第02話: 【Fhu-氏視点の物語 ~あるいは、『白バラ』の神話~】(後編)
前回(前編)の続きです。
第06章:
【グレーカラーの世界から】
「どうしてです!?
どうして、こんな悲しい世界を見せるのですか!?」
Fhu-氏は叫んだ。
けれど、彼の声に誰も気付くことも無く、冷たい空気の底、
人が忌避した薄暗い監獄の壁に少し響いて消えた。
(罹れば体がだんだん灰色に変色し、灰の塊の様に崩れていく、
原因不明の奇妙な病が存在する世界。)
その小さな集落も例外でなく、いつ誰が罹患するとも知れず、
されど、見ているだけで何も出来ないソレに、すぐ傍の命の脅威に、
恐れながら怯えながら、人々は暮らしていた。
しかし、そんな彼らを、せめて、心だけでも救うモノがあった。
(宗教である。)
いつか、清い白い手を持った天使が現れ、
病に苦しむ者どもを奇跡の力で悉く救うという、そんな予言が知らしめられ
信じられている。
いつか、その天使が現れることを、誰に言われるまでもなく、
ただ祈り願い乞い、人々はずっと延々と待ち続けていた。
……そして、そのいつかが訪れた。
(それは、名も無き少女。)
(その手に触れれば、
たちまち、失った色を取り戻し、灰色の呪いから救われる。)
(そして、救われたものは、また白い手を持った天使となり、人を救う。)
白い手を持った数多の救い主を生み出す聖なる白い御手は、
ただ1人、彼女だけが持つことを許されていた。
故に、彼女こそ、唯一無二無二の奇跡の天使であると強く人々に信じられた。
その代わり、男は、処刑人となった。
(思い返せば、血も繋がらぬ、誰の子とも知れぬ子だった。)
(ある日の折りの帰りに拾った孤独な捨て子に、想いなど寄せなければ、
見も知らぬ赤の他人で終わっていた。)
(父親と名乗り、少女と共に過ごした日々、
そして、彼女があの病に倒れて涙を以って必死に祈ったあの頃を、
忘れるなどできない。)
例え拙い祈りでも、天が叶えてくれたか知り様も無いが……。
結果的に、治る見込みの無かった病から救われたことに、変わりは無い。
そして、誇らしくも、『奇跡の天使』として、人々を救うため、
ここから旅立つことを選択してくれたことにも、嬉しく思っている。
例え、男自身は、孤独に思い煩うこととなろうと……。
(だから、あの子の『敵』は処す。)
(全ては、あの子、『奇跡の天使』のために。)
かの宗教を取り仕切る者らに、ある日、諭されたのだ。
この世界には、あの優しい子の『敵』となる悪しき輩が在ると。
それは、愚鈍で心悪しく、いつも猜疑心に満ち、全く救い難く……、
同時に、宗教も奇跡も信じず、救済の天使を信じず、
人の子らにやがての害をもたらす、汚らわしい悪魔であると。
そして、男は、それらを裁く、処刑人として雇われたのだった。
――Fhu-氏は、悲しい物語を見た。
されど、穢らわしい処刑人など、大事にどころか、
人として扱われるハズもない。
少女のためなど、子供騙しのまやかし、おためごかしで、
実のところ、ただの汚れ仕事。
いや、奇跡の少女の里心への対策か、
それとも、奇跡の少女の父親なる『立場』への嫉妬か宗教的立ち位置への
懸念か恐れか……、何れにせよ、厄介者の監視と管理に変わりなかった。
疲労と困窮と孤独と、その体に染み付いた血の臭いばかりが、
こびり付いて積もり増していく。
――それも、最も冷たく悲しい場面を。
時がくれば、彼もまた、処される。 彼ら『宗教』の、厄介な敵なのだから。
だから、愚かな男は、小さな彼女に名前を贈った日のことを思い出す。
止めど無く、繰り返して、何度も、幾度と無く……、
そして、誰もいない忘れ去られた冷たい牢獄の中、少しだけ、笑った。
***
「どうしてです!?
どうして、こんな悲しい世界を見せるのですか!?」
夢から覚めた夢の中。 気付けば、傍にマダムが立っている。
真っ暗で無味乾燥な風景の中、2本の足が立つ床も地面も区別の無い中、
2つの人物だけが浮き出ている。
――あの憐れな男が願った、少女の幸福は、叶えられることは無かった。
「あれ……、『王』も、三女神様方もいない? ここは、どこ?」
――あの奇跡の少女の物語は、彼女の背徳的な死によって終わ……、らない。
「そりゃそうよ♪
『王』は、他ならぬアナタの物語が見たいだけだし、
枝道の副次的な物語には興味無いわねー、ああいう性格だし?
お三方は……、まあ、内の第1席様の性格分かってるでしょ、Fhu-?
大泣きして、アナタの物語の邪魔になるからよ?」
――奇跡の少女でしかなかった彼女は、死後、地獄へと旅立つ。
「俺の……、物語……?」
――彼女の幸福と安寧を願い、その手を血で染めた、あの男を救うために……。
どうも、頭がボンヤリして、マダムのありがたいお言葉の理解に届かない。
確か……、『異世界転生』するとかしないとか、
テーマが決まったから、その気になったところで、
素敵で素晴らしくそして面白いマダムに呼び止められて?
――螺旋の道のり果てしなく、苦しみ続く険しい地獄を往けば。
「こんなもの、その1つでしかないわあ?
泣いてる暇は無いわね?」
――罪を問われる謂れ無き少女は、
地獄の悪魔に歓迎もされず、孤独、無視、1人、ポツリ。
「じゃ、次、行ってみましょう!」
「えっ、何何!? うわ……っ!?」
トプンっ♪
幕間06:
【ソーサー、スクープ、ホール ―― 様々な】
例えば、幼子が水泳を学ぶ前の、更に前の段階の様相。
洗面器の水にそっと顔を付け、水面の上では呼吸が可能で、
その下では息を止めなければならないと教える様に。
……でも、これは、半ば、強引で暴力的な印象が否めない!
