1 修行始めます
雷鳴拳習得に辺り、アヤカが始めたことは筋トレだった。
拳法家は体が資本。
体力が無ければなにも出来ないし、〝もう一人のアヤカ〟も最初は基礎鍛練から始めていた。
「ふっ、ふっ、ふっ」
てな訳で、アヤカは地面に手を着いて黙々と腕立て伏せを続けている。
孤児院でやると他の子供たちにからかわれたり、院の先生に差し入れや応援などをされてかえって気が散って落ち着けないので、頭を打った例の場所でやっていた。
この場所は何気にアヤカの原典が生まれた地だからお気に入りだったりする。
ここは、アヤカにとって聖域だった。
「ふっ、ふっ、ふっ」
この場所で、朝起きてから日が沈むまで、時間と体力が続く限りひたすら腕立てを続けた。
数ヶ月もして登ったばかりの日が頭の真上に達する時間まで休みなしで出来るようになると、今度は平行して走り込みを始めた。
「はぁ、はぁ、あと五周」
一往復数キリ(この世界のキロメートルの単位)の村の外周を自分の足で往復十周。
まだ体が小さく、体力も未完成なアヤカには血を吐きながら続けるような辛いマラソンだったが、不屈の信念とメンタルでなんとかやり遂げた。
しかしその頃になると、ジルも「また修行ごっこしてるの? 私もやるー!」と修行に加わるようになった。
「でさー、私またお皿割ってお父さんに怒られたんだー! まあ、ヴェスタの奴も道ずれにしてやったけどね!」
「そりゃあヴェスタ災難だったわね」
「でしょ! 我が弟に産まれたことを悔やむがいいわ!」
「鬼畜過ぎでしょ!」
ジルと仲良く並んで走り、二人でお喋りしながら走るようになってからは辛い走りこみも、楽しい遊びに変わっていった。
大人たちは最初、アヤカが村を走り回っていることをジルから聞いたときは、また事故に会ったりしないかビクビクしていたし、
だが、ジルがアヤカの監視役に名乗り出たことで、この二人が村の外周を走り回るのはいつものことだったこと思い出して、微笑ましくも見守るようになった。
「ジルちゃんが居れば安心ね」
「あの子は以外としっかりしてるからな」
「アヤカちゃんも森で走るのが大好きだしな!」
「あ、こらヴェスタ! また皿を割ったな!」
こうして村の大人たちも安心して胸を撫で下ろするようになった。
一つおかしい? 気のせいだ。
「はぁ、はぁ。 ……ねえ、アヤカって普段どんだけ走ってるの?」
体力を使い果たし、息を切らしたジルがアヤカに聞く。
「えーと、四、五十キリぐらいかな?」
「はあぁぁぁぁ?!?!! 走りすぎでしょ!!」
「そうかな?」
「そうだよ!」
アヤカはまだ前世の常識と見比べているため自覚は無いが、正午から夕暮れまでに五十キリ走る速度とスタミナは、この世界の一般的な七才児を軽く超えた並外れた体力だ。
前世の日本では、これを遥かに凌ぐ超人的な達人が大勢いたので、アヤカはまだ自分は〝人間〟いや、〝エルフ〟の範疇だと思っている。
なお、同じエルフのジルからしても、この時からアヤカが普通のエルフに見えなくなったのは内緒だ。
「アヤカの修行ごっこって、本当に修行だったんだね……」
「そうよ。 私は本気で〝雷鳴拳〟を習得したいからね」
「それでこの世界を旅するっていうのも本当なの?」
「本当よ」
アヤカは本気でこの世界を旅して、冒険に繰り出したかったのだった。
そのために、雷鳴拳と多くの武術を〝再〟習得しようとしていた。
「じゃあ、〝気〟っていう魔力の修行もしてるの?」
「勿論よ!」
夜には寝る前の二時間、座禅を組んで瞑想していた。
体内の気を増やし、操るためには心を無にした精神統一が必要だったからだ。
天才だった〝もう一人のアヤカ〟でも習得には苦労していたが、今のアヤカには多少は楽に習得できた技能だった。
なにせ、かつて自分がやっていたことをやり直すだけなのだから。
だが、完全にはモノにすることはできずに、体に〝気〟をオーラにして鎧のように纏い、身体能力と防御力の多少の強化が今の限界だったが。
アヤカはやるには完璧にしたい主義なので、〝気〟の性質を変えて属性を付け足した〝雷気〟が完成するまではジルにも内緒にしておくつもりだった。
雷気は雷鳴拳の基本となる技なので、これだけは最優先で覚えておきたい。
「今日はもう日が暮れたし、帰ろっか」
「またねアヤカ」
「また明日ね、ジル。 ご両親にもよろしく言っといて」
腕立ても走り込みも終わり、今日は晩ごはんを食べて瞑想するだけだった。
アヤカの修行は毎日続いていくのだった。
いつしかその風景がこの村の名物になるまでずっと。




