第11話 鼠が塩を引く
東龍砦の跳ね橋は落ちたままだった。
悲鳴もない。炎が木を焼く音だけ。炭化する音さえも、静かに消え去っていく頃合いだった。
「伏兵に注意して、生きている者を探せ」
孔青の一声で、砦に兵士達が散らばっていく。玉麟は馬から降りると、呆然としながら辺りを見渡した。
一面、死体の山。みな目を見開いて苦悶の表情のまま死んでいる。
「玉麟様、お下がりを」
「祈りを……捧げないと……」
震える手で数珠を握ったが、上手く言葉が出てこない。何で、何でこんなことに。
「おい!しっかりしろ!」
手を握った瞬間左の方から声が聞こえた。玉麟は飛びかかるように傍に駆け寄る。兵士の腕の中に倒れていたのは市民だった。
「あぁ、なんで、なんで、お前達、もう少し早く……」
「しっかりしろ!助けに来たんだ!」
「たすけ……?ぁ……ああぁ……あはは!そうか、そうかぁ……」
市民は何やら合点がいったようだった。口から血を零しながら、かすかな息に乗せて言う。
「俺達、いきなり、襲われた……ここに国軍が来るって……」
市民は玉麟を見た。しっかりと。
「貴方が、聖女ですか……」
「そうです。私が来ました。どうかしっかりしてください」
玉麟は市民に駆け寄って手を握ると、市民はそっと耳に零した。
「密偵がいます」
「えっ」
慌てて離れて問いただそうとするも、もう市民は息をしていなかった。何も映さないガラスの様な目が開いたままだ。
「生き残りは彼だけのようです」
戻ってきた玄礼の言葉を聞いて、玉麟は市民の目をそっと伏せた。
陰陽は城壁の傍、崩れ落ちた鳩舎にいた。美味しそうな匂いがする。
「こりゃもうダメかね。文が来てたら欲しかったんだけどなー」
辺りを見渡しても何もない。諦めて外に出ようとすると、羽音が聞こえた。高窓に鳥が止まっている。
「お。いるじゃん」
迦迪爾国章のついた鳩は、羽音を響かせて陰陽の肩に止まった。
「懐くなよぉ。バレちゃうだろ」
そう言いつつも陰陽は嬉しそうだ。鳩の顔をうりうりと撫で、国章に文をつけて飛ばす。
「可愛いなぁ。ふふ。飛んでけー。北の砦で落ち会おうな」
今度こそ陰陽は外に出る。遠くで祈りを捧げている玉麟が見えた。
「その間に聖女様と仲良くなりますか。信頼関係を築くのは大事なことだもんね」
夜。東龍砦近郊。
孔青のテントにて、玉麟達は地図を囲んでいた。
「手痛い攻撃だな」
しみじみと孔青は呟いた。外の静寂が会議を刺すばかり。
「六千の兵の内、四千を置いていく必要はなかったんじゃないかしら」
「あそこは広い。さらに迦迪爾と隣接した場所と来たもんだ。最高の軍備を敷いておきたい」
「異論ありません」
武人である玄礼がそう言うのなら、玉麟は従う他ない。
「次は順番通り南砦に行きましょう。この状態で北砦に行っても勝ち目がない」
「して。何か策はあるのか、聖女よ」
孔青は陰陽から南砦の兵士概要を受け取る。
「あそこはパーディンシャーの後衛基地だ。六千の兵が配備されている。こちらは二千。三倍の兵力差がある」
聖女はちらと概要を見て、地図に置かれていた駒を手に取った。
「奇襲をかける」
この軍には鼠がいる。それを明らかにして首都に入るまでに叩き潰す。絶対に。
「私、孔青、玄礼、陰陽で部隊を作って、東西南北で奇襲作戦をかけるの」
玉麟は四つの駒を南雀砦の周りを取り囲むようにして置いた。
「奇襲するタイミングはそれぞれ自由。だけど、一つ立ち上がったら続いて突撃して」
「玉麟様、恐れながら少し無謀では……」
そう思う。無茶だ。しかし、これしか方法がない。孔青は少し黙ったが気前よく言った。
「良い、良い。それくらい無茶な方が良い。ここで二の足を踏んでいたら死ぬのは俺達だ」
孔青は立ち上がった。
「ではその通りにしよう。明朝立つ。各自、回復に務めるように」
テントの周り。夜の虫の声がする。戦乱を忘れる静かな声だった。砂を踏みしめる音が響いて、冷たい水の匂いがする。
「にしてもびっくりしましたよー。私も戦に出るなんて」
孔青のテントから出た陰陽は、頭の後ろで手を組みながら言った。
「ごめんね。人手が足りないものだから」
「良いっすよ。お国の為ですもん」
陰陽は良いのだが、先ほどから玄礼の落ち着きがない。
「……どしたの玄礼。そんなそわそわして」
「貴方様をお守りする人間がおりません」
「私は旗振り役だから、そこそこに前衛から離脱するわよ」
「そういう事では無いのです」
玄礼は眉間に皺を寄せた。いつもの感じか。意地を張ったら中々譲らない。
「大丈夫よ。貴方のところの兵士もいるし」
玄礼はため息をつくと、玉麟の肩に手を置いて目を合わせた。
「良いですか、玉麟様。貴方は何も考えず、私の傍にいればいいのです」
えっ、と玉麟は石のごとく固まった。
「玄礼様、いいかたー」
陰陽の呆れた言い方に、玄礼はさりげなく手をどかした。
「とにかく。仰る通りに兵士をつけますから、ご無理はなさらぬよう」
それでは、と下がっていく玄礼に、聖女は眉間に指を押し当てた。
「……まぁこうなるとは思った」
「あの人ってたまにとんでもないこと言いますよねー」
「未だに何考えてるかよく分かんないけどね」
「そうですか?分かりやすい人だと思いますよ」
悪戯っぽく笑う陰陽に、自慢げに返した。
「そうね。解く場所が分からない絡まった紐くらいは」
夜風が玉麟の頬を撫でた。ちらと陰陽を見て、向き直る。
「陰陽。貴方に作戦のことを話しておきたいの」
「え、私にですか」
「そうよ。信用してるから」
上手く笑えてるかな。さっきからずっとぎこちない笑顔を作っている気がする。
「ここには鼠がいる。貴方と一緒に暴きたいの」
玉麟の一言に、陰陽は嬉しそうに笑った。
「はい。仰せのままに」




