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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
第四章 偽りの元恋人

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21.偽りの元恋人


 温かいお茶を入れると、ウィルフレッドは恐縮しながら受け取った。身体が冷えたせいか、わずかにその手は震えている。

 ふぅふぅと息を拭きかけ、一口飲むと美味しいと笑顔を浮かべるウィルフレッドは、なんら私の知る彼と変わらない。


「迷惑をかけてすまない」

「いえ。店を開ける前でしたので大丈夫です。ですが、どうしてこのようなことを?」

「さっきも言ったが、家にいても落ち着かず眠れなくて。早くシャノンに会いたくてどうしようもなくなって、どうせ気になるなら店が開くまで待っていようかと」


 じっと私の瞳を見上げ、少し照れたように口の端を上げて語る。

 瞳の奥は熱がちらつき、まるで口説くかのような言動にも思えるがもう私は間違わない。


「店が開くまであのまま……」

「ああ、決して迷惑をかけるつもりはなかったんだ」


 私が言葉を詰まらせると、ウィルフレッドはしゅんと項垂れる。

 一度視線を落とし、それから縋るようにちらっと私を見上げ、話を続けた。


「三日後に来るとは伝えたから別にいいかと思って」


 ごもごもと聞こえるか聞こえないかくらいの声音で告げるウィルフレッドは、どこか拗ねた子供のようだ。

 人を騙して近づいてきた人とは思えない幼い言動に、ふよっと頬が緩みそうになって慌てて引き締める。


 偽りの元恋人関係を知るのは私だけ。

 今の私たちの関係は店主とお客。ただの一般人と王都の騎士様。

 ウィルフレッドが私に接近するのには目的(わけ)があることを知っている。


「……」


 いいかと思ってって軽すぎない?

 こんな感じの人だったかなと無遠慮に眺めていると、私の視線に気づいたウィルフレッドは小首を傾げた。


「シャノン?」


 私の名を呼ぶ声もどこか甘えも含んでいる気がする。

 金の髪がさらさらと頬にかかり、若干こけたであろう頬がそれはそれで色気が増す。


 なんにしても整った顔立ちは相変わらず観賞に値するもので、そこに私への特別(・・)を向けられれば、まったく感情が揺らがないわけにはいかなかった。

 その特別が目的からくるものだとしても、私に向けられている時点で反応しないわけにはいかない。


 きっとこれも作戦なのだろう。

 一か月空いたことによって計画が狂い、一気に距離を詰めるつもりなのかもしれない。

 私は大きく息を吐き出した。


「体調を崩したら大変ですよ。騎士様は身体が資本ですよね?」

「心配してくれるの?」


 先ほどの弱気な様子から一転し、ウィルフレッドはぱっと顔を輝かせた。


「それは心配しますよ。ましてや店の前に立たれていたならなおさら。体調をよくするために薬を売っている場所なのですから」

「そうか……」


 今度はしゅんと落ち込む。

 今日のウィルフレッドはどこか不安定で、些細な言動に一喜一憂する。大人の余裕で私を包み込み、リードしてくれていたウィルフレッドの姿がかすんでしまほどだ。


 ――どうしちゃったの?


 本人自覚しているのかわからないが、感情をコントロールできていない。そんな相手を前にすると調子が狂う。

 予想外の連続にウィルフレッドに対して構える暇がなくなり、まじまじと観察する。


 すると、ウィルフレッドは嬉しそうににこっと笑みを浮かべた。

 それに反射的に小さく笑みを返し、美形の笑顔の破壊力は衰えないのだなと妙に感心しつつ、冷静にウィルフレッドに対面できていることに安堵する。


 いろいろ思うことはあるが、一つ確かなことはまだウィルフレッドは情報を諦めていないということだ。

 そうでないと私に接触してくる意味はない。


 ――それだとしても無計画なところは気になるけど。


 お茶を飲み干し顔色が少し戻ったのを見届け、私は窓のほうへと視線をやった。

 太陽が昇りだしたとはいえ木々は風に吹かれ揺れており、外はまだ寒そうだ。


「朝晩は少し出ただけでも冷えるのですから気をつけてください。もちろん私なんかより普段鍛えている騎士様は丈夫だとは思いますが、過信はよくないですよ」

「わかった」


 小言のように告げると、ウィルフレッドはさらににこにこと笑顔を浮かべ、こくりと頷いた。


 ――本当、よくわからないなぁ。


 会わなくなった一か月で精神年齢が幼くなったのではと疑うほどだ。

 もしくは、私の目には最初の出会いからフィルターがかかっていただけなのか。


 あそこでガブリエルが外に出なければ本人が話すように開店時間に店の扉を開けたはずで、私が気づかなければ待っていた意味がない。

 睨む様子もそうだが、出たとこ勝負でしかもそれが好感触になるとは思えず違和感を覚える。


 だが、私がウィルフレッドは目的のためなら嘘をついて近づける人であることを知っており、その事実が現実(すべて)

 些細なことを気にしていたらきりがない。


「それよりもこれも飲んでください」

「これは?」


 用意していた薬と新たに水の入ったコップを差し出す。


「風邪予防の薬です」

「代金は払います」

「それは結構です。それよりもなぜ眠れなかったのでしょうか? 何か理由があるのなら教えてください」


 嘘を知り関係を終わらせたとしても、彼の任務はまだ終わっていない。

 その件をはっきりさせなければまたこうして絡まれることを考えると、いつまでも中途半端なまま関わりを持つのは精神衛生上よくない。


 私にとってはウィルフレッドとのことは過去のもの。

 忘れ薬を飲ませたことで終わったこと。なかったものとした。


 前に向いたばかりなのに、また気持ちを揺らされるなんてまっぴらごめんだ。そちらにも事情があるのかもしれないが、それに私を巻き込まないでほしい。

 私は偽りの元恋人を挑むように見つめた。



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