リファエルの場合③
その晩は一睡もできなかった。
自分はどうすればよかったのか。何が正解だったのか。そればかりが頭の中をぐるぐると巡っていた。
きっと好きになったのがいけなかった。
そうならなければ、いつも通り、異常値であるユーマを排除することができたのだ。それができなかったのは私のこの気持ちのせいだ。
それでも、私は彼を好きになったこの気持ちを消し去ることはできなかった。
ならできることは一つだけ。
それが唯一の償い。それだけしか、私にはできない。
私は、そのまま神経を張りつめる。
この世界にある異常値。つまりユーマの強い力を感知するために世界中を私の認識下に置いた。それは三大天使で唯一私がもつ力であり、今、発揮しなければならない力でもある。
私はユーマを感じつつ、時を待った。
そしてついにその時が訪れる。
天界から、神が降りてきたのだ。
私はすぐさまユーマの元へ急いだ。天使に与えられている転移魔法を唱え、すぐさまユーマを視界に置いた。
すると、そこには既に神様とクリフェルがいた。ユーマは宙に浮いている神様を見上げ相対している。もう何度か攻撃を試みたのだろうか。反撃を受けたユーマの身体や服がボロボロになっていた。
「神様!」
私の叫びで、神様もクリフェルもこちらを向いた。もちろんユーマも見ているのだろうが、私は視線を合わせられない。
とにかく今はやるべきことをやるのだ。それだけに集中するべく、私はユーマを背におく形で神様と向かい合った。
「神様、お願いがあります。聞いて頂けますか?」
「リファエルよ。そなたは自分の責務すら果たさずに願いだけを乞うのか? いつから天使は与えられるだけの物乞いになったのだ」
「罰は受けます。これより先、私の希望など捨て置いてしまって構いません。ですから、この一度きり。この願いだけは聞き入れて頂きたいのです」
私は跪いていた。頭を地面にこすりつけながら叫んでいた。
「彼を……ユーマトリス・グレーザーをお助け下さい! 彼がこの世界の異常値として観測されていることも、排除しなければならないのはわかっています。ですが、どうか神様のお力で何卒っ! 何卒慈悲をいただきたい。私はどうなってもいいですから、彼の命だけは、なんとか助けられないでしょうか! お願いします! お願いします!」
「リファエル……」
私の後ろにはユーマがいる。きっと、こんな姿を見て呆れているのだろう。けれど、私にはこれしかできない。神様にお願いをして、ユーマの命を助けてもらうしか方法がないのだ。
「そうまでして、なぜ願う?」
神様が私に問いかける。
その問いの答えはとうの昔にでているのだ。今更迷うことなどない。顔をあげて、神様の目を見て、ただ伝えるのだ。私の想いを。
「……私は彼に教えてもらいました。誰かと交わすたわいのない会話がどれだけ楽しいかを。人間は異なる感情を持ちながらも、それでも同じ方向に向かって歩んでいける強い存在だということを。皆で食べるご飯の美味しさも、お酒の飲み方も、騒いで歌って馬鹿なことを言い合うことも、愚痴を言える相手がいるってとても素晴らしいんだっていうことも。誰かを信頼して、信頼してもらえることがこんなにも嬉しいことだということも。微笑みかけてくれることがこんなにも嬉しいってことを。人の感情がこれほど深くて尊いことだと、そしてその感情が私にも存在するということを。全てを、教えてもらったのです。今の私は、今までの私とは違います。天使としては失格かもしれませんが、前の私よりも、私は自分のことが好きになれました。こうやって変われたのも、彼のお陰なのです。彼から……心を教えてもらったのです。そんな彼を、私は見殺しにすることはできない。だからお願いします――。彼を、助けて下さい」
まとまりがないかもしれない。支離滅裂なことも言ったかもしれない。
けれど、これが今の私の気持ちでありすべてだ。この気持ちが神様に伝わればと、私は必死で願っていた。
どれだけ時間がたっただろう。
きっと、数秒のことなのかもしれない。しかし、私にはとてつもない時間に思えた。
そんな刹那とも永遠ともとれる時間が過ぎたころ、神様は口を開いた。重々しく、重厚に。
「リファエルよ」
「はい」
「そなたは多くのことを学んだのだな。人の心や感情を」
「はい。全ては彼のお陰です」
「そうか……。その想いはもう消えることはないのだな?」
「はい。今の私には、それが全てです」
「そうか」
そうつぶやいた神様の顔はどこか寂しげだった。後ろにいるクルフェルの顔も、どこか冴えない。
私は、目の前の二人の様子に疑問を抱きながら待っていた。色よい返事がくることを。
「ではリファエル」
「はい」
「これより、お前を天界から堕ろし、天使の命から解こう。そして、この世界から立ち去るがよい。人の心を知ってしまったそなたには、もう天使の務めは果たせないだろうからな」