ゴボゴボ、ガボガァ!!
「一気に場面が変わった!?
突然、呼吸も止まるほど意識がフっ飛ばされた男、Fhu-氏です。」
首根っこを掴まれて、むんず、叩き込まれる『異世界遊覧』を、
思い知ったのは、世界初でないでしょうか?
突然、黄金一色の砂漠が、眼下に広がった。
――そして、1人の旅人の物語を見た。
……と、思いきや、今度は澄んだ青。
空の様に広大で、海の様に深く、宇宙の様に果てしない……、
巨大な怪物の喉奥を思わせる迷宮。
いや、坑道の成れの果て、いや、墓場、か。
――ここでは、歴史を辿る男の物語を見た。
次は、赤黒い世界。 その指が指し示すのは、地獄。
机の前、画面の前でタイプを止めない指、書き連ねるのは、
また別の世界の地獄。
平和な国の片隅で、争いも無意味な死も無いこの場所で、
睡眠不足という無益で無意味な地獄に耐えながら、
苦しみ訴える様に『創造』を拡げていく。
――同じく、モノを語る男の物語を見た。
そして。
長閑な村の、平凡な男の物語を見た。
それは、2パターンあった。
けれど、どちらも不幸な結末だった。
そして……。
そして…………。
「……気分はどう、Fhu-?」
「サンクス、マダーム?
……何かこう、胸がいっぱいです。 一体、何なのですか?」
様々な物語の、様々な場面を見た。
叫びも嘆きも繰り返して、悲しみも寂しさも何もかも。
あまりに溢れて、たくさん溢し過ぎて、今はもう、空っぽの感情のまま、
嗄れた声で大人しく尋ねる他はできない。
「さあ……。
でも、これらを見た上で、アナタ、Fhu-が成したいことを成し遂げなさい。
これでも、控え目なのですよ?
1つで論外、2つで意味無し、3つでは足りない、
4つ、5つでまだ物足りない、6つにするくらいなら、いっそのこと、
7つにしてしまえば如何と……、まあ、妥協してあげます。
これ以上だと、人の子は果ててしまうことでしょう。」
「はぁ……?」
「『アナタの価値』を見せなさい?」
この男、Fhu-氏の価値。
……それを、示さなければならない。
第07章:
【それが、Fhu-氏という男なのです。】
「何か、こう……、平和ですねぇ。」
ズズ……。
緑の若い尼僧が、お茶を啜った。
それを見て眉をしかめた、白髪の少女が口を開いた。
「外の音も聞こえぬ耄碌か? アイツら、元気過ぎるざろ。
アレは、歴とした姉妹間の『戦争』ぞ?」
緩やかな時間の流れる居間で。 確かに、外で激しい音がする。
「アメツちゃんは、刀出してすぐムキになるから、
確かに、姉妹間の戦争になる。
でも、イロハちゃんは……、ホント、ケンカとか物騒沙汰が慣れてて、
慣れ過ぎていて、ギリギリ際どく攻めて遊んで、
小競り合い程度で終わらすの、凄いよねー。
あと、仲直りも上手い。 見習うところは、多いよね。」
「アメツさんは、ふふ……、可愛いですから、アレで良いんです。
何と言いますか、私達、良い姉妹できてますよね。」
「それぞれに、得意・不得意あって、みんな違う……、ざか。
想い願う方向も、煩い悩む理由も、皆、全く異なるというに、
何故、こう……、同じなのざ?
この……、わっちら、7人姉妹の『父親を名乗る変な男』に関しては。
Fhu-という、男に関しては。」
柔らかな空気を、肌で感じている。 温かみもある。
「……『ストレス管理』、か。」
ふと、呟くなら。
「イロハちゃんが、たまに、やるヤツか。
私達の“カチン”と来る、気に障ることを言うヤツだけど……、
悔しいけど、利に適っているアレ。」
やっぱり、姉妹それぞれで思うことはある。
「『世に在る人間は、あまり難しいことは考えてない』って、
イロハさんが人を小馬鹿にした主張の延長のアレですね。
『体を動かせば、大体、解決する!』、とか、言ってますが、
概ね、正しいのかも知れません。
彼女には、人知れず、助けられていると思います。」
何も言わずとも、皆、理解していた。
やっぱり、皆、得意・不得意がそれぞれにあって、
気付かない内に助けられていたのだと分かっているけど、
悔しくもある、な、と。
***
Fhu-氏は、様々な物語を見た。
それは、『異世界転生』なる体験を行い、
新しい物語を書くに語るに当たっての、予行練習の様なものであると、
その後、明かされて聞いていたが。
決して、忘れられないモノとなった。
(何故、この、ちっぽけな男に、こんな場面を見せるのですか?)
幾つもの物語。 目の前にして、リアルで。
――果てない砂漠に、孤独の旅人。
――青一色の迷宮を、彷徨う考古学者。
――残酷な夢の、シナリオライター。
――幸せな村を襲った悲劇と、父親。
――『鬼侍』。
――そして……。
これは、幾つもの中の、小さな1つの物語に過ぎない。
牢獄で微笑む男の物語。 彼は、『奇跡の少女』の父親である。
(1つ1つの場面を、幾度となく繰り返し見ること、いつからか。)
(決して、忘れるべからず。)
同じビデオアニメを、繰り返し見る様に。
飽きても飽きなくても、延々、淡々、避けること許されず強制的に、
繰り返し、見る。
一見、意味の無い同じ繰り返しにも、意味があると、信じたい。
いつか、救いがあることも。
「何故、それは繰り返されるのか?」
そんな疑問は、一桁番目以内の繰り返しで悟っている。
あの男が、何を考え、何を口にし、そして、最期を迎えるのか、
何度も何度も繰り返し見たから知っている。
しかし、その最後のシーンを見る度、
愚かにも、同じことを叫んでいる自分がいる。
(これで、俺も最後か……。
思えば、何もなかったワケでもない。)
「そうだ!
