2 修行続きます
「お、アヤカちゃん早起きだねー」
「今日も修行とかいうのやんのけ?」
ある日の朝。
村一番のオシドリ夫婦と名高い老夫婦にアヤカは声をかけられた。
夫婦はいつもアヤカのいる孤児院に畑で取れた野菜や果物をお裾分けに来てくれるので、この村の孤児院育ちの者にはめっちゃ人気の夫婦だ。
アヤカもこの二人が好きだ。特に、時々貴重なお菓子を分けてくれるおばあちゃんが。
「おはようございます! はい、今日も修行です!」
挨拶もそこそこに、アヤカはダーッと走り去っていく。
本当はもっとお話していたいが、早朝の筋トレをする時間が勿体ないからだ。
「小さい子は元気があっていいのう」
「あんたは今でも元気に土弄っとるだろうが」
お婆さんに華麗に突っ込まれたが、お爺さんは元気に畑の面倒を見に行った。お爺さんの好きな言葉は「男は生涯現役」なのだ。
ナモナキ森でいつも通りの筋トレと、新たに追加した型稽古をしているアヤカの前に、肌が緑色のエルフ耳の小人がやってきた。
「なんなのあんたら?」
なんの伏線もなく登場してきた変な奴らだと思いつつも、アヤカは修行を中断してこの二体の乱入者に話しかける。
「(正直、修行の邪魔だからどっか行っててほしい)」
そんな態度を飲み込むアヤカの問いかけも無視し、緑色二体はなにやら話している? 様子だ。
「ぐぎゃぎゃ! ぎゃぎゅ」
「ぎゃぎゅぎゅ、ぎゃあ!」
二体の小人はアヤカを指差してナニカを言っているが皆目検討もつかない。「エルフ語話せこんにゃろう」と、アヤカは思った。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!」
「ぎゃ!!」
そして、二体の小人が手をワキワキさせてアヤカに飛びかかってきた。その動きは素人も童貞も丸出しだった。
普通の女の子なら恐怖に体が凍りつくだろうが……。
「なにすんのよ!! この野郎!!!」
だが、幼くても見習いでもアヤカは拳法家だ。
自分と同じくらいの体格の相手ならば、十人いても余裕で倒せる。ましてや二体など話にもならない。
――ガン! ゴン!
アヤカの拳骨をまともに食らった二体の緑色は、生身を殴ったとは思えないほどの音がして地に伏した。
頭から煙が上がる緑色生物二体を前に、アヤカは「もう興味ないわ」と吐き捨てて修行を再開する。
しばらくすると、オシドリ夫婦が血相変えてやってきてお婆さんがアヤカに抱きついてきた。
お爺さんは鎖鎌で武装し、歴戦の兵のような面構えをしていた。
一体なにがなんだかアヤカには理解不能だった。
「アヤカちゃん!! 大丈夫だったかい!?」
「そのゴブリンは誰が倒したんのけ?」
ゴブリン?
聞き覚えのない単語に、おうむ返しに答えると、お爺さんが説明してくれた。
ゴブリンは人、エルフ、ドワーフら知的生命体を襲うモンスターの一種で、特に一人でいる子供や女性を狙って襲撃する悪知恵がある。
個体単位なら大したことないが、群れになると脅威度が一気に跳ね上がる、ということだ。
その特徴は緑色でエルフ耳で、体は子供みたいに小さい。
「(ん? さっき倒したやつがそうだったような……)」
アヤカはさっき自分を襲い、返り討ちにしたゴブリン(仮)を見る。
身体的特徴はお爺さんの話と一致している。
「あ、こいつらゴブリンだったのか」
ポンと手を叩き、合点がいく。
「アヤカちゃん、こいつら倒したのけ?」
「うん、襲ってきたからね!」
お爺さんの質問に笑顔で答えるアヤカ。
夫婦はもう、なんか、脱力している。
「ゴブリンが出たっていうから急いできたのによ~! アヤカちゃんが倒しちまったのか~」
「婆さんや、まだ群れが残ってるんのけ」
「そうだったな、まあ、あたしらなら余裕さね」
「群れ? こいつらまだいるの?! 私も行きたい!」
アヤカはここで実戦経験を積みたくて志願した。
「駄目だよ! 小さい女子には危険だ」
「儂らが心配なら、ナモナキ教会で祈っててくれればいいのけ」
「(それもあるけど、そういうんじゃないのよ……)」
実際に戦いを経験しておきたいの!
アヤカはそう叫びたかったが、純粋に自分を心配している二人の目を見ると、なにも言えなかった。
アヤカは基本、孤児院に捨てられていた両親がいない自分を、いつも心配してくれているこの村の大人たちに弱かった。
「うん、じゃあ教会で待ってるから」
だからお爺さんとお婆さんに従った。
二人が心配だが、選択肢がそれしかないからだ。
「心配しなくてもいいのけ」
「あたしらは若い頃からゴブリン退治で鳴らしてきたからね」
「(それは何回も聞いた)」
餅は餅屋。ゴブリンにはプロを。
ということで、アヤカは教会に向かった。