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第5話 もちろんですよ。 前編

 アリクスさんの奥さんが亡くなり半年が過ぎた。

 家族が長く悲しみに落ち込むのでは?

 心配していた私だったが意外にも早い立ち直りを見せていた。

 それは彼の存在が大きかった。


「アリクスさん、どうですか?」


「駄目です、もう一回」


「え?」


 みじん切りにした玉ねぎを自信満々でアリクスさんに見せ不合格に絶句している彼は、


「こらラインホルト君、ちゃんと先生って言いなさい!」


 そう、ラインホルト君。

 彼は漁が休みの度、魚を担いで夜通し掛けてやって来る。

 もちろんアリクスさんに料理を教わる為。


「だってマリアちゃん今回は上手く出来たんだぜ」


 恨めしげにマリアちゃんにみじん切りの玉ねぎを見せるけど止めた方が...


「ダメ!こんなに大きさにムラがあるじゃない。

 それに私の方が先輩なんだから『ちゃん』は止めなさい!」


「はいマリアさん!」


「宜しい」


 愛用の調理服に身を包み、腰に手をやるマリアちゃん。

 なかなか様になってるね。

 9歳も年上のラインホルト君だけどタジタジだ。


「口に入れば同じかと思ってたよ」


 悲しそうにもう一回刻み始めるラインホルト君。

 それは玉ねぎが目に沁みているからなの?


「ほら、違うこうやって芯を動かない様に」


 マリアちゃんがラインホルト君の手を上から押さえる。

 面倒見が良いのは分かるけど...


「マリア、見て覚えさせなさい」


「...でも」


「ダメだ」


 アリクスさん怖いよ。

 結構スパルタなのか、いや娘に近づかせたくないのかな。


「見てなさい」


 アリクスさんは見本を見せる。

 当たり前なのだが凄い。

 あっという間に玉ねぎはみじん切りになった。


「す、すげえ...」


 ラインホルト君も思わず見惚れている。

 マリアちゃんはその様子を誇らしげに見ていた。


 その後も3人の料理は続いた。

 私は何故かその様子を見ている。

(正確には私とマチルダの2人)

 アリクスさんが呼んだのだ。


「さあ出来ましたよ」


「待ってました!」


 皿に並んだ美味しそうな料理。

 マチルダは喜びの声を上げた。


「美味しい!!」


「やっぱ、アリクスさんの料理は旨え!」


 嬉しそうに食べてるけどラインホルト君ただ食べてるだけで良いの?


「ほら食べ比べなさい」


 アリクスさんはラインホルト君に同じ料理の皿を差し出す。

 見た目は変わらないけど。


「え、違う?」


「本当、こっちは落ちるわ!

 これもアリクスさんが調理したのにどうして?」


 驚いてるね、理由は簡単なんだけど。


「ロッテンさん教えてあげて」


「私が?」


 マリアちゃんが教えなくて良いの?


「ええ、お願いします」


 アリクスさんも?


「ロッテンさんお願いします」


 ラインホルト君にまで言われたら仕方ない。


「みじん切りのムラね。

 大きさが揃って無いから焼きむらが出来てる。

 後は食感、口に入れた時に統一感が無くなってね」


「へぇー」


 感心してるけど私が解説して良いのかな?


 楽しい料理教室も終わりお茶の時間。

 用意して来たお菓子を新しい皿に並べた。


「美味しい!」


 マチルダは鷲掴みでクッキーを頬張る。

 リスみたいだ。


「ロッテンさん、これもお手製ですか?」


 マリアちゃんは一口頬張り、私に聞いた。


「そうよ」


「凄い!この前のプリンもですけどロッテンさんって料理上手ですね」


「そんな」


 褒めすぎだよ。


「いや、本当に美味しいです」


「アリクスさんも」


 そんなに凄くない、菓子作りは小さい頃にお母さんから教わった程度だし。


「...懐かしいな」


 無言で食べていたラインホルト君が呟いた。


「懐かしい?」


 マリアちゃんが不思議そうに聞く。


「母さんの味だ」


 ラインホルト君の言葉に空気が凍りつく。

 無意識に言った言葉だろうが...


「す、すみません!!」


 慌てて頭を下げるラインホルト君だけど遅いよ。

 どうしたら良いの?


「そうですね、懐かしい味です」


 アリクスさんは静かに頷いた。


「私も覚えがあります、母の味です」


「お父さん」


 マリアちゃんはアリクスさんを静かに見た。


「妻は料理の類いは全く出来ませんでした。

 だからマリアには...」


「...それで良いの」


「マリアちゃん」


「それで良い、私は今食べた味を忘れない!

 これを思い出の味にするから」


 元気にクッキーを頬張り笑顔のマリアちゃん。

 無理をしないで良いのに。


「親って良いな...」


「ラインホルト君、ご両親は?」


 アリクスさんは知らないんだ。

 ラインホルト君は冒険者の頃に負った身体と心の傷で一度も故郷に帰って無い事を。


「マ、マチルダ」


 何とかしようとマチルダを見るがクッキーを頬張ったまま固まっている、ダメだ。


「居ますよ、もう7年あってませんけど」


「そうですか」


「...ラインホルト」


 アリクスさんとマリアちゃんはラインホルト君を黙って見詰めた。


「一度手紙でも書こうかな」


「ラインホルト君、それが良いです」


「もう俺は1人じゃない。

 仕事仲間やアリクスさん、そしてロッテンさんが居る、決して孤独じゃない。

 だから...」


 うつむきながら話すラインホルト君。

 彼の言葉に心が疼く。

 私にも居る、9年前に『生きなさい』そう言ってくれた両親が。


「ラインホルト」


「なにかなマリアちゃん?」


「私も居るんだよ!何で私を言ってくれないの?」


「そうだった。ごめんマリアちゃん」


 ラインホルト君はマリアちゃんに頭を下げるが頬を膨らましてそっぽを向いた。

 これは本当に怒っているよ、どうする?


「マリアちゃん」


「え?」


 ラインホルト君はマリアちゃんの手を握った。


「マリアちゃんも俺の大切な人だ。

 本当にごめん」


「あ、あ、分かれば良いよ...後、ちゃんは要らないけど...」


 真っ赤な顔で俯くマリアちゃん。

 あ、アリクスさんまで真っ赤だ。


『何か良いな』

 そんな空気を感じた翌日、その知らせはやって来た。


「え!?」


 正教会からの来た封書。

 内容に手紙が手から溢れ落ちた。


「どうしたんですロッテンさん?」


 駆け寄るマチルダ、私の様子に激しく動揺している。

 しかし取り繕う事が出来ない。


「ナシュリー様とルーラが...」


 言葉が続けられない。


[ナシュリー様とルーラをメンバーとした正教会とギルドの一団がシードレスを護送中に襲われ2人も重傷を負い、シードレスが脱走した]


 そう書かれていた...


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― 新着の感想 ―
[良い点] 女を攫って金に換える程度の 恐らくは組織でも便利な構成員程度そうな男に奪還部隊だと…… まさか、重要な情報でも持ってる幹部だとでもいうのか……
[良い点]  幸福で調和のとれた交流。その中心の3人が傷を抱えていると知っている私たちは、本当によかったねと思って読んでいました。  最後の段落の直前までは……  ひょっとして、作品の終わりが近づい…
[一言] 彼奴か。 こりゃあ、始末つけるのは主人公ですかね。
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