お前には、あの娘がいる!
お前を信じて旅立った、あの娘が!」
――Fhu-氏は、叫ぶ。
(あの娘が幸福なら、それで良いさ。
騙されていようがいまいが、俺はどうでも良いんだ、あの娘が幸福なら。)
「諦めるな!
お前も、お前の幸福を願え!
あの娘のためにも!
あの娘の幸福のためにも!!」
――届くことはなくとも。
(もう叶わないだろうが……、もう、一目会いたかったなあ。)
「チクショー、俺は、何もできないのか。
この男の最期を見ていることしか。」
――何をしても無意味なら、せめて、叫ぶ。
(君の……、名前を呼ばせておくれ。
遠い夢に見た、希望のその名を。)
「あの娘の名か……。
知っているぞ、知っている。」
――あの男に、せめて……、小さくても。
(できぬなら、せめて、誰か……、誰か、伝えてくれ。
いつか、あの娘に、その意味を。)
「それは、お前が伝えろ!
その口、その心、その意思で!
だから……。」
――救いがあることを願っている。
(ああ……、17の頃くらい、
せめて、それくらいまでは、一緒にいたかったな。
もっと……、あ……、まやか……、して……。)
男が力尽きる瞬間を知っている。
同時に、悔しさに歯噛みしながら、無念にも引き剥がされる感覚を覚える。
きっと、目が覚めるのだ、Fhu-氏の不思議な夢から。
「残念だが、お前の願いは叶えない。
名付けの親は、紛れもなく、お前だから。
だから……。」
『もっと甘やかしてやりたかった。』
「最後の言葉だけは、任せておけ!」
そう、固く、Fhu-氏は約束した。 幾度と無く、そんな夢を見た。
その数は、積もり積もりで幾百回か、数えてもいない。
「涙の海に溺れながら目覚めるなんざ、
火遊び小僧の寝小便じゃああるめェし、
今更、慣れて久しい男の勲章だァぜ?」
それが、Fhu-氏という男なのです。
幕間07:
【マルチボール ―― 執着の1つ】
「お前らもそうであろうざが。」
と、一言置いた上で。
白髪の少女こと、アカハは、手持ち無沙汰だったのか、
他愛の無い会話を始めたかった。
「こう、わっちら、姉妹で争う羽目になりたは、全く、愚かしいことぞ。」
「まあ、言われるまでもありませんが、そう言われればそうですね。」
「別に、争うとか、しなくても良いと思うけどね。」
未だ、外では、ワーキャーと、元気にケンカで争いしている音がする。
さっきより……、激しくない? 嵐の夜の森みたいな?
「何故、この、わっちが、わっちら7人の父親を名乗る変な男、
このFhu-になぞ、執着せいておるか、話してやろうか?」
「……。」
「……。」
あまりの不意打ちに、言葉が止まった。
メガネの尼僧こと、タヰニは、小さな動揺を隠すため、黙ってお茶を啜った。
そして、時間が動き出す。
「藪から棒。」
「……最近気付いたが、お前、本当のマジになると、言葉が少なくなるのざ。
まあ良いざ。 その方が、好都合ぞ。」
白の少女は、そっと、眠れる男、Fhu-氏の傍に座る。
そして、前触れもなく、彼の頭をトンと、小突く。
「痛いっ、Fhu-氏じゃないっ! Zzz……。」
「何で、Fhu-さんを小突いた?」
「まあ、見ておれ。」
トン。
「痛いっ、Fhu-氏じゃないっ! Zzz……。」
「痛がって(?)ますよ、アカハさん?」
「こんなで、大の大人が痛がるものか。」
「起こしたら、可哀想だよ!」
問答無用。
トン。
トン。
トン……。
何度か繰り返しても、同じ反応で。
一体、彼が何でないのか、寝言に付き合う気も起きないが。
どうにも、腑に落ちないまま、一連の彼女の不思議な行動を見守っていた。
トン。
「今、入ったニュースです。 Zzz……。」
「「……!?」」
「おっ、入ったぞ。」
トン。
「◯ラジル、ブラっ、ブラっ、ニホンっ!」
トン。
「すったもんだの、やっとこそいナ!」
トン。
「ピピー……、ガガガ!」
「叩く度に、チャンネルが替わるんですか?
そんな裏技、よく見つけましたねえ、アカハさん?」
「壊れかけのレイヂオかっ!
一体、Fhu-さん、どんな夢を見ているんだよ!
っていうか、アカハちゃん、Fhu-さんで遊ばない!」
「これからが、本題ざ。」
そして、彼女は、小突き続けた。 まさに、執着を見せるかの様に。
第08章:
【白の少女視点の物語】
「オラっ、こんなもんか、チビがァ!!」
「うるさいっ、この下品がァ!!」
ギギィンンっっ!!
!?
ただの木の枝棒で、新品の銀色の日本刀と、チャンバラしている。
それはもう、背の高い方が有利と誰もが考えるけど、
日本刀を持っているのが小さな方なので、勝利の行方は分からないだろうか?
「イロハさーん、右ですわ、右! ……あら、つれない。
ここで騙されて余所見したイロハさんが絶命&脱落で、
姉妹が1人減るかと思いましたのに。」
こんなに青い空の下で。 裏切りと言えば、黒かと思えば青。
「……腹黒いな、アイウ。 いや、『青魔女』か。
それにしても、『赤バラ』のアメツは、相変わらず、素早いな。
あんな小さな体で……、体力、どうなっているんだ?」
「へへ、トリナ、テメェ、知らねェな?
