし、良いことが多いんだ。みーちゃんならこの役目ができると思うんだけど、どうかな?」
「うん! 私、がんばるよ!」
園児どものモチベーションを高めてやるのも高品質なマウンティングを演出するために必要な要素だ。こういう所で手を抜かないのが俺がプロである所以だな。
みーちゃんがせっせと雪玉を量産する態勢に入ったところで、次は池から声がかかった。
「それじゃ、僕は何をすればいいんだい?」
「さっき凄く上手いコース取りでこの陣地を取ってくれただろ? その俊足を活かして、デコイを頼みたいんだ」
「デコイ?」
「あえて池が敵の注目を引くような動きをすることで、敵が俺やみーちゃんに注目しなくなる。そうすると、その隙を狙って俺があいつらに雪玉を当てられるという作戦だ」
「なるほど。僕がガッシーたちを引きつけているうちに、みーちゃんの作った雪玉でヅキくんが仕留める……。全員の力をふんだんに活用していてそれでいて無駄のない、とても良い作戦だね!」
もちろん、俺が最も安全な場所で悠々と園児どもに雪を当てられる作戦がこれだってのもあるけど、それはもちろん教えないでおくのだ。
「皆、作戦は理解できたようだね? それじゃ、行動開始!」
「「おー!」」
俺が池に作戦を話している間にみーちゃんが5個ほど良質な雪玉を完成させていたので、俺はさっそくそれを装備した。
それとほぼ同時に、池が相手を挑発しながら派手に飛び出していった。
「おいおいガッシー、そんなんで僕に雪玉を当てられるのかな~?www」
やっぱり池は演技派だなぁ。この役を任せて正解だぜ。
「うぉぉ!! コノヤロー!! 絶対に当ててやる!!!」
そしてその安い挑発にガッシーが見事に釣られ、池だけを見つめながら追いかけまわし始めた。おいおい、背中ががら空きだぜ。
ガッシーへの一発目はいとも簡単に当てることができた。突然の出来事に、ガッシーはただただ呆然とするばかり。少ししたら作戦の意図に気が付いたのか、まっすぐ俺の方へと走ってきた。だが、俺が隠れているのはベンチという堅固な要塞の裏だ。そう簡単に雪玉は当てられない。ガッシーが苦戦しているうちに、今度は池が後ろからガッシーを仕留めた。
悔しがっているガッシーを見下ろしながら池が、
「ふふっ、ヅキくんの作戦は完璧だね!」
と言ったところで、俺の中のマウンティング満足度が急上昇していくのを感じた。そうそう、これでいいんだよ。これを求めていたんだ、俺は。
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ガッシーの自爆によってこちらが数的優位に立ったので、ふたりに新しい作戦を授けた。名付けて「タッチアンドゴー作戦」だ。
まずはみーちゃんが雪玉を量産して池が逃げ回る。ここまではさっきと変わらないが、ここからが本命。池はずっと外を走らずに、定期的に本拠地まで戻ってきてもらうのだ。池が戻ろうとするところを狙うやつがいたら俺が迎撃できるので、相手も下手に近づくことができない。そこで判断に迷っているうちに、陣地に戻った池に雪玉をひとつ手渡してそのまま陣地を出て行ってもらうのだ。
こうすることで、相手が池を追ったら俺が背後を取れるし、相手がそのまま陣地へ向かったら池が背後を取れるという寸法だ。
この方法に見事にハマったのが腹出照子だ。あいつは池に夢中なので、池のことばかり追いかけていたので、簡単に背中を取ることができた。
これで俺たちが倒すは残り1人。十影和仁くんだ。それにしても彼はどこに行ったんだろう? そんなことを考えていたら、後ろからみーちゃんの悲鳴が聞こえてきた。
後ろだと? 後ろからは攻められにくい地形を選んだはずなのだが?
「ヅキくん、僕の得意分野が何だか忘れていない?」
そう言った十影くんは、まるで爬虫類のように地を這い、ふだん人間が入らないような死角から雪玉を放っていた。そうだ、こいつ爬虫類マニアだったわ。
雪玉生産をおこなうみーちゃんが被弾した影響で、俺の作戦に滞りが発生した。だが、まだ俺の方が数的優位なことに変わりはない。素早く池に耳打ちをして、しっかりと距離を取った。このルールでは、数的優位を取ったチームが対角に立って距離を取るのが最も効果的で安全なのだ。
万策尽きた十影くんが最後の抵抗にと池に向かって走り出したところで、俺が背中に雪玉を放り込んで試合終了となった。
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試合後は、敵味方問わずに俺の戦略を称えつくすというボーナスタイムが始まった。見事にしてやられたガッシーチームが、今回の勝因を池とみーちゃんに聞いたことがこのボーナスタイム発生のきっかけとなった。
俺はこの瞬間のためにマウンティングを極めたといっても過言ではない。これまでの人生で褒められたことがほとんどなかった俺は、相手から賞賛されることに飢えていたのだ。だが、最近の対園児マウントでそれもかなり解消できてきた感じがする。今後はどうしようかと考えていてふと思った。
……俺って今後はどうなるんだろう?
進級や成長をしていくと、いずれ園児どもが当時の俺くらいの知能に達する時期が来る。そうなったら、俺がマウントを取ることができなくなるのではないのか? そうなったら、これまでみたいにマウントを取られ続ける生活に戻ってしまうのではないのか?
一抹の不安を抱きながらも、俺は勝利の余韻に浸りながら帰途についた。




