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第16話 秋のマウンティングツアー

「出先でも役に立たないとかもう利用価値なくね?www」


「これじゃただのお荷物だよなwww」


「今からでも宅送できないかな?www」


ーーーーー


ーーー



 今日も恒例の目覚めの悪さから始まる。もう慣れたもんだと言いたいところだが、正直いつまで経っても後味の悪さがぬぐい切れない。俺はいつも以上にけだるい体を起こしながら居間へと向かった。


 居間では両親がテレビを見ていた。やかましい音を立てながら始まったよく分からないバラエティ番組に嫌気がさした父がチャンネルを変えたら、変えた先ではしっとりとした旅番組が放送されていた。


「あら、旅行してみたくなってきたわね」


 母がぽつりと呟いた。偶然見つけたこの旅番組を見たせいだろうが、あまりにも影響されすぎではないか。

 昔っからこの人は思い付きだけで行動するとち狂った人間である。俺と美香の名前だってそんな感じで適当につけられたせいで、俺の名前が「鈴木ヅキ」なんていう酷い名前になってしまった。キラキラネームだって真っ青なレベルだぞ、これ。

 そう思っていたら父も口を開いた。


「うーん、まぁいいんじゃない? どこに行く?」


 さっきの母の気まぐれの一言のせいで、本当に旅行をすることに決まってしまったらしい。お前ら一体どうなってるんだよ。


「美香はどこに行きたい?」


 母が美香に尋ねる。うちの家族が何かを決める際はだいたいこの流れだ。俺に選択権が回ってくることはほとんどない。


「じゃあ長野で」


 露骨なほどに面倒くささを表に出しながらに美香が吐き捨てた。いま俺はものすごく久しぶりに美香に共感したかもしれない。


「決まりね! 楽しみだわぁ~!」


 この家族、近いうちに滅んだとしても俺はまったく驚かないな。


ーーーーー


 そんな話があったのが昨日の朝で、今日はその翌日である。いま俺は長野へ向けて走っている自動車の中にいる。


 ……いくら何でも急すぎるだろ。決まったの昨日だぞ。


 俺は心の中でそう呟きながら車に揺られていたが、走り始めてまだそう経ってないうちに車がどこかの施設に入ったようだった。

 車が止まると母がこう告げた。


「ここでメンバーの入れ替えをするわね! うちの車は男、向こうの車は女に分かれましょ!」


 向こうの車という謎のワードが飛び出してきたので気になって辺りを見回してみたら、近くに見覚えのある人物が乗っている車が停まっていて僕は全てを悟った。

 その車の運転席には、親子共にイケメンであることが園児たちの間で有名な池照男いけてるおのイケメンな父親が座っていて、その車にはガッシーこと澤我塩さわがしおの母親が座っていた。そしてそこにうちの母親と美香が乗り込んでいった。


 ということは……と思っているうちに、池照男と澤我塩がうちの車に乗ってきた。こういう流れにするために、母は美香を何らかの方法で買収していたのだろう。抜け目ないやつめ。


 そんなこんなで結局いつも通りのメンバーになった俺たちを乗せて、車は高速道路へと入っていった。


ーーーーー


 なんかよく分からんことに巻き込まれて腹が立ってきたので、気晴らしにマウントでもとって気を紛らわすことにした。ちょうどいつものマウントのカモたちが一緒にいることだし、ここはこの状況に踊らされるのではなく、この状況を逆に上手く利用してやろうではないか。


 まずは手始めにジャブを一発だな。ガッシーあたりにかましてみよう。


「なぁガッシー、道交法って知ってるか?」


「えっ、なんだよそれ?」


「シートベルトは締めたか?」


「そんなもんいつもつけてないけど?」


「普段は百歩譲っていいとしても、高速道路じゃそれはダメだ。ガッシーがサボると運転手が警察に捕まっまっちゃうんだぜ?」


「そ、そうだったのか! 急いで締めないと……」


 オープニングマウントとしてはこんなもんか。まぁいい、俺はプロの対園児マウンティングアーティストだからな。これがメインディッシュと思ってもらっては困る。ここらで追撃が必要だ。


「ただルールだからってだけじゃないんだ。いま走っているのは中央自動車道だが、この道は山間部を抜けていく都合上、坂道や急カーブが多いんだ。比較的古い高速道路ということもあって、そもそもの設計にカーブなどが多く含まれているのも影響しているな」