「え……な、いえ。私のことはいいんです。それよりもユーマのことは――」
「世界の異常値は排除を。それ以外の答えを知らぬ」
「そんな、神様!」
神様は私の叫びが聞こえないかのように、持っていた杖を掲げていた。その先からあふれ出る光。その光は、私に向かって照らされていた。
「まずは、お前を天使の命から解くとしよう」
「あ、あああ、ああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
頭が割れるような激痛が襲う。
脳みそをえぐられているような、かき回されているなそんな痛みだ。
その最中、何かを抜き取られたような感覚とともに痛みは去っていく。抜き取られたのは天使としての権限。言われずとも、私はそのことがわかってしまった。
力を抜き取られて、少しだけ人間に近づいていく。
けれど、それだけでは終わらない。
「ではクルフェルよ。リファエルの転移の準備を行うのだ」
「……はい」
「転移先の世界の選定……完了。座標指定……完了。時刻指定……完了。さて、リファエルよ。そなたの力があれば、生きていけるだろう。では、はじめるぞ」
神様の言葉とともに、再び光が杖に集まっていく。エネルギーの補填の補助をクルフェルが行っていた。
光はすぐさま、杖の先に収束していく。
そして、その光は間もなく私にめがけて降り注いだ。が――。
そこに立ちはだかるものがいた。ユーマだ。
「いっせぇぇぇぇぇぇんっ!」
全ての力の剣先に込めて放つだけの技、一閃。ユーマはそれを惜しげもなく神様に向かって放っていたのだ。そのすさまじい力の流れに、神様も思わず後ずさる。
「これは――」
「ふざけるんじゃねぇ! リファエルは俺の仲間だ! 勝手にどっか連れて行こうとしてんじゃねぇ! それに人のことを勝手に殺すだ? 馬鹿も休み休み言いやがれ。たとえ誰が相手だろうと、神が相手だとしても――」
ユーマは突き出した剣を再び構えると、すぐさま次の一閃の準備をしながら、
「俺の前で、誰かが死ぬなんて、俺を含めてありえない」
「そなたは……」
神様は弾き返された光を、放たれた閃光を見ながら目を見開いていた。そして、しばらく押し黙ると何かを決意したかのように唇をかみしめる。
「ではな……」
神様が微笑む。
「二人でどっかにいってしまえ」
そういって、杖を持っていないほうの指をくいと動かすと、私もユーマも宙に浮かび上がり光に包まれる。
「え!? 神様!? どういう――」
「なんだ、これ! おい、ちょっと待て!」
「うるさい。もう面倒だ。さっさといくがいい」
先ほどまでの威厳に満ちた神様はもうそこにはいない。心底、面倒くさそうな顔をして、顔をしかめて私達を見ていた。
「さらばじゃ。こっちには戻ってくるなよ。ふん、二人して想いあっているとか――リア充爆発しろ」
動物を追っ払う様に手を振っていた神様と、頭を抱えるクルフェルが、私が最後にみた異世界の光景だった。
◆
気づいたら、私はユーマ様とともに見知らぬ世界へやってきていた。
当然、ユーマ様にはこっぴどく叱られた。事情を何も言わなかったことや、異世界転移に巻き込んだことなどなど。
それはもちろん私も悪いと思っているが、私にだってどうしようもなかったのだ。だからしょうがない。
ユーマ様は、偶然現世界の悠馬様と同座標に転移した結果、悠馬様の肉体にユーマ様の意識が上乗せされるという形になってしまったのだが、それはむしろありがたいことだった。この世界の常識や言語、生きていくのに必要なものがそっくり与えられていたのだから。
そうして、ユーマ様の意識を持つ悠馬様は医学生として。私はそれを手助けできる看護学生として、この世界で生きていくこととなった。看護学生になるときに、いろいろと学校の偉い人たちに力を使ってしまったのは内緒である。学生といっても、ユーマ様と同時に卒業できる最高学年になったのは必然だ。
「は? いきなりどうした、様なんてつけて」
私がユーマをユーマ様と初めて呼んだ日。ユーマ様は顔を引きつらせていた。当然、私は恥ずかしかったし顔も真っ赤になっていたと思うけれど、神様にすら私のために立ち向かってくださったユーマ様。敬うのは当然ではないだろうか。
それこそ、敬うどころか愛しているのだから。
だ、だから、胸を押し付けるのとか、本当はすっっっっっっごく恥ずかしいけれど、それを我慢すればユーマ様とくっつけるのだからいいのだと思うことにする。
奈緒さんという強敵もいるし、ミロルちゃんやサラさん、最近はイルマさんという女性も近くおりいつユーマ様の興味を引くかわからない。
すこしでもユーマ様の近くにいるために。
私は今日も日常を過ごしていた。
ひとまず、これで完結とします。
全体を推敲しつつ、もう少し完成度を高められたらいいかな、と思っています。
ありがとうございました。




