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祈りが最期に織り上げるのは  作者: 小織
2:運命の姫君
9/12

望まれぬ来客現る

2014/08/12 大幅改稿

 大聖堂の方角から、玲瓏と響く合唱の声がきこえてきた。

 朝祷開始の合図だ――美優が大聖堂入りしたのだろう。

 今日もなんとか無事に、あのバカを丸めこんでお仕事に向かわせることができたようだ。

 ヘマをやらかさないといいけどと思いながら、寝間着の紐を解く。

 わたしもやっと着替えの時間だ。


 寝間着を脱いで防御力の低い下着姿になり、神官が置いていったドレスを手に取る。

 わたしのものは美優のドレスと違ってシンプルなつくりだから、自分一人で着替えられる。

 しかし!

 今日のドレスはいつもと一味違った。ボタンが背中にあるんだよ。

 これはやっかいだった。場所が場所だけに、手が届きにくい。

 とはいえ諦めるわけにもいくまい。

 わたしは首と肩をつりそうになりながら懸命にボタンをかけようとする。

 だが……届かない……!!


「誰か……助けて……」


 誰もいない部屋で一人懇願する。

 もちろん、応えてくれる人なんているはずがない。

 神官たちはみな大聖堂で朝祷中だし、第一、いたところで、わたしを助けてくれるはずがない。

 何か知らないけど、嫌われてるらしいんだよね……。

 今朝もゴミムシを見るような視線を浴びせかけられたし。

 いったいわたしが何をしたって言うの……?

 ――と、心中渦巻くあれこれで深々とため息をついたその時。


「助けてやろうか?」


 背中から声。低くて甘いそれが耳朶を打った。

 わたしは、助かった!なーんて思うより先に驚いてとびあがった。

 だってだって、今の声、低かった――男の人の声だ!!

 ビビりながら振り返ったわたしはきっと、とっても間抜けな顔をしていたと思う。

 その証拠に、わたしが見た顔は微妙な具合に歪んだ。苦笑とも嘲笑ともつかぬ表情だ。


「色気もなにもないな……」


 男の第一声が、これだ。

 いきなり貶しかかってきたのである。

 むっかつく……! でも、正論だからなにもいえない。

 せめてもの抵抗に男を睨みつけたわたしは、ふとあることに気付いた。


「あなた……あの時の……!」


 忘れもしない。

 あの忌まわしい召喚の日、突然現れたかと思うと、前置きもなくわたしに剣を向けた、あの男。

 名前は……ええと……たしか。


「セイカ!!」

「気づくのが遅い。頭の回転が悪いんじゃないのか」


 男改めセイカは、ふんと偉そうに鼻を鳴らした。

 なまじ美人なせいで、その態度がやけに似合っているのがまたわたしをむかつかせる。


「何の用……ですか」


 無礼な来訪者相手にわざわざ尋ねてやったというのに、セイカは答えもせずにこちらへ近づいてきた。

 こっち来んな――じゃなくて、わたし、まだ着替えの途中なんですけど!!

 思わず後退すると、セイカは動きを止め、不愉快そうに眉を寄せた。


「なぜ下がる。わざわざ俺が“助けて”やろうと言っているのに」

「え」

「早く背を向けろ――心配せずともその貧相な身体に欲情したりはしない」

「……」


 なんだっていちいちむかつくなあ、この男!!

 こんな高圧的なひとの助けを借りたくないのはやまやまだけど、この中途半端で情けない格好でいるわけにもいかず、わたしは回れ右をしてしぶしぶ背中を差し出した。

 この際、恥じらいなんてクソくらえである。

 十数秒の辛抱だよ、自分!

 時折冷たい指先が肌をかすめたけど、わたしはつとめて平静を装った。

 ここで「ひゃ!」なんて悲鳴を上げたら、また罵倒されるにきまっている。

 むず痒い感覚をぐっとこらえ、わたしはひたすらこの作業が早く終わるのを祈った。


「終わった」


 合図するように背中を軽く叩かれた。

 あーやっと解放された!と息をついたわたしは、振り返ってセイカを仰ぎ見る。


「ありがとうございます」


 お礼を言うと、セイカは驚愕めいた表情をつくった。


「ずいぶんと殊勝なことだな」


 ……なにそれ。

 まるでわたしが感謝するなんて思ってもみなかったとでも言いたげな口ぶりだ。

 失礼な奴!

 わたしだって、人並の礼儀くらいわきまえてます。

 たとえ相手が自分を殺そうとした輩だろうとなんだろうと、親切にはそれ相応の対応で返すわ阿呆!!

 ――――と思っても、それを言えないのが日本人。

 わたしは感情とは裏腹に微笑みを浮かべた。


「どうしてここに?」

「それは俺の台詞だ。お前、朝祷はどうした?」

「神官さんに出席するなといわれたので出ていません」

「……なんだと?」

「あなたこそ、朝祷に出なくていいんですか?」


 ここにいるってことは、セイカも神官の端くれなのだろう。

 異世界人のわたしはともかく、聖職者こそ朝祷にでるべきではないのか。

 そう思って、嫌味ついでに尋ねると、彼は形容しがたい表情になった。

 こやつ、サボりか……。

 わたしは生ぬるい視線を注いだ。うむ、皆まで言うまい。


「言っておくがな、俺の場合は特殊なんだ」

「はあ」

「お前の思っているような理由で欠席しているわけではない」

「はあ」

「お前、信じてないな……」


 セイカはこめかみを押さえてうめいた。

 そんなに思い悩まなくとも、わたしは人にチクったりしないぞ。


「――まあ、いい」


 どう折り合いをつけたのかは知らないが、セイカは気持ちを切り替えたらしい。

 艶のある金の髪を乱暴にかき上げて、わたしを見下ろす。


「ここで会ったのも何かの縁だ。少し付き合え」

「えっ?」


 思わず声が出た。

 いやいや。殺人未遂野郎とはどんな縁もご遠慮しますし!

 どんな誘い文句だよマジで。自分の行いを顧みてから発言しろっつーの。

 ともかく返事はお断りしますの一択しかない。

 わたしは日本人らしくやんわり拒絶しようとして口を開いたが、言葉を発するよりもセイカがわたしの手をつかむほうが早かった。


「痛……っ!」


 力、強すぎ!

 うら若き乙女の手に何と言う狼藉だ馬鹿もの。

 流石のわたしも文句を言おうとしてセイカを睨みつけた。


「痛いです。離してください」

「煩い。黙れ」

「にべもないなこの野郎!」

「死にたいのか」


 死にたいのかって何。

 拒否ったら殺すぞと暗に告げている……!?

 他の人なら冗談やめてよ~と笑い流すところだけれども、この男に関してはそうもいってられない。

 出会ったとたん挨拶代わりに剣を振るうやつだ、やりかねん。

 わたしは急いで首を横にふった。


「死にたくないです!!」

「ならば口を閉じて、黙って手を握られてろ」


 手を……握られ…………?

 握られるじゃなくて掴まれるの間違いだろうが。

 ちょっとの違いで言葉のニュアンスはぐっと異なるんだぞ!!


「――はじまるぞ」


 はじまるって……何が。

 首を傾げると、それに答えるかのようにセイカがちらと視線を下にやった。

 視線の先を同じように見つめれば――え、え、え、なにこれ。

 床が光っている。

 白とも黄金ともつかない光の線が細く長く続いて、優美な紋様を描いていた。

 なんだっけ、あれ……魔法陣?っていうの?

 あれに似ている。

 こんなものまで持ちだして、いったい何をはじめるつもりなんだよううう!!!

 

「舌を噛むなよ」


 唐突に、セイカが言った。

 言ったというよりかは、囁いた。

 耳元に熱い息がかかって、わたしたちの距離が思いのほか近いことに気付く。

 しかし! それがこの異常な事態において何の意味を持つというのか!!

 狼狽しきったわたしは彼の言葉に従順にうなずくことしかできなかった。

 ――そこから先は、なにもかもが一瞬だった。


 光が爆発する。

 わたしの視界が白く染まる。

 ふわり、と身体が浮く感覚。

 エレベーターに乗ったような既視感。


 わたしは、手に伝わる冷たい温度にすがった。

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