第十一話
吹き抜ける夜風が、私の頬を軽く打ち付ける。
眼下には、無数の車のライトが血液のように脈打って流れている。
コンクリートの縁に立ち、手元の液晶だけを見つめていた。
エックスの投稿画面。
文字数制限いっぱいまで打ち込んだツリー式のポスト。
指先は震えていない。私は躊躇なく「すべてを投稿」のボタンをタップした。送信の青いバーが走り抜け、ネットの海へと放たれる。
日野江 @Hinoe_novel_0401
今まで連載していた小説について、本当のことを話したいと思います。あれはただのフィクションではありません。私自身と、火事で亡くなった私の親友を元に書いた自伝小説です。
そして今から、あの物語には書けなかった、私の罪を告白します。
日野江 @Hinoe_novel_0401
ずっと皆さんに嘘をついていました。私は、友達想いの勇敢な主人公なんかじゃありません。ただの、臆病で醜い化け物です。
日野江 @Hinoe_novel_0401
私はAちゃんのことが大好きでした。でも、それ以上に憎かった。彼女の明るさ、誰からも愛される才能、そのすべてが眩しすぎて、隣にいる自分が惨めで仕方なかった。私の心は、ドロドロとした嫉妬で真っ黒でした。
日野江 @Hinoe_novel_0401
火事のあの日。炎の中で手を伸ばす彼女を見た時、私が最初に思ったのは助けなきゃではありません。
「ざまあみろ」
私は、炎に焼かれる親友を前にして、安堵してしまったんです。
日野江 @Hinoe_novel_0401
一瞬の躊躇いが、彼女の運命を決めてしまった。奇跡の救出劇なんて嘘です。もう、これ以上綺麗なヒロインを演じるのは限界です。彼女の代わりに私が生きているなんて、間違ってる。
今まで読んでくれてありがとうございました。
ごめんなさい。さようなら。
投稿して数秒。
画面の端で、リフレッシュマークがくるくるくる。
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これまでの比ではない圧倒的速度。
『え、あの小説実話だったの!?』
『待って、日野江先生=主人公ってこと!? 早まるな!』
『お願いだから生きて! Aちゃんもそんなこと望んでない!』
『誰か、住所特定して警察通報して!』
人間失格が何故あそこまで人の心に刺さったのか。それは、遺作を越えた代物、もはや太宰治の遺書だからだと思う。
私はフェンスに足をかけ、錆びた鉄の棒を握りしめた。
両手が悴んだその時だった。
「梨花!」
背後で、分厚い鉄の扉が乱暴な音を立てて弾け飛んだ。
振り返ると、肩を大きく揺らす翼が立っていた。
「翼。どうして」
喘ぐような声でつぶやいて、一歩、フェンスの縁へと後ずさった。
逆風が私のウルフを乱す。
「あの投稿は本気かい?自殺は私の専売特許だと思うんだけどなあ」
両手を広げて、駆け寄ろうとする彼へ、喉を破壊しかねない勢いで叫んだ。
「来ないで!」
翼の足がピタリと止まる。
「知ってるでしょ?!私は最低な人間なの! ずっと在音を妬んで、あの火事の時だって、見殺しにしたっ!挙げ句の果て、小説のネタとして消費して。 私なんかが、生きてちゃいけないんだよ!」
「だからどうしたっていうんだ!」
翼の怒声が、夜の静寂を切り裂いた。痛いくらいの真っ直ぐな視線が、私を射抜く。
「お前が嫉妬深くて、残酷で、自己中心的な化け物だってことくらい、私が一番よく知っている! お前のそのどす黒い闇に、誰よりも惹かれたのはこの私だ!」
彼は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「私はね、君のいないこんな退屈な世界で、独り残されるのはごめんなんだよ! 君が地獄に堕ちるというなら、私が一緒に堕ちてやる」
私は無意識に肩の力を抜いていた。
「だから、私を置いていくな! 生きろ、梨花」
翼はフェンス越しに手を伸ばし、私の腕を強引に、骨が軋むほど力ずくで無理やり引き寄せた。
「きゃっ」
そのまま私と翼はコンクリートに転がり込んだ。私は翼になされるがままに、抱き寄せられて、そのまま腕の中で泣き疲れて眠ってしまった。
「ヒーローっぽく書いてみたけど?こんなのでいいの?」
翼はホットコーヒーに舌をつけるなり、即座に引っ込めた。
「いいね、これならかっこよく死ねそうだ」




