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魔女の末裔と偽りの恋~忘れ薬と嘘~  作者: 橋本彩里
第二章 惑いと決意

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12.別れよう


 ――魔女の末裔として、か。


 先ほどは恋人の優しさに絆されそうになったが、話せば話すほどウィルフレッドが何か隠しているのではと、やはり昨日の会話は勘違いではなくこれは偽りの関係なのだと思えてくる。

 信じたい気持ちもあるけれど、魔女の末裔として疑惑を抱いてしまってはこのような関係を続けていくのは無理だ。


 ふっ、と息をついた。

 自分では慎重なつもりでいたけれど、すっかり騙されていたと思うと途端ばかばかしくなる。


「本当にシャノンのことが好きだから」

「そんなに必死にならなくてもわかってるよ」


 ここで別れてしまったら水の泡になるから、私が好きだとアピールしているのでしょう?

 わかっている。わかってしまった。

 だから、もうそんなに必死にならなくてもいいよと、ざわざわしていた気持ちがやけに静かになり、自分でも驚くほど穏やかな気持ちで笑顔を浮かべた。


「……シャノンは俺がどれだけ好きなのかわかっていない」


 そういうものだとわかれば終わらせればいいだけだと、不思議と怒りもわかない。

 昨日見た忘れ薬の存在がしっかりと頭にあり、すでにその工程を考えている自分がいた。


「ウィルから付き合おうと言ってくれたのだからわかってるよ」


 好きの言葉を受け入れるわけではなく、付き合っている理由をわかっているよと、遠回しにちくっと言うくらいは許容範囲だろう。

 伝わらないだろうけど、気づかれなくともやり返せていると思うとすっきりもする。気持ちの問題だ。

 ふふっと笑うと、なぜかウィルフレッドがむすっと不服そうに唇を尖らせた。


「ウィル、どうしたの?」


 やられっぱなしではないし、やり返す手段があるということが気持ちを大きくさせる。

 くすくすと笑いながら彼の表情について触れると、ウィルフレッドはむぅっとわかりやすく拗ねた顔をした。


 ――あっ、ここで出るんだ。


 普段は完璧な人であったが、ほんのたまにこうした可愛らしい仕草を見せるときがある。

 私の愛情を確かめるようなときに見せるその表情は作られたものなのかもしれないけれど、騙されていたとわかっていてもやはりどうしても憎めない。気が緩んでしまう。


「だって、シャノンが俺の気持ちをわかってくれないから」

「わかっていると言ったのに」


 もし、さっき一瞬で私の気持ちが離れたのを悟ったのだとしたら鋭すぎる。

 それだけ私のことを見ているともとれるけれど、今はその理由がわかっているだけにただただ感心するだけで以前のように気持ちが乗らない。

 可愛いと感じても、裏があると知ればそれ以上は絆されない。


 まだ気持ちは揺れているけれど、冷静に対峙できていることに私は自信を持てた。

 ウィルフレッドに染まり切っていない、まだ引き返すことができるとの安堵もある。


「ねえ、シャノン。何かあった?」

「何か? 別に何もないけど、なんで?」

「だって、シャノンが……」


 そこでウィルフレッドがじぃっと私を見た。


「私が?」

「ううん。なんでもない」


 なんでもないって顔をしてないけれど、これ以上は墓穴を掘ると困るので話を逸らす。


「そう? それよりもウィル、これ前に言っていた薬」

「えっ。もう作ってくれたの?」

「うん。著名なお医者さんに診てもらったのなら必要ないかもしれないけれど、少しでも早く気がかりが減るといいと思って」


 関係が終わるならば、こういったことも清算してしまいたかった。


「無理してほしくないのに」

「無理なんてしていないよ。もともと作業は好きだし、昨日は一日家にいて時間はあったから」


 一応、外に出ていないから話は聞いていないよとの保険はかけながら、ウィルフレッドに薬の入った瓶を渡しながら説明を続ける。


「説明書もつけてあるけれど、使用するかどうかはその人に任せるね。手段があるというのがその人の安心材料になって眠れるかもしれないし」


 いろいろな医者にかかったが眠れない日々を過ごしている知り合いがいると聞き、安眠を促せるようにと作った物だ。

 薬というよりは、身体の緊張をほぐす匂いに拘った安定剤に近い物だ。身体に害はないので、ほかの薬と併用しても問題ないようにはしてある。


「そっか。ごめんね」

「なんで謝るの? お代は先に貰っていたし、私はできることをしているだけだから。ウィルも心配だよね? 早くよくなるといいね」


 役に立てることがあり、頼られたのならできる限りのことはしたい。

 この件は騙されていたこととはまた別で、ウィルフレッドは本気で心配しているようだったから、できるだけ早く作れればとは思っていた。


「そういうところだよ」

「何か言った?」


 ぼそりと言ったが聞き取れず聞き返すと、ウィルフレッドは改まった表情で同じことを告げた。


「俺はシャノンが好きだ」

「はいはい。何度も言わなくてもわかってるよ。ありがとう」


 ウィルフレッドは愛情表現豊かなほうだが、普段は今日みたいな直接的な言葉ではなく態度で示してくる。

 ここまではっきりと口にするのは珍しいと思いながらも、私は笑って曖昧に流した。


 今日で確信したが、やっぱり私は騙されていたと知ってもウィルフレッドを嫌いになれないし、徹底した優しさの前に攻撃的になれない。

 こうなるとわかっていたから、揺れてしまうとわかっていたから、『忘れ薬』に目がいったのだろう。


 初めての恋だった。

 初めての裏切りだった。

 騙すために近づかれたのならこのままではいられないことも確かで、話すたびに、目の前にするたびに気持ちは揺れるが、この関係を終わらせるべきだとの気持ちは固まった。


 ――忘れ薬を作ってこの関係を終わらせよう。


 気持ちが揺らされるのも面倒なのもあって、私にとっては最善だと思える忘れ薬を作ることを決めた。



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