59話
チャットに夢中になって、降りるのを忘れそうになっているマヤの手を取って、電車を降りた。いつもの街に着いた。
「あの日は宇宙へ帰る時間が迫っていて落ち着かなかったですけど、今日はのんびりできますね。」
「まあ、もう店もほとんど閉まっている時間だけどね。」
僕たちは歩く。手を繋いで。
「そういえば、コンビニに寄るんだったよね。」
「はい!結愛ちゃんにおしゃれした服を見せたいです!」
コンビニに着くと、水瀬さん一人だった。レジに入っている。
マヤは繋いだ手を離して水瀬さんに駆け寄る。
「結愛ちゃん!私たちやっと付き合えました!」
「おめでとうマヤちゃん!それに、その服かわいいね、似合ってるよ!」
「ありがとうございます!結愛ちゃん大好きです!」
「私もだよ〜」
話しているのが聞こえてくる。とりあえず僕も水瀬さんにお礼を言いにいく。マヤは買い物のため店内を物色しにいった。
「水瀬さん、ありがとう。『男は度胸』だったよね。度胸、見せたよ。」
「冴木さんおめでとう!マヤちゃん大切にしてね。浮気したらぶん殴るから!」
僕も買い物をしようと店内を巡る。欲しいものもなかったが何も買わないのもアレだと思い、500mlの水3本を手に取った。僕たち以外に客はいない。レジに向かうとマヤが水瀬さんのレジで会計をしている。…二人の顔が赤い。お会計のために近づこうとすると気がついた水瀬さんが、
「わー!あー!冴木さん、今はダメ!お会計終わるまで近づかないで!」
そう言ったので僕は離れて待った。マヤは何かを自分のバッグにしまって店を出ていった。
空いたレジに水を持って向かう。水瀬さんの顔が真っ赤だ。本人は気がついていないが鼻血まで出ている。
「大丈夫?体調悪い?あ、レジ袋お願い。」
「いや、大丈夫。冴木さん、マヤちゃんの覚悟を無駄にしたら、絶交だからね。」
なんのことか、この時は分からなかった。
お会計を済ませる。僕は3本の水が入った袋を受け取ると、1本をレジにもう一度置く。
「…?」
「水瀬さんに奢る。ワンオペ中だし自分一人じゃ買えないでしょ?体調悪そうだし気をつけてね。」
水瀬さんは、黙ってレジから出てきて僕に近づく。わけが分からなくて戸惑っていると、水瀬さんは叫んだ。
「他の女に優しくするんじゃない!歯ぁ食いしばれ!この浮気者!」
僕は左の頬をぶん殴られた。
店を出るとマヤが不思議そうな顔をしている。まだ顔が赤い。僕は水を差し出して飲むように促す。
「お水、ありがとうございます。結愛ちゃんと何かありました?よく聞こえてなくて。」
「お水あげたら浮気判定になったみたいで殴られた…。」
「結愛ちゃんは優しいですね。1発で許してくれて。」
まあ、その場で殴るだけで解決するなら、お互いスッキリするかもしれない。今の時代にそぐわない解決法だけど。
歩いていると、正面からヴェリティさんが歩いてくる。
「あ!ヴェリティさん!」
マヤが走って近づく。
「おお、二人とも。その様子だと水瀬ちゃんに会ってきた帰りってところだね。私も丁度コンビニに行こうとしていたところなんだ!」
「ヴェリティさん、協力ありがとうございました。おかげさまで付き合うことができました。」
「いやいや、おめでとう二人とも。マヤちゃんは心配してないが、冴木くん。浮気したらぶん殴るからね。」
「水瀬さんにも同じことを言われました。浮気なんてしませんよ。」
それを聞いて、ヴェリティさんの目の色が変わった。
「嘘だよね。君は水瀬ちゃんに殴られている。浮気をしたんだろう。それ以外に、君から見て左の頬が腫れている理由が説明できるかい?」
…説明できなかった。
「私は左利きだ。ちょっと屈んで、君から見て右の頬を差し出せ。そして、…歯ぁ食いしばれ!」
僕は先ほどと反対側の頬を殴られた。
「改めて、二人ともおめでとう。初恋は本来叶わないもの。初恋同士のカップルなんて、普通はありえない奇跡!それを楽しんでね!」
「はい、ヴェリティさん、ありがとうございました〜!」
そう言ってマヤは手を振った。僕に声をかける。
「ヴェリティさんも優しいですね。当たりどころが悪くならないよう、屈んで頬を差し出すよう時間をくれるなんて。」
僕は腫れた両側の頬をさすって考える。優しさってなんだろうって。