 ここで池照男が納得したように声を上げた。


「そうか、普通の道よりも揺れることが多いから、そういう部分でもシートベルトが有効ってことなんだね!」


「流石は照男だな、その通りだ」


 あえて他の相手に結論を言わせるこの「間接的マウンティング」はなかなか有効な手段だ。これまでにも何度か使っている技だが、飽き防止にもなるし通常のマウントだけでは出せない味が出せるのも魅力だ。


 いそいそとシートベルトを締めながらガッシーが俺に質問を投げかけてきた。


「そういえば、古いって言ってたけどどれくらい古いんだ?」


「日本では1~2位を争うほどの古さだよ。日本の高速道路の看板って緑色をベースとしたあの形式に統一されてると思うけど、実は日本式の看板は中央道の看板を基準として他の高速にも反映されているくらいには古いんだ」


「へぇ~、ヅキってやっぱり何でも知ってるんだなぁ……」


 質問回答からの知識マウントはマウンティングの最も基本とする部分だ。ここを怠ってはプロのマウンティングアーティストは名乗れない。いい仕事は単純な作業の堅実な積み重ねだってどこかで見た気がするし、基礎的なところをサボっていてはダメなのだ。


ーーーーー


 しばらく車に揺られながら3人で色々と遊んでいるうちに、車がパーキングエリアへと入っていった。どうやら中間地点まで来たようだ。久しぶりに車から外に出た俺たちは、山間部の綺麗な空気を吸いながら一息ついた。

 そこでガッシーが思わず口を開いた。


「めっちゃ寒いなー!!」


 つられて池照男も、


「そうだね、とても寒いや」


 と寒さを吐露した。


 ここですかさず俺が知識マウントを差し込む。


「甲府盆地は夏は暑いし冬は寒いような気候だから仕方ないよ。その代わりと言ってはアレだけど、空気や水はめちゃくちゃ綺麗だよ」


「へ、へぇー、そうなんだ」


「ちょっと難しい話だったね」


 思ったよりも反響が薄くて少し納得がいかないが、思えば相手は園児なわけで、多少はレベルを下げた話にしないと理解に及ばないということだろうか。ここは反省点だな。

 マウントもただ脳死でおこなえばいいわけではなく、マウントを受ける相手の能力に応じて調整しないと、最高のパフォーマンスが表現できない。これではプロのマウンティングアーティストとはほど遠い存在と言えるだろう。

 だが俺は違う。こういう細かい部分の反省も踏まえて、いい感じに細部を詰めていくことによってより高品質なマウンティングに繋げることができるだろう。


 俺がマウンティングの自己分析をしながらトイレを済ませたころ、全員の準備が整って車が再発進した。


ーーーーー


 そこからまたしばらく経ったのちに、ついに車が高速道路を降りて一般道を走り始めた。目的地はもうすぐそこのようだ。

 今回の旅行で向かったのは、八ヶ岳高原の中腹にある別荘地だ。ガッシーの母親の親戚が所有している別荘があるようで、そこを借りることができたみたいだ。


 別荘地に着くと、辺りの気温の低さが園児たちを驚かせた。


「うおー! さみー!!」


「さっきのパーキングエリアとは比べ物にならないくらい寒いね」


 ガッシーと照男が口々に寒さを訴える中、俺はふんだんに用意していた防寒具を身に着けてぬくぬくしていた。

 それを見たガッシーが、


「おいヅキずりーぞ! ちょっと分けろ!」


 と言いながら俺の上着を剥ぎ取ろうとしてきた。これはまたとないマウンティングチャンス!


「ちゃんと準備をしてこないガッシーが悪いんだぞ。長野の別荘地なんて夏でもアホみたいに寒いんだから、しっかりと防寒対策してこないとこうなっちゃうのは当たり前だ」


「ちくしょー! もっとしっかりと上着を持ってきておくんだったー!」


 大成功だ。これくらい分かりやすいネタだと、園児にも効果的にマウントが取れるというものだ。


 最近少しずつ分かってきたが、園児だとマウンティングの決まりやすいネタとそうでないネタがはっきり分かれているように感じる。ネタの分かりやすさは大前提として、園児の経験値によって差が出てくるような部分を感じてきている。