アメツはさ、こう、小さな豆粒のチビのお子様だから、
スタミナが無かったンよお?」
「チビって言うななのねっ! ブっ◯すのねっ!」
「コラコラ、言葉が粗雑ですと、
イロハさんみたいになりますよ、アメツさん?
職業がありますでしょ? 巫女様の赤い袴が泣きましてよ?」
「アンタに言われたくないのね、腹黒魔女!
もう、最悪なのね!
『黒バラ』のイロハの後は、お前らも叩き斬ってやる!」
「気性が荒いな、『赤バラ』。
私は、幼子に目くじら立てて、命を絶ってやる趣味はないぞ。」
「あはは、……だってさ!
『黄バラ』のトリナは、大人だな!
ギャハハ!
しっかり、カルシウム摂って、大きくなるンだぞォー、アメツ!」
「ムムカァ!!」
「ここに来て加速!? アメツさん、怒った!」
その人智を超えた素早さは、天狗のソレ!
それとも、鬼気迫るなら、鬼か!?
「確実に強く、いや、体力付いて……。」
「いやー、コイツの唯一の弱点、後ろ回り込み両乳首コネリ……、
じゃなくて、体力とスタミナ無いの知ったから、
それらを付けてやろーっと思って、
毎度からかって激しい運動させてたらこうなった!
栄養満点の飯食わせたのは、白のアカハのヤツだけど!
運動させたのは、あたし! だから、ワシが育てたっ!」
「うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ!!
今日こそ、叩き斬ってやるのねー!!」
戦いは、尚も激しく。
***
「わっちが産み落とされた『世界』には。
わっちと父親だけしかいなかったのざ。」
そっと伏せた目、陰った表情。
それと、慈愛に満ちた瞳の主は、
延々と、眠ったFhu-氏の額を指で小突く。
トン。
「痛いっ、Fhu-氏じゃないっ! Zzz……。」
「確かに……、コイツじゃない。 でも、コイツって印象の男ざった。
もっと、筋肉があって逞しかったがの。」
そして、ほぼ白髪の三つ編み少女アカハは、さりげなく語り出す。
あとの2人に聞かせるのは、初めてだ。
(何十年も曇ったままの、陰気で冷たい『世界』に生を受けたこと。)
(そこでは、本当の親も知らない捨て子で、
貧しい農夫……、らしき、男に拾われ育てられたこと。)
「思えば、アイツ……、
いや、父親は、勤勉でひたすら真面目に働いていたざ。」
懐かしむ様に、目を細めた。
ついでに、まあ、学が無くて他に何もできなかったざとか、
働く以外何もしなかったから体力だけはある筋肉バカだと、口にしたが。
2人には分かっていた、照れているのだと。
(寒い日には、悴んだ手を、大きな両手で包んで温めてくれた。)
(料理はあまり旨くなかったけど、心地よく温かな家庭だった。)
(いつも2人で、一日中、畑仕事して、何気ない会話で笑い合った。)
「今でも後悔しているのは、一度だけ、わっちが食事を作ったこと。
あの頃のわっちは、料理など知らず、
あの男の真似をしたものの、結局、マズかった。
ざが、マズくても、2人で腹の底から大笑いして、結局、全部平らげた。
……楽しかったざ。」
「「……。」」
「……なから、今は、お前らも含めて、
皆に、旨いモノ食わせたいと思うておる。
そして、それは、あの後悔した日からの悲願でもあったざ。
願いは叶うたぞ、まずは、お前らにありがとうな。」
そう言って、彼女は笑った。 そして、その後の経緯を少し話した。
トン。
「痛いっ、Fhu-氏じゃないっ! Zzz……。」
死の病に倒れたこと、それを看病してもらったこと。
泣き止まない男に、また笑って欲しくて、
言い伝えにあった天使に祈り続けたこと。
弱っていく体、死に近くなる自分を感じながら、
せめての男の無事を、何度と無く、幾度と無く、祈り続けたこと。
「……したら、いつの間にか、苦しくなくなってな。
気付いた時には、その言い伝えの『天使』のお役となっておったざ。
それが、“生きていた頃”の、わっち。」
トン。
「痛いっ、Fhu-氏じゃないっ! Zzz……。」
「アカハさんが、天使なり神様なりになったなんてお話は、
まあ、日常のアカハさんの心優しく穏やかな性格から、
別に、信じられないものではありませんね。
でも、そう現実離れてしていては、俄には信じ難いです。」
「たまに、イロハちゃんが、アカハちゃんのこと、
『神様の成り損ない』なんて不思議な悪口言うから怒るけど、
関係があるの?」
「さらっと、よくもまあ、そんな質問ができるのざ、ヒカゲ。
お前、カマトトざ!
