7.こたえ
「どう思っているか?」
邸までの帰り道。
イーサンは長い脚を止めると、薄い空色の瞳でオリヴィアを見下ろした。青空の下、太陽に溶けかけるその瞳の冷たさに、オリヴィアは思わず体をこわばらせる。
イーサンはオリヴィアの言葉を、まるでその真意を測りかねるように、低く掠れた声で繰り返した。
「どう思っているか、だって?質問が曖昧すぎて意図が分からない。もっと具体的に話してくれないか」
「その…カトリーヌ様とは長いお付き合いでしょう?今回のことは急なことでしたから、その、きっと公爵様も驚かれたのではないかと…、だから、えっと…」
「つまり、彼女に未練が残っているか気になる?」
「あけすけに言えばそうです…」
オリヴィアはあまりの恥ずかしさに項垂れた。
(もっと上手い聞き方があったでしょうに……!)
自分の会話力の無さと、無遠慮に踏み込みすぎた無作法さに、胸の奥がキリキリと痛む。
イーサンは暫し探るような視線でオリヴィアを見つめた。
ー…怒っているのか、それとも呆れているのか。
二人の間に気まずい沈黙が落ちる。
永遠にも思えるその静寂を破ったのはイーサンだった。
「…確かにクレイトン嬢とは長いあいだ婚約関係にあったが、所詮は家同士が決めた婚約だ。私自身が彼女に特別な感情を持ったことはないよ。今回の不貞騒動も『そうか』と思っただけだったな」
「それだけですか?あんなに長く婚約者として側にいたのに?」
「婚約者といえど実際は月に数回会うか会わないかくらいの関係だった。仕事を含めれば友人達と会っていた時間のほうが長いくらいだ」
「…でも、カトリーヌ様は公爵様のことを深く慕っておいでのようでしたわ」
「それが真実なら他の男と関係を持ったりしないだろう?」
「それは…」
オリヴィアは口籠る。
イーサンの言っていることは正論だ。けれどオリヴィアは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「…カトリーヌ様は本当に公爵様をお慕いでしたわ。だからこそ私は、カトリーヌ様があんなことをなさったのには理由があるのではないかと…、そう思っているのです。その理由を公爵様はご存知なのではないかと…」
「理由、ね」
イーサンは小さく鼻で笑った。
その美しい空色の瞳が一瞬にして、底冷えするような暗闇に澱む。
「行こうか」と短くオリヴィアを促すと、彼は止めていた足を動かし、邸に向けて再び歩みを進めた。
彼のゆっくりとした歩幅はやはりオリヴィアを気遣ってくれている。それなのに、先ほどまでの穏やかな空気は綺麗に消え失せ、鉛のような重苦しさが二人の間を満たしていた。
オリヴィアはおずおずと目線だけで彼の表情を盗み見た。完璧に表情を消し去った美しい横顔は、まるで血の通わない精巧な彫刻のようだ。
「…君の言うとおり、今回の件でクレイトン嬢が何故あんなことをしたのか、理由については大体の見当はつく。どうやら君と私とでは想像している『理由』とやらは違うらしいが…まぁいい。どんな理由にせよ、彼女自身の手で私との契約を反故にしたことにかわりはない。情状酌量の余地を与えるほど、私と彼女の間に特別な感情がないという事実もね」
イーサンは前を見据えたまま、淡々と、しかしどこか冷徹な響きを帯びた声で言葉を紡いだ。
「最初の質問に戻ろう。『クレイトン嬢に今でも情が残っているか』についての答えは『ノー』だ。もし仮に君が懇切丁寧に彼女の気持ちを代弁してくれたとしても、この答えが覆ることはない」
「…申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました」
「なぜ私がこんな馬鹿げた質問に真面目に答えているのか、分かるか?」
「え?」
項垂れていたオリヴィアは、不意に降ってきた柔らかな声に顔を上げた。瞬間、澄んだ空色の瞳に至近距離で覗き込まれ、小さく息をのむ。
「もし仮に私の目の前にいるのが君でなければ、私は今すぐにでも踵を返して邸に帰っていただろうな。こんな馬鹿げた会話をするよりも邸で仕事をしたほうがよほど有意義な時間を過ごせる」
辛辣な言葉とは裏腹に、彼の声にはどこか面白がるような響きがあった。
先ほどまで他者を寄せ付けないほど冷たく淀んでいた瞳が、今は信じられないほど熱を帯び、とろりとした甘さでオリヴィアを映す。
イーサンはそっと手を伸ばすと、オリヴィアの頬に触れるか触れないかの距離でその前髪を優しく払った。
「覚えておくといい。他の誰の言葉にも耳を貸すつもりはないが、君の質問にだけは、どんなことにでも答えてあげる。……それがどんなに馬鹿げたことでも。それで君が安心してくれるなら」
やっと物語が動き始めた気がします。
ぜひ評価やコメントなど頂けると嬉しいです。
相変わらず稚拙、遅筆ですが楽しんで頂けると幸いです。