 さっきのパーキングエリアで披露した甲府盆地の話もそうだが、この話題は学校で社会科を学習する小学3年生以上、もっというと日本地理を本格的に学習する小学5年生以上におこなった方が圧倒的に効果的なのではないだろうか。

 つまるところ、知識レベルをマウント相手に合わせて的確なネタで攻撃するということだ。


 この事実は、俺にとてつもない快感と幸福をもたらしていた。これまで俺は人生において知識レベルを合わせられることは星の数ほどあったものの、「自分より下」の相手に「知識を合わせてやる」という行為がとてつもないほどに脳汁を分泌させるのだ。

 自分より下の存在を見下すときが一番気持ちいいというのは本当の話だったんだなぁと思いつつ、このままではかつて自分を見下していた有象無象と同レベルになってしまうことが頭をよぎり、若干の葛藤が俺の中を駆け巡った。

 だが、それが何だというのだ。俺はプロのマウンティングアーティスト。他人を見下してナンボの存在!

 俺の葛藤は10秒程度で終わりを迎えた。


ーーーーー


 別荘に着いて荷物を一通り整理した俺たち一行は、居間に集まってくつろいでいた。

 そのとき、おもむろに誰かが部屋の一部を指さしてこう言った。


「あれ、使ってみませんか?」


 その先にあったのは薪ストーブだった。都会者の憧れの象徴と言っても過言ではないと思うその魅力的な装置だが、実はそう簡単に火が付くものとは限らない。薪の状態を踏まえて上手く火をつけないとすぐに消えてしまうのだ。秋の時期は比較的空気や薪が乾燥しているので簡単にいく場合もあるが、上手くいかないと軽く1時間くらいは寒いままストーブと格闘することになる。


 まずは薪を持ってくるところから始まる。こういうストーブがある建物なら、薪の保管庫があるはずだ。周りの大人たちがストーブの周りを掃除しているうちに、俺はいつもの園児どもを連れて別荘の半地下へと向かった。


「おいヅキ、どこに行くんだ?」


 少し不満そうにガッシーがぼやくが、そこに照男が一言付け加える。


「ヅキくんのことだから、また何か役に立つことをするつもりなんだよ。きっと」


 こいつは察し方までイケメンかよ。


「その通り。さっき薪ストーブをつける話が合っただろ? そのための薪を調達しようと思ってね」


 俺の説明に対してガッシーが質問する。


「でもよー、そんなのどこにあるんだ? 今から外に出て拾ってくるのか?」


「ストーブに使うような薪は、予め長時間乾燥させたものじゃないと火がつきにくくてダメなんだ。そういうストーブが置いてある時点で、この建物のどこかにきっと薪の保管庫Gはあるはず。そしてそういう施設はだいたいの場合が地下にある」


「「なるほど!!」」


 ふたりが声を合わせて納得していた。これぞ対園児マウンティングの醍醐味よ。あえて園児しかいない状況を作ってから披露することで、大人の意見で補足や訂正されるリスクも減ってくるから、賞賛だけを受けられる最強のマウンティングフィールドが作れるのだ。


 それからほどなくして探していた薪を発見し、居間で待つ親たちのもとへと運んだ。難航するかもしれないと予想していたストーブの着火は照男の父というスーパー有能マンがいたおかげで瞬殺だった。手際までイケメンかよこの親子は。


ーーーーー


 夕食後にストーブの前で歓談し、いい時間になったころに就寝した。疲れていたせいで皆がすぐに寝てしまったようだが、あまり寝付けなかった俺は布団の中でじっとしながら外の自然の音に耳を傾けてのどかな時間を送っていた。


 1時間くらい経ったころ、ガサガサと草をかき分ける音がした。窓の外を覗くと、ガッシーの母親が茂みの奥へと進んでいくのが見えた。一体こんな夜中にあんなところで何をしているんだろうな。まぁ俺には関係ないか。寝よ寝よ。


ーーーーー


 突然の旅行はあっという間に過ぎていって、気が付いたら帰りの車の中だった。もう少しマウンティングができるチャンスがあったかもなぁと反省をしつつ、車に揺られていた。やはり準備不足な場所ではマウントをとれる手段も限られてくるから、そういう部分でもしっかりと園児どもにマウントがとれる手法を考えるのが今後の課題だなぁと思っていた。


 今後の課題といえば、また照男の父が眠そうにしているようだったのが気になる。これの調査もした方がいいのかなぁ。


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