なから、アイツ、イロハに、『ブリっ娘』などと言われるざ。
……お前のお陰ざぞ、その、心失くした迷子の『神』に、
人間性と、幼き頃の後悔と悲願を思い出させたのは。」
「……。」
「あと、ソレは、アイツの悪口でない。
どちらも本質で、同時に、励ましているのぞ、アイツなりに。
分かってやれ。」
幕間08:
【キャプティヴボール ―― 影芝居と姫神の舞い】
白と黒の舞台。
通常なら、オペラが開演される広い劇場のそれの上に、
また、小さな舞台がある。
舞台上の舞台……、大道具のそれなら、これから行うそれの脚本の中で、
人形劇でも始まるのかと思いきや、そこで演じられるは本題、
遠い過去の物語の影芝居。
冷たく物悲しい物語の中程から後の方、ラストパートに当たる。
(それを彩る様に、芝居の傍らで3柱の女神が踊る、
それはオペラ劇のツカミで場繋ぎであり、
とにかく、上客の1人しかいなくとも目を繋ぎ留めて離さない。)
(流れ漂うは、バックの黒子どもが琴と三味線と尺八などで奏でる
荘厳な音楽で、これから語られるシナリオの重要性を暗喩する。)
――奇跡の御手を得た、あの天使なる少女。
(主人公、見ゆ。)
彼女こそが、救いのソレであると理解するや否や、
人々は、求めて群がった。
奇跡の天恵を求めるがため、苦しみからの解放、
不治の病という恐怖からの脱却、自身の心の安寧のため。
それだけならまだしも、ある者らは、あろうことか、
富を集めるため、話題や信仰や人気を集めるため……、
弱き者を押し退けてでも。
――それこそが、人々の罪。
――かの世界が、曇り晴れず救われぬ理由。
どんなに、奇跡の御手の救いがあっても、救われなかった。
灰色の世界から、人知れず、1人、1人と欠けていって、
残ったのは、ズル賢く、悪運強く、容赦も慈悲も無い愚、醜い者だけ。
彼らだけが、最期まで、救いを求めた。
その頃には、天使なる彼女の瞳の光も色も褪せていて、
容赦無く手を振り払った。
――そうして、灰色に崩れ滅びた、空虚な世界だけが残った。
だから、彼女は、自らの命を絶った。
それは、この世界の教えでは、宗教上、最も重い罪で。
だから、彼女は、地獄に堕ちた。
(音楽の調子が変わる、
荘厳さは失われずながら、重く低く、シリアスに……。)
(連れて、女神達の舞いは、ゆっくりと緩慢な動きと変わり、
内1柱の彼女から、涙が溢れる。)
(すぐに、別の女神から我慢を乞われれば、
強さを伴った優しい瞳で応えた、寂しげで柔らかな舞いは止まらない。)
(……そう、ここからが、
この不愉快な物語の、『美味しいところ』、なのです。)
――気付けば、少女は地獄にいた。
何も履かない裸足のまま。
ゴツゴツしてトゲトゲした、荒い岩場の様相見せるその道を辿った。
点々と、赤い血の足跡が残った。 白黒の影芝居に、赤が入った。
(かの道を往く者は一切の希望を捨てよ。)
(ここは嘆きの都すら外れた絶望の道。)
今度は、赤と黒の、驚ろ驚ろしい影芝居となる。
主人公たる少女は、着の身着のまま、裸足のままで孤独な道を歩き続けた。
途中、幾度も力尽き、されど、死ぬこと叶わぬ絶望の道にて。
やはり、幾度となく、見知った顔を見た。
(三つ首怪犬に食われる男、助けを乞う。)
(悪魔に弄ばれる男、助けを乞う。)
(病に冒されながら、串刺しにされながら、業火に焼かれながら……。)
残酷な影絵、赤と黒のおぞましい場所、
ここで、勝手な依存に縋った者どもの結末を、感情も無く見た。
その誰もが、あの灰色の世界にいた者で、
そして、あの優しい父親から、自分を引き離したヤツらだ。
(……どうせ、皆、この地獄にいるなら。 あの父親もいるのだろうか。)
そう思った少女は、少し笑った。 あの頃の様に。
そして、あの男と同じ場所で消えて無くなりたいと、初めて希望を持った。
しかし……。
――地獄は、彼女を受け入れなかった。
深い海底の暗い沈黙と、時折の赤い阿鼻叫喚を潜り抜け、
重い足取りのまま、彷徨い続けてどれだけ経ったか。
下へ下へ、ゆっくりと、確実に、地獄の奥底に、
救いの無い絶望の果てへと、彼を探したつもりだったが。
どこにも、いなかった。
例え、辿り着けなくとも、最期と言える最期らしい最期を遂げたくとも。
――悪魔は、かの少女を恐れた。
――怪物も、残酷な運命さえも。
彼女に、最期を引き渡すことをしなかった。
(ここで、また、音楽が変わる。 楽しげで、明るい調子。)
(場面も変わる、そっと、舞い踊っていた女神達が幕の内へと。)
(白と青で、影芝居が引き継がれる。)
ずっと、道を下っているつもりであった。
しかし、心も魂も虚ろな彼女は、気付かなかったし、
そもそも、ここまでの道がどう続いていたのかすら、考えてもいなかった、
覚えてもいない。
そして、どうしてか、次に心取り戻せば、『天国』を歩いていた。
――天国は、彼女を快く受け入れた。
――『奇跡』によって、人を救ったから。
――たくさんの人に安寧をもたらしたから。
でも、彼女には、どうでも良いことだった。
優しい手を振り払って、柔らかな言葉も誘惑と踏みつけて、
ただ、ただ、歩き続けた。
ただ、父親であった彼を、探し続けた。
長い道を、延々と、永久にも思える時を、積んで重ねて募らせて、
求め続けた。
(『終われる場所』は、どこだろう?)
(『悲しみの終わる場所』は?)
――誰も見知った顔は無かった。
――そして、ここにも、彼がいないことを確かめた。
(音楽が止まる。)
(最もシリアスなシーン。)
『ここが、天国の果ての果て……。
もっと上の空の果て、『天頂』。
それでも、上に空が広がるのね。』
天空の輝く星にも手が届く場所。
やがて、少女は、たった1人、辿り着いた。
やっぱり、父親はおろか、何も無かった。 涙が零れた。
――だって、こんな星空しかない。
――何を問い掛けても、誰も応えない。
――そして、道は、ここで終わり。
永遠の、贖罪の旅は、ここで終わった。
そのまま座り込んで、空を睨んだ。 でも、涙が溢れて止まらない。
――星しか見えない空だけが見える。
――それが、涙で歪んで見えて……。
――点々とした星達の瞬きが光が……。
――滲んで、崩れて、繋がって……。
『少女であったモノ』は見た。
絶望の星空の向こう、幾重にも重なり輝き開いたモノを。
それは、大輪の、光の『白いバラ』の花。
――そして、少女は、『白バラ』となった。
大人のそれになった顔には、確かに彼女の面影が残っている。
しかし、無感動で無慈悲なる双眸と額の眼。
(『太陽』、『銀風』、『海神』の名を冠する、三色の魔性の瞳を持つ。)
人の目に見ることも許されぬ目映い無数の槍の光を下僕と従え、
頭上で広がる幾重もの虹に彩られた光環輪は冠、
3対の艶かしい女の腕の伸びる半人半大蛇の姿……。
人智を優に超えて、超え過ぎて突き放した、非情すらある。
(そして、光の白銀に輝く、長い白い髪。)
世にも美しくも恐ろしき『神』が誕生した。
その悲しいほどの白さは、気高く勇ましき天使をも黙らせ、
邪悪な暴虐に荒ぶる悪魔を酷く脅かす……。
その『神』が、人であったことを思い出し、再びの人の生を望み、
運命を懸けた大きな戦いに挑むのは、もっと後の話。
――そして、Fhu-氏とかいう、
変なお兄さんの七つ子娘が1人なんぞにならされたのは、
もっと、もっと、後の話♪
第09章:
【Fhu-氏の七不思議】
Fhu-氏は、冒険する。
常人には意も解せぬ、不思議で全く現実離れした、遠いソレの中を。
眠りに就き、夢を見る度に、
この肉体を離れて遠くに飛んで行く様に様々な光景を見る。
楽しい夢、嬉しい夢に、面白い夢。
悲しい夢、酷い夢に、無意味な夢。
柔らかな微睡みと、温かな浮遊感に揺られながら、
現実と虚構の混じり合い、どちらとも区別の失くなった世界観を旅している。
(もちろん、
目覚めて起きれば、一連のこれらは、全て『夢』だったと言える。)
(だが、
この『夢』の中では、何もかもが目の前に起きた『現実』でしかない。)
何度と無く、止せば良いのに、繰り返して見た悲しい夢。
何度目かのその夢を、今、また、このFhu-氏は見ている。
あの、牢獄に繋がれた男の物語だ。
(できぬなら、せめて、誰か……、誰か、伝えてくれ。
いつか、あの娘に、その意味を。)
その言葉が出れば。 自然と、同じ台詞を叫ぶ。
幾度と無く、繰り返された。
「それは、お前が伝えろ!
その口、その心、その意思で!
だから……。」
ガシっ!
!?
(だったら、お前のその体、俺に貸せよ!)
何度と無く繰り返して見た、だけの、夢物語の中で。
初めて、あの憐れな男が腕を掴んだ。
その目は、酷く血走った獣のソレで、
命あるモノは全て食い千切るほどの獰猛であった。
――夢の中の登場人物に、掴み掛かれた夢。
「……!?」
――それは、初めての不意打ちの、怖い夢。
「……よっしゃ、伝えて来いっ!!」
ニンマリ!
(……!?)
思わず、その男の手を掴み返して、笑みが溢れた男、
それが、このFhu-氏という男なのです。
尤も、それに気付かず、目の前の男が、呆気に取られて驚き怯んだ方に、
少しビックリしましたが。
ちょっぴり驚いたけど、男涙が溢れても、もう、止まらない!
「やっと……、お前のために、俺が何かをできるんだなっ!
お前、俺が見えるんだなっ!」
(あ、ああ……。)
――運命を怯ませろ!
「行って、伝えて来い! あの娘が待ってる!」
(良い……、のか?)
――同時に、この男にしてやれる希望!
「代わりに、俺がここに繋がれてやる!
だから、全て終わって、満足したらさ、
……戻って来てくれ! 走れ、メロス!」
(……!?)
魂は肉体を離れて自由だとかどうとか、難しいことは考えない。
ただ、あの男が駆け出した背中を推した。
信じている。
***
「強いて言うなら、コイツの七不思議ざ。」
「Fhu-さんの……、七不思議?」
「七不思議とは……?」
この間抜けた寝言を口にする男のこと。
頭を小突く度に、間抜けた寝言を吐く、んだってさ。
「いやぁ……、Fhu-さん、いつも、こんな調子ぢゃん?」
「とと様に、こんな不思議な機能があったんですね、アカハさん。
裏技として、ちょっと、面白いです。」
デパートの、オモチャ売り場に並んだ知育玩具の地球儀に、
そういえば、こんな感じのがあると覚え聞く。
付属のスティックペンで小突くと、
その突いた表面箇所の国名を読み上げてくれるとか、くれないとか……。
トン。
「◯ラジル、ブラっ、ブラっ、ニホンっ!
パパとボクとで、2本っ! ティン☆ティーン!!」
「うるさいざっ! 下ネタ・下品晒しは、御法度ぞ!!」
ペチンっ!
「痛いっ、Fhu-氏じゃないっ! Zzz……。」
「アカハちゃん、Fhu-さんを叩かない!」
「すまん、つい、な……。」
「まあまあ、いろいろなお言葉が出てくるもので、
確かに、とと様には悪いですが、子どものオモチャみたいですね。
しかし、それが、如何したのですか、アカハさん?
先のお話と、どんな関係が?」
少し、間を開けた間も尚、彼女は、とんと、小突き続けた。
ただ、しばらく、脇目も振らず。
その度、腰の力も抜ける、歯も浮く、何とも間の抜けた言葉が、
虚しく浮かんでは消えたが……?
「コイツ、Fhu-のこれらの寝言。
お前ら……、特に、タヰニ、薄々気付いているだろう?
コイツ、『オノコカムナギ』ざ。」
「「……。」」
彼女、アカハに代わって、ここで、解説するなら、『オノコカムナギ』とは、
『男巫』とも言う、『巫女』の男バージョンを意味する。
まあ、この世界に、『シャーマン』なの、『霊能力者』なの、
アツくバトルもできる強者溢れていろいろいる中で、
こんなしょーもないうわ言の、彼が例えばそれだからって、
何かがあるのだろうか?
「わっちらの父親気取りの、このアホは、
力こそは雑魚以下の一般市民並ざが、歴とした『巫女』の一種なのぞ。」
「アカハちゃん、悪口はダメだよ!
でも、そーなんだ、
アメツちゃんと仲良くできるのも、それのためかなあ。」
「気難しいあの娘と仲良くできるのも、
何かとクセの多い私達と上手くやっていけてるのも、
ただ、この御仁の人望によるものと思いますよ、ヒカゲさん。
まあ、彼が一種の『巫女』であることが事実だとして、
それとこれとは、どんな関係があるのでしょう?」
「……恐らく、『イタコ』のそれに似た、
遠いどこかの誰かの言葉を『口寄せ』しているのと、
わっちは考えておるのぞ。」
***
同時刻。
外では……?
「……いやァ、アツくなってきました!
アメツさん、本気になったのかな?」
フシュゥ……。
呼吸音が変わった。 空気の震えも、さっきと違う。
周囲の草木ですら、戦慄している。
「何の呼吸かしら♪ オール・集中ですの?」
「茶化すな、アイウ。
大したものだ、あんな小さな年齢で、ここまでの境地に至るとは。」
「お前も茶化すな、なのね!
私達は、皆……、“同い年”だろおおおがあああぁ、なのね!
……ホント、ロクなヤツがいないのね!
約束通り、『黒バラ』の後は、お前らだからなァ、なのね!」
バキバキ……。
姿を変えていく、刀。 ギザギザにささくれ立って、より硬く。
刀身は、黒く濃く禍々しく、命を蝕み食らう形と変わっていく。
「……『強制・妖怪化』。 疑似・『妖怪刀』、発現、なのね。」
「うわぁ……、『呪言略唱』かよ。
やっぱ、血統書付きの生まれつき才能ある巫女さんは違うよな♪
羨ましいわぁ。
体力付けてやっただけで、バカなくらい体力と気力も消費して止まない、
上級レベル以上の強化系『呪術』が使えるなんてなァ、
面白くなってきたぜ、野郎っ!」
一閃!
瞬きする時間なんて、与えない。 真剣勝負に、挟む言葉も待ったも無し!
(その太刀……、禍ツ力纏う、『妖怪』のそれ!)
(空の悲鳴を置き去りにし、
天のコトワリすら超えて、乱れ斬り斬り舞し候う。)
(霹靂の光、モノも言わせず降り掛かれば、
煉獄の業火爆炎の軌跡描きて、命も体も魂をも断ち切り食らう。)
もうっ、意味分かんね!
何かもう……、ヤバさが限界突破して、読者も作者も置き去りの、
独り善がり超展開必殺奥義が出ちまった!?
こうなったら、理解及ばずとも、書き切っちまったら、俺(作者)の勝ち!
ボボボボボボ……。
モノを燃やさず心を凍らせると聞く、キツネ火が燃えている。
その地に降り立ち、顔をそのまま伏せた、怒れる巫女の小さな両手が、
妖怪と化した刀を握っている。
……いや、化けギツネのそれじゃない。
「これが、彼女が使うと聞く、『鬼の呼吸法』……、ですか?
確か、『鬼殺し』などと言う……。」
「妖怪退治を生業とし、
その血統を連ねてきた者どもがその体に刻んだ『呪術』。
か弱き人の体で、猛く荒ぶる妖怪と戦い、
討ち滅ぼすために高められてきた、力がこれなのか?」
「ははっ、『鬼火』だ、コレ。
アメツのヤツ、本気だな……。
いやぁ、育てた甲斐があるというものよ!
元気過ぎて、困っちゃうなあぅっと♪」
ドドドドドドド…………。
今一度、巫女が顔を上げる前に、構えろ!
もう、遊びの時間はおしまい。
「『鬼の呼吸法』なら、まだマシだぜ!
鬼の腕力、鎌鼬の俊足、天狗の飛翔、竜の従える雷電……、
いや、もっと多いその他複数の怪物の呼吸法を混ぜてやがる!
やっぱ、天才のそれだぜ、このチビ!
……ヤベっ、怒らせ過ぎた。
ここまでの実力までに、開花してるって、思ってなかったのよ、
『赤バラ』さんは!
いやー、良いモノを見せて貰いました♪」
平気な顔を演じたままで、少しずつ、悟らせない様に、
距離を取って下がりましょう。
もちろん、野次馬の2名も同じく。
「『赤バラ』さんの実力、しかと、目の当たりにしました。
本気で彼女と戦うなら、
こうなる前に、命を絶たないとならないことが十分に分かりましたわ。
……でも、この手の付けられない暴れん坊状態でも、
まだ序の口なのでしょうね。
何せ、妹の『ツチホ』さん……、
術のサポート役がいらっしゃらないんですもの。」
『青バラ』のアイウなる、
あらゆる不可能を可能に変えてきた魔女が分析した。
その目は、冷徹で冷酷、そのままありのままを見極める。
「なるほど、才能のある『巫女』が鍛練を続けると、こうなるのか。
大した能力だな。
倒した『妖怪』の力を取り込み、
混じり合わせるといったところか、どうか……。
どうにせよ、まだ余裕はあるが、
私も油断してならないと、思い知らされたよ。」
絶対不敗の戦士と評される、『黄バラ』のトリナにすら、そう言わせしめた。
その声に、冗談も嘲笑もない。
「あっはっはっ……。
どうにもこうにも、あたしさ、やり過ぎまーしたっ!
