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  〔■〕


(俺はバカなのか……?)

 と思いながら、走り続けている。家の裏山へと続く獣道を上がり、その頂から伸びる旧道へと進んでいた。

 向かっているのは、おそらく戦場。命が惜しくないわけでもない。転校生のエリー、俺の〝百敗時代〟を支えた不肖の弟子が、そっちに向かったという、たったそれだけの理由で足を運んでいる。恐ろしいバカだ。

「どうしちまったんだよ……俺は」

 砂利道に出た。そこをしばらく進んでいくと、銃声が聞こえてきた。まだ遠い。断続的に響いている。さすがに足を止めた。

(これ以上は危険だ……)

 迷っていると、今度は分かれ道の方からエンジン音が聞こえてきた。サイドカーのついた大型バイクが走ってくる。サイドカーの方に乗っている少年の格好を見て、呆気に取られてしまった。

 漆塗りの甲冑。戦国時代のものだろう。兜はつけていないが、その他はフル装備だし、背中に槍も背負っている。

 甲冑姿の少年は、ブレーキングも終わらないうちに席から跳躍し、地面を軽くスライドしながら着地した。

 そして、ハッと――俺の顔を見た。

 俺も、そいつの顔を見た。

「そなた……」

「お前……」

 二の句が継げない。継げられるほど、冷静でいられなかった。あり得ない顔が、そこにあったからだ。相手とて、俺と同じ気分だろう。

 俺の顔と、そいつの顔は、寸分も違わないほど似通っていた――。

「何で、俺の顔……?」

「重綱の子を産んだ娘がおったな。わしの血筋は途絶えなんだか」

「はあ……?」

 ここでようやく、俺は大事なことを思い出した。

『自分のドッペルゲンガーを見たら、迷わず逃げてくれ』

 父さんの言葉。あれは、いまこの瞬間に向けた警告だったのかもしれない。

(逃げなきゃ……!)

 恐れが顔に出たのか、俺と同じ顔の少年は表情を和らげた。

「さらばだ」

 甲冑の少年は凄まじい走行速度で山林に飛び込み、あっという間に見えなくなった。

 残った方の少年が話しかけてきた。

「君さあ……」

「ん?」

 少年がカーナビ代わりにしているスマホが鳴った。着信の相手を見て顔をしかめて「まあ、いいや。チュス」と言いながらバイクをふかし、来た道を戻り始めた。

「……何だったんだ。あいつら」

 俺は、再び走り始めた。奥へ進むと、煙も漂い始めた。山火事が怒っている。燃えている一角にメタリックな何かを見つけて目を凝らすと、それは航空機のエンジンや、折れた翼といった残骸だった。

「冗談だろ……最新ステルス戦闘機だぞ?」

 奇妙なものを見つけた。墜落した航空機の胴体が、古代の鉄槍に貫かれている。

「槍で撃墜したのか? そんなバカな……」

 俺はずっと、平和な日本で生きてきた。ニュース番組は危機こそ煽るものの、いつだって戦争は起こらずに時はすぎてきた。しかしその平和が、根拠など一切ない幻想であることを、いま思い知った。

(危険だけど進もう……エリーを説得して、引き返させないと)

 山林の獣道を駆け下り、山裾に差し掛かったときだった。

 藪の中から一匹の獣が素早く躍り出てきて、反射的に足を止めた。

 姿を現したのは、灰色の毛をした大型の生き物だ。

「野犬……」

 犬だ。大型犬――にしては筋骨隆々すぎるし、牙も長い。目つきも飼い慣らされた気配を感じさせない。

「……いや、狼か? そんなバカな。日本にはいないはず」

 狼の顔が怒りに歪み、猛烈に吠えてきた。

 咄嗟に後ずさった。俺が退がったのを確認すると、咆吼は静まった。

「行くな、って言っているのか?」

 深呼吸をして――……

 ダッシュ開始! 全力疾走で抜けたが、狼は後方から追従。スピードは向こうが圧倒的に早い。このままでは追いつかれる。

 俺は突然、振り返って、わざとすっ転んだ。そして首をつかんで地面に引き倒す。そして狼の首と前脚に腋を回し、アームロック。

「ガゥウウ!!」

 狼は暴れるけど、この姿勢を取れば抵抗はできない。

「怒るなって。お前の気持ちは判る。何か危険があるんだろうな。だけどさ、俺は行かなきゃならないんだよ」

「――ダメです、悠也さん! 引き返してください!」

「は……?」

ブウウン――と音がして、光片が散り、押さえ込んでいた狼の肉体が消えた。

「へ。消えた……?」

 押さえ込んでいた狼が消え、俺は支えを失って地面に落下。

「ぷぎゅっ」

 何か小さいものが俺の下敷きになった感触があった。いまの可愛い悲鳴の主だろう。

「この匂い……」

 甘酸っぱく、爽やかな。それは下敷きになっている何かから漂う香りだ。

 それを、見た。

 ヒト、だった。

「……え?」

 厳密に言うと、それはホモサピエンスではない。ただし幼女には定義されるだろう。人類ではない幼女とは何事か、と思うかもしれない。その意見は尤もで、それを明確に定義しうる言葉は一つしかない。

 人外――である。

 この幼女の頭上にはさっきの狼を髣髴とさせる、立派な獣耳が居座っている。髪の毛は灰色で、ワンピースのスカートの端から、ふさふさのしっぽが飛び出ている。上唇の下から鋭い牙も飛び出ている。

「……アースメギンなのか?」

「はい……」

 アースメギン――。

 神力を備えた獣人。取り外しが可能な、勇者の能力値。アースメギンであるなら、この年頃なのも納得だ。メギンは必ず幼女で、年齢的成長はしない。

「おかしいだろ? アースメギンは、言葉を話せない……」

「私は、特別です。アースメギン以上の存在と言いますか」

 というか。もっと重要な既視感を、この子が現れた瞬間から感じていた。

「えっと……錯乱して幻を見ているのかもしれないけど、君の顔に見覚えがあるような気がしているんだけど……」

「…………」

「もしかして、星野歩って名前じゃないか?」

「……お久しぶりです。悠也さん」

「嘘だろ……? だって君は、自殺したはずだ」

「私は……」

 歩は言葉を続けようとしたが、その声は戸惑うように止まった。

 彼女の頬に、俺の涙が落ちたからだ。

「悠也さん……泣いて……」

「俺はてっきり、歩がこの世界に絶望してしまったのかと。俺も、そんな風に追い詰めてしまった人間の一人なんじゃないか、って」

「そんなわけ……あるわけないじゃないですか。貴方は、私の〝違和感〟を受け止めて、ずっと守ってくれた人です。感謝しかありませんよ。あの死に意味があるとすれば、罪滅ぼしです」

「罪滅ぼし?」

「貴方は本来の貴方じゃない。その貴方を選んだのは私で、戦う運命を科したのも私。せめて勝利を約束するために、私は人間をやめたのです」

「どういうことだ……?」

 上から大きな飛行音が響いてきた。続いて強い風が起こった。

 上空に巨大な輸送機が見えた。直線上の主翼に二つの胴体が繋がっているという、奇妙な形をしている。胴体と胴体の間に、青く塗装された二足歩行型の大型機械がぶら下がっている。

「悠也さん、あれって……」

「……嘘だろ……巨大ロボットだ……」

 身を起こす。

「お前はここにいろ」

「どこに行くつもりですか!?」

「あいつはエリーが消えた方角に向かっていった。イヤな予感がするんだ」

 そう告げてから、駆け出した。

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