推しの推しは推せ!
「大人気アーティストメンバーの熱愛を撮ったぁ!」
金曜日に発売する週刊誌の先読み記事がSNSに出た。
顔や体は黒く塗りつぶされており、シルエットだけになっているが、本文にはこう書かれていた。
「実力派人気ボーカル&ダンスグループメンバー熱愛発覚!!
仕事帰りに2人はコンビニで待ち合わせ、彼のマンションへ。
別日には仲良くペットを連れて動物病院へ向かう姿もキャッチ!!」
めぐみはスマホを凝視する。
塗りつぶされたシルエットの後ろには、THEROOTの事務所がうっすら映っていたのだ。
そして、THEROOTの中でペットを飼っているメンバーは3人。
ボーカルのレンが犬。
パフォーマーのダンが猫。
そして、ルルも猫を飼っていた。
「まだ誰かは分からないからね。」
めぐみは震えてる指でSNSを検索する。
人気グループの熱愛はすぐさまトレンド入りし、メンバー当てが行われていた。
「あのシルエットはルルでしょ!?
ダンはもっと華奢だし、レンは髪短いもん。」
「ルル熱愛なのー?ガッカリ!」
「相手は誰なの??アイドルはやめてほしい!」
SNSではルル確定で話が進み、相手が誰なのか探る人も現れた。
めぐみはSNSを見た自分を呪いながらも
「ルルと決まったわけではない。」
と必死に自分に言い聞かせた。
そして金曜日。
あの記事がついに公開された。
「大人気アーティストTHEROOT ルル!熱愛発覚!!
お相手は20代一般人Aさん!
Aさんは都内在住の看護師。
2人の出会いは3年前、ルルさんが足を痛めた際に通っていた病院で出会った。
痛みで思うようなパフォーマンスが出来ないルルさんにAさんが寄り添い交際がスタート。
関係者の話では、お互いの両親にも紹介を済ませ、半同棲状態だと言う。
事務所も交際を認め、「お付き合いしている女性がいることは聞いております。プライベートのことは本人に任せております。」と回答している。」
そして3枚の写真があった。
仕事終わりに彼女を迎えに行くルル。
マンションの階段で転ばないようにそっと彼女の手と取るルル。
そして彼女と手を繋いで動物病院へ向かうルル。
どれも優しい笑顔でリラックスしている様子が見てとれる。
彼女は目元は隠されているが、はにかむ笑顔がとても可愛らしい。
SNSはルルの初スキャンダルに大いに盛り上がっていた。
そして、ルルのSNSは荒れていた。
「幸せになってね!」
と言う祝福の声もあったが、それは圧倒的に少数で、ほとんどが批判だった。
タイミングが悪いことにTHEROOTは今結成5周年の記念ツアーの真っ最中。
メンバーのスキャンダルが出れば、ファンにとっては面白くないのだ。
メンバーの誰かの熱愛は、他のメンバーの熱愛も連想させてしまう。
特に長く応援してきたファンほどショックを受けてしまうのだろう。
SNSは誹謗中傷が溢れていた。
「酷い!」
めぐみは炎上するルルのSNSを見ながら、震えていた。
そしてもう一度雑誌を見る。
ルルの穏やかな笑顔。
「こんな顔、、、見たことなかったな、、」
ステージの上では、いつも誰かを幸せにするために笑っていた。
でも今、写真の中のルルは違う。
誰かに幸せにしてもらっている顔だった。
その優しい笑顔を見た瞬間、めぐみの目から涙が溢れた。
「お客様ーー!」
頭の中で佐藤の声が聞こえたような気がした。
ふと視線を横に向けると、また夕焼けが広がっていた。
「お客様?あら??あらら??
泣いてらっしゃる??
いやー!困りましたなぁ!」
佐藤は作業着のポケットをゴソゴソと探りながら、慌てていた。
「あ、佐藤さん?」
涙声のめぐみが声をかける。
佐藤は
「ありました!」
とポケットからポケットティッシュを取り出すとめぐみに差し出した。
ポケットティッシュはずっと佐藤のポケットに入っていたのだろう。
くしゃくしゃに丸まり、原型を留めていない。
めぐみは悩んだが、大人しく受け取り、それで涙を拭いた。
「推しの熱愛発覚、、ですか??」
佐藤がポツリと呟く。
「はい。」
めぐみは鼻水を拭きながら応えた。
「んー。ええっと、、ここでは何ですので、ええ。こちらにどうぞ」
そう言うと佐藤はプレハブ小屋の方へ歩いて行った。
めぐみは佐藤に続いてとぼとぼと歩き出す。
「まぁ、あの、コーヒーです。どうぞ。
あのぉ、三途の川の水で入れてあるので美味しくはないんですけどねぇ、ほほほ。」
佐藤は彼女の様子を伺いながら、少し気を使うようにコーヒーを出した。
前回もそんなことを言っていたな。とめぐみはぼんやり思いだしながらコーヒーを受け取り、夕焼けを見つめた。
「で、あのですね。やっぱり、嫌でした、、よね?
推しの、ほら、熱愛発覚??ですか?」
佐藤がおどおどと話しかける。
しかしめぐみは少し考えて
「嫌とかではないです。」
とキッパリ答えた。
「ええ??
でも「酷い」ってあなたもおっしゃってたじゃないですか??
推しに裏切られた気分ってヤツじゃないんですか?」
佐藤は眉間に皺を寄せ、指先でこめかみをトントンと叩いた。
その瞬間、めぐみは早口で捲し立てた。
「あれは炎上に対しての酷いです!
ルルのあんな素敵な笑顔を見られて、文句言うやつはオタクじゃありません!!
私達ROOTERSは彼らの幸せを願うことが使命です!」
佐藤はぽかんと口を開け
「ROOTERS?
あのぉ、Wi-Fiのお仲間みたいなことをおっしゃってますけど、、ほほほ。」
と笑う。
めぐみはオタク特有の好きなものを語ると早口になる癖が出た恥ずかしさを隠すようにコーヒーを飲む。
そして一息ついてゆっくりと話だした。
「ルルは3人兄弟のお兄ちゃんで、家族愛が強いんです。
だから、いつか自分もそうなりたいって家族が欲しいって常々言ってました。
だから、私はいつかパパになったルルが見られるんだってずっと楽しみにしていたんです!
あと、佐藤さんは見てないかも知れないけど、週刊誌に載ったルルの写真、、
すごく穏やかな優しい顔をしていました。」
佐藤は引き出しから週刊誌を取り出し
「で?そのぉー彼女になりたいとかは思わないんですか?ええ。」
とパラパラとページを捲り出す。
「週刊誌も持ってるんだ。」
めぐみが驚いていると、佐藤は続けた。
「A子さんは都内在住の看護師、20代前半、、
ほほほ。これは、、ファン、あ、失礼しました。
何でしたっけ?
あ!ROOTERS!ええ!
ROOTERSとしてはお辛いんじゃないですか?」
佐藤は「20代」のところに抑揚を付けて週刊誌を読む。
めぐみは「わざとやってるな」とムッとしながら答えた。
「私にはこんな顔させられません。
彼女もとっても可愛いし、若いし、幸せで良かったねって、、」
めぐみは少し涙声になりながら
「ルルの彼女なら、明るくて優しくて、可愛い子なんです!
だって怪我したルルに寄り添って、ルルを元気付けてくれたなんて、、
ルルはこの時本当に落ち込んでて、一時は引退まで考えたそうなんです!
今のルルが見られるのはA子さんがいてくれたおかげなんです!!
ルルのご両親も公認なら、それはROOTERSがどうこう意見することじゃない!
だって、きっとルルの彼女ならおもしれー女なんですよ!
猫の肉球の匂い嗅いで癖になってるかも知れないし、、」
めぐみは話をしている間に興奮してきて、近くの書類の山に手をぶつけた。
「ほほほ!
山崎さん!落ち着いてください。ほほほ。
今あなた、息継ぎしないで話してたじゃないですか。ほほほ。
それでは川渡ってしまいますよ。ええ。」
佐藤は続けた
「あと、山崎さんの思う「おもしれー女」の基準は、ちょっと他の方とズレてらっしゃる。
普通の方はいわゆるギャップを持つ女性に使うんですよ。ええ。
ほほほ。独特な感性をお持ちで、、ほほほ。」
佐藤はほほほ、と上機嫌に笑った。
そして
「いやぁ、私はてっきり推しの熱愛でガッカリされてこちらに来られたのかと、、
よくいらっしゃるんです。
熱愛発覚で来られるかたが。ええ。
先月は人気男性アイドルと女性アイドルの温泉旅行写真が流出したでしょう??
あれでたくさんこちらに来られて、、
男性アイドルのファンと女性アイドルのファンで乱闘が始まりましてねぇ。
何ていいましたっけねぇ?
ああ!ペンライト!
アレで殴り合いを始められちゃって、、
ええ。
何人か鬼に連れて行かれたんですよ。
ほほほ。
あれは見応えありましたなぁ。ほほほ。」
佐藤は思い出し笑いで肩を震わせている。
たしかに、三途の川でオタク同士の乱闘なんて地獄絵図だ。
めぐみも様子を想像して吹き出した。
それを見て安心したように佐藤が続ける。
「山崎さん、恋人になりたいなんて思ってない。なんて仰ってたでしょう?
あれは、やーっぱり強がりだったのかなぁ、なんて心配していたんですよ。ほほほ。」
と眉毛を下げた。
めぐみはぶつけた手を摩りながらため息をつき、佐藤の手から週刊誌を奪いとる。
「この笑顔見てくださいよ!」
めぐみは週刊誌を佐藤の鼻先に突きつけた。
「自然でしょ?」
めぐみが力を込める。
「え?ええ、、」
佐藤は困ったように写真を見た。
めぐみは続けて
「私達の前では「楽しませなきゃ」って頑張って笑ってる顔なんです。
でもこれは違う。」
と、写真のルルを指差した。
「これは幸せな顔。」
佐藤は写真を見つめて黙っていた。
めぐみは佐藤の顔から週刊誌を離し、机に置くと
「推しが幸せなら、それで十分じゃないですか。」
と力強く言った。
佐藤は週刊誌とめぐみの顔を交互に見て
「いやぁ」
と困ったように頭をかいた。
「難しいですなぁ。ROOTERSと言う方々は。」
佐藤は肩をすくめて続けた。
「だって「普通は推しは自分のもの」と思うのもじゃないんですか?」
めぐみは笑った。
「推しの推しは推せ!です。」
「ほほほー」
佐藤の笑い声がプレハブに響く。
「ほほほ。いやぁ、あれですねぇ!
愛は地球を救うってやつ、、ですねぇ?」
佐藤が「なるほど」といった顔でめぐみを見た。
「なんか、違います。」
めぐみは夕焼けを見つめながらゆっくりとコーヒーを飲み干した。