だから、適当に、逃げて! 生き残って!」
「そう来ると思ってましたの。 さ、フルフル、逃げますわよ!」
「ニャン♪」
魔女の足元に、いつの間にか子猫がいて。
そして、刹那も待たずに次の攻撃へと移った巫女、
その彼女が繰り出す凶刃と爆炎が迫る瞬間に、すぅっと消えていった。
「全く……、無責任だな。 とんだ、とばっちりだ。」
と、鳥仮面の下で涼しい顔をしているのかしていないのか、口にした。
声色は、いつもと変わらぬ、低いそれで、男のそれを思わせる。
どこにも、恐れや焦りもない。
(おいおい……。
トリナのヤツ、あのドギツく容赦ない無差別攻撃の中で、
妖怪にすら命の危機抱かせるマジナイ掛けられた『妖怪刀』の刀身を……、
ペンペンペチンと、軽やかに素手で触れて弾いて斬撃防いじゃってるよ……。
とばっちり御苦労なトコ悪いけど、呪いのダメージ、効いてないのか?)
余所見してない!
イロハさんは、かの巫女の刀による『呪い』の恐ろしさを知っている。
だから、避けても、触らず障らず、折れた木の棒捨てて、
逃げ続けているというのに!
口笛なんか吹かずに……。
「逃げるなァーーーっ、『黒バラ』っ!
今日こそ、叩き斬ってやるのねっ!!」
「ははっ、どいつもこいつも……、
あたしの姉妹なんかになったヤツらは、クセ者揃いだぜ!」
***
トン。
カチっ!
そして、繋がった。
第10章:
【伝えられたモノ】
『……そこにいるのか?』
「ん……、声が変わった?」
「でも、とと様の声、ですよね?」
「…………おるのざ。」
少し驚きがあるのを感じている。
2人は、半分反射的に、『白バラ』のアカハの顔を見た。
それは、いつもの穏やかで優しい気性の彼女と全く変わらないのに、
もう少し優しい気がした。
『アカハ……?』
「ハイハイ、わっちは、ここにおるざ。」
――それは、ある男の七不思議。
『感じが変わった、のか? 大きくなった。』
「反抗期ざ。
人間、真っ当に生きとるとな、いろいろ壁にブチ当たるざ。
自然とこうもなる、放っとけ!」
――寝ている男の頭を小突くと寝言が出る。
『ははっ、強くなったみたいだな。
良かった……。 飯……、食ってるか?』
「毎日、三食と昼下がりのオヤツ、バイトじゃ新メニューの試食、
接待の甘味、おデブ必至の夜食も付いておるわ!
空腹になる暇も無い、お陰で、よくよく働かなならんざ。
オマケに、世話の掛かる姉妹なんざできたし……、
寂しいなんざ思う暇も無いぞ!」
――それは、遠い世界のどこかの誰の声か。
『ああ……、幸せ、なんだな。
ずっと、そればかりが気掛かりでな。』
「無用な杞憂ぞ。
見上げる空も違えたが、このわっちが心配される生活なぞするものか。
……仲良く、やっておるぞ。
なから、アホのセリヌンティウスを迎えに行ってやれ。」
――伝えられなかった言葉すら、浮かぶ。
『アカハ……。 お前の名前はな……。』
数十年もの間、世代が変わっても、
灰色の陰鬱な雲に覆われてしまった世界に、
とうに慣れてしまった諦めとともに残されたソレは、
あの天使の伝説とともに、真しやかに語られる“言い伝え”。
もう、今生きている誰もが見たこともない希望、
仄暗い灰色の向こうに広がると云う。
(こ、こら、お前、ハッスルし過ぎ! アヒャヒャ!!)
(おおおらあああ……、『黒バラ』、往生際悪いのねえええ!!)
ゴオォォォ……。 ガタガタガタ……。
「うわっ、何だ!? 嵐か?」
「ふふっ、それとも、霹靂かってところですかね。」
バリバリバキバキブチブチ……!?
ドっカーン!!
吸い込まれる様に、屋根が飛んだ。
雲の1つも無い、よく晴れた空まで飛んで、壊れて消えた。
シャボン玉みたい?
(こんな、日の光溢れる空に晒されて。)
『アカハ、お前の名は、『曇りなく明るく青く晴れた空』から、付けたんだ。
あの世界の底に生きた者らが諦め、いつからか夢物語と嗤った、
しかし、俺が最後の最期まで信じた希望……、それがお前だ。』
“明晴”。
***
遠い世界の、忘れ去られた灰色の檻のある場所で。
繋がれた男は、己が生に失望した白い顔のまま、見ていた。
体を動かす気力も無い。
(そのハズなのに、信じている。)
信じているから、この灯を消せない目は、
その滑稽な悲劇の影芝居を見ていよう。
今は。
(心、奮い立たせ!)
(心……、奮い立たせ!)
やがての幸せ、信じてる!
***
「……知っておるわ!」
ペチンっ!
カチっ!
そして、切れた。
「痛いっ、Fhu-氏じゃないっ! Zzz……。」
また、間の抜けた言葉が宙に消えた。
屋根が引っこ抜けて、文字通り青天井になった和室で、
憎たらしいほどよく寝たお兄さんと、3人娘がいる。
「こっ恥ずかしいざ。
何度、同じを聞いたと思うておる?
……ざが、今日のは泣けたぞ。」
上を向いたら、涙は零れないらしい。
嘘だ!
溢れたら、やっぱり、頬を伝って零れた。
澄み渡った、青い空が見える。
(それが、『明るく晴れた空』の名を贈られた少女が見たもの。)
「……最初は、掃除してて、邪魔になったこの寝てるFhu-を退かすため、
掃除機で頭を小突いて発見したