どこでもドア(魔法的な意味で)
2014/08/12 大幅改稿
急激にGがかかった――とでも言うのかな。
浮上とも落下ともつかない現象の終了は、身体がよろめくという形で訪れた。
意図せず前につんのめったわたしを支えたのは、皮肉なことにセイカそのひとだった。
「ありがとうございます」
「重い」
「ッ、今どきます!」
まったくこの男はいちいち一言多いんだよなあ!
人がせっかく純粋に感謝したっていうのにさあ!!
憤然としながら体勢を整え、顔を上げる。
「え、ここ……」
さっきまでの部屋じゃない。
白くて広くて大きな――広間。
ずっとむこうに大きな扉が見えて、そこからわたしのところまで、真っ青な絨毯がまっすぐに伸びている。
この場所を知っているような気がするのは、気のせいだろうか。
セイカを見上げると、彼は相変わらずの仏頂面でうなずいた。
「儀式の間――お前たちが召喚された場所だ」
「ああ」
なるほど、道理で見覚えがあると思った。
あのときは人がひしめいていたけれど、がらんどうになるとこんな眺めになるんだ。
二人ぼっちの広間は、痛いほどの静寂で満ち満ちている。
「“飛ぶ”って、移動するってことだったんですね」
「ああ。転移の術式だ」
「魔法ですか?」
「いや……」
セイカは否定したが、すぐに口ごもって、もう一度首を振る。
「いや、そのようなものだ」
そのようなってことは、魔法そのものではないのか。
この世界は魔法が主流だって聞いたけど……別の力もあるということ?
なんだかややこしいな。
とはいえ、すごいものはすごい。
わたしはセイカが使った魔法っぽい力に素直に感心した。
「すごいですね。ファンタジーみたい」
「ファンタジー?」
「んー……空想のお話、ってことです。わたしのいた世界には魔法なんてなかったから」
「それは知っている。お前たちの世界は『科学』というもので成り立っているんだろう」
俺にとってはそれこそ『ファンタジー』だがな、とセイカが言う。
ふうむ。これがいわゆる文化の違いってやつなんだろうなあ。
あるいは、世界の違い。
「ところで、どうしてこの場所に転移したんですか?」
「ここはめったに人が来ないからな。朝祷に使用される大聖堂からも遠い」
「なるほど」
つまり、サボるのに絶好の場所だってことですね。
絶対にサボり魔だなコイツ、とわたしは確信した。
「まったく……お前は本当に無礼な娘だな」
わたしの思考を読んだかのようにセイカが眉をひそめる。
「……心を読む魔法ってあるんですか?」
「ある、が、そんなもの使わなくともお前の思考はだだ漏れだ」
「えっ」
「顔に出ている」
「……」
まじか。
思わず顔を押さえると、セイカが哀れみの視線を浴びせてくる。
「百面相はやめろ。滑稽も度が過ぎると不憫だ」
「なっ!!」
このやろう、馬鹿にしやがって……!!
くそう、ちょっと気をゆるしたとたんにコレだよ!!
もう気を許したりするまい、とわたしは固く心に決めた。
「そんな風だから、召喚早々に姫候補から外されるんじゃないか?」
「え?」
「運命の姫君だ。あれは見物だった。議論の場を設けることもなく、世界の命運を握る姫が選定されたんだからな。天上の神々もさぞ驚いたことだろうよ」
「……え」
このひとは、いま、何と言った?
「議論? 選定? それに、姫候補って……」
運命の姫君ってやつは、もともと予言でただ一人に定められていたんじゃないの?
「どういうこと……? 美優が運命の姫君なんでしょう」
「そうだ。そういうことになった」
「なった、って……」
混乱するわたしの前で、セイカは謎めいた笑みを浮かべた。
「たしかに予言の姫はただ一人。だが、それが誰であるかまでは明言されていない」
「……」
「つまり、俺は思うわけだ。お前が姫君だという可能性もあるのではないか、と」
「わたしが……?」
たしかに、セイカの言い分にも一理ある。
彼の言葉が嘘でないのならば、彼の言う”可能性”もあながち否定できないだろう。
だけど――……
「わたしは姫君じゃない」
わたしはきっぱりと言い放った。
セイカは一瞬、目を瞠ったが、すぐに冷ややかな笑みを張り付ける。
「なぜそう言いきれる?」
「わたしが“わたし”だから」
「……何?」
「なんていうか――なんだろう……そう、そういう星回りなの。変なたとえをするようだけど、美優はいつだって主人公だったし、わたしはずっとその幼なじみという立ち位置でしかなかった」
美優はかわいいけど、わたしはそうじゃない。
美優はもてるけど、わたしはそうじゃない。
美優は愛されるけど、わたしはそうじゃない。
「どんなときだって“流れ”の中心にいるのは美優。わたしじゃない。話を進めるのも、変えるのも、あの子にしかできない。主人公は主人公にしかなれないし、その幼なじみという脇役は脇役でしかない――ずうっと、永遠に」
わたしが口を閉じた後も、セイカさんはしばらく無言だった。
彼は虚空を見つめて、なにかを思索しているらしい。
わたしも彼に合わせて沈黙し、うつむくと、磨き抜かれた床が目に入った。
その色は、今朝見た美優のドレスのそれによく似ていた。
美優――あの子は今ごろなにをしているんだろう。
まだ朝祷の最中だろうか。
退屈だからって寝てなきゃいいけど。
「おまえは、」
ふいにセイカの声が耳朶を打ち、わたしは現実に引き戻された。
なんですか、と問うように視線を向ければ、琥珀の瞳がわたしをとらえる。
その瞳の奥にちろちろと燃える燐光は、憐愛と侮蔑のあいだの色をしていた。
わたしは不思議に凪いだ心で彼の瞳に見入っていた。
遠くで鐘が鳴る。
「終わったな」
「はい」
朝祷終了の合図だ。
もうすぐ神官たちがあちらこちらに散らばり、あくせくと活動を開始する。
空っぽの部屋を発見される前に、早く帰らなければいけない。
「帰る。――手を」
大きな手が差し出される。
わたしは少しの逡巡の後、こわごわと彼の手をとった。
再び地面に輝きが走る。美しい紋様が浮かぶ。
視界が白く塗りつぶされていくのを感じながら、わたしはふと思った。
久々に美優以外の人と話した気がする。




