新学期始動
長らくお待たせしました。
新学期が始まって早々、私は大忙しであった。
集合日翌日の学生長としての全学生を前にした挨拶に始まり。
数多く寄せられる学生からの陳情書を吟味して、学校側への提案のまとめ。
そしてなにより、私を悩ませていたのは急増する決闘仲裁の嵐である。
もうほんとにこれがめんどくさい。
両者の言い分や実際に決闘をしたときの予想される勝敗などを勘案して、判断を下さなくてはならない。
「来週の日曜日どっちがアンジュとデートするか決めてほしい。」とか、「この物品の値段で揉めている。」というどうでもいいものがある。
これらは前学期なら決闘で勝手に決めていたのだが、私の『トウキ製品禁止令』によって、決闘をする者が減って…というか居なくなって仲裁を求める者が増加した。
もちろん、各部活の施設利用の調整をお願いしたいというまともな仲裁もあった。
というか従前はそれも決闘で決めていたというのがおそろしい…。
だが、一番私を悩ませていたのは、派閥間の争いの仲裁である。
特に侵攻派からの決闘申込み案件が急増している。
「これは確実に私に対して嫌がらせをしているわね。」
―――――――
遡ること、数日前。
集合日の翌日、私は、執務室に駆けこんできたイスラの叫び声に驚かされる。
「セリナ、大変なのよ!」
「なにが?」
「ともかく、付いて来て!」
「ちょ、ちょっと!」
イスラに腕を掴まれて強引に連れて行かれた先は、鍛冶場であった。
そして、鍛冶場の前では、ホルスト先生が涙を流していた。
「イスラ、これは確かに大変だわ。」
「で、でしょ!?」
「なんで、ホルスト先生は泣いてるのよ。」
「鍛冶場の中を見てもらったらわかるわ。」
イスラに促されるまま、号泣しているホルスト先生を無視して鍛冶場の中を覗く。
すると、鍛冶場の全ての炉に火が入っており、何人もの鍛冶師と学生が忙しそうに作業をしていた。
「こ、これは…。なに…?」
「よくぞ聞いてくれたな!」
私の疑問に答えるようにホルスト先生が正気を取り戻す。
ホルスト先生曰く、新学期が始まるや否や、ロイス先輩がお金で雇った鍛冶師を引き連れて来たらしい。
忙しく働いている学生は鍛冶師の手伝いをさせられている下級生だそうだ。
「ホルスト先生、あれ部外者ですよね?」
「そうだが、なんの問題がある?」
「いや、問題しかない気がするんですが…。」
「すでに学校の許可は取っている。」
「ええ…。」
「みな、お前の父親のおかげで、武器を作る喜びを忘れていたのだ。見ろ! あの楽しそうな鍛冶師たちの目を! どうして彼らの期待を筆頭宮廷鍛冶師の私が無下にできようか!」
そういえば、ホルスト先生は名家の出身で、この学校でもかなり身分が上なんだった。
おそらく、鍛冶場が賑やかなのがよっぽど嬉しかったのだろう。
普段は権力を振りかざさないのに…。
今度、ルクレスさんに言いつけてやろう。
―――――――
侵攻派の鍛冶場独占は非常に効果的だった。
今の世の中、帝国や共和国は知らないが王国において普通の武器なんて手に入らない。
融和派は武器がなく決闘を申し込まれても仲裁を願うしかなくなっていた。
あの野郎……。
コンコンコン
私がロイス先輩への呪詛を心の中で呟こうとしたとき、学生長室のドアを叩く音がする。
「どうぞ。」
「失礼するね。」
「ああ、コート先輩。どうしましたか?」
紺色の髪をした、融和派のリーダーが入ってくる。
最近は仲裁の依頼のためにしょっちゅうやってくる。
「その、今日もなんだけど。」
「ええ、わかりました。書類をください。」
「ごめんね。お願いするよ。」
「また、今回もどっさりとありますね。」
「うちは侵攻派の学生と違って腕っぷしに自信のある人間はいないからね。セリナちゃんが融和派限定でトウキさんの製品を使うことを許可してくれたらいいんだけどね。」
「それはできません。私は融和派に対しても侵攻派に対しても平等な立場ですから。というか、融和派も申込みを受けて立たずに負けを認めてくれたら仲裁しなくていいんですけどね。」
「セリナちゃんは厳しいなぁ。」
先ほどロイス先輩を呪おうとしていたのは内緒にしよう。
いや、コート先輩も呪えば平等か。
まあ、私の平等は平等にうっとうしいと思ってるって意味だし。
「じゃあ、仕事をするので。」
「うん。頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
コート先輩が出ていくと、それと入れ替えにミアが入室してくる。
「また来ていたのか。」
「今日もどっさり持って来てくれたわよ。」
「まあ、融和派は申し込まれた側である以上、大目に見てやるしかないさ。」
「そうなんだけどね。」
「今の私だって雷虎が使えないからな。」
「ああ! そうだった!」
「な、なんだ?」
「ちょっと待ってて!」
そういって私は自室へと走る。
ここ最近の出来事のせいで完全に忘れていた。
ミアにあれを渡さなくては。
「はあ…、はあ…。ミア、これ…。あげる…。雷虎の代わりに使って…。」
「ええっと、これは?」
「ふう…。私の夏休みの成果よ。」
「そ、そうか。」
「形も刀に似てるし、ミアなら大丈夫よ。」
「うむ。なら、有りがたく頂くとしよう。これでセリナお嬢様をお守りしよう。」
「まあ、頼もしいわね。」
そういって、ミアは私の夏休みの成果を腰に差す。
「ごめん! 遅くなったわ!」
そのとき、イスラが飛び込んでくる。
「って! なんでミアは腰に『ものさし』を差してるのよ!」
―――――――
「なるほどね。それがミアの雷虎に代わる武器なのね。」
「ええ。そうよ。」
「けど、なんで普通の武器じゃないのよ…。」
「うーん。やっぱり学校だし?」
「いや、意味がわからないわよ。」
「それに、お父さんの影響かもね。そもそも私って普通の武器って作ったことないから上手く作れないし。」
「なんちゅう親子だ。」
私とイスラが会話している隣では、ミアがものさしで素振りをしている。
使い心地を確かめているそうだ。
「これはすごいな!」
「そんなに?」
「ああ! こんなものさしは握ったことがない!」
「ちょっと、セリナ。鑑定してよ。」
「ええ、いいわよ。」
【ものさし(1m)】
攻撃力 200
防御力 50
重量削減(中)
耐久性(中)
目盛(1mm刻み)
「う、うーん。」
「どうしたの?」
イスラが首を傾げている。
どこか不備があったのだろうか?
ミアが使った感じでは不備はないと思ったんだけど…。
「いや、なんだかね。多分能力的にはすごいんだと思うんだけど。普段目にしてる日用品がすごすぎて…。」
「あれと比べないでよ…。」
王国人の感覚はおかしい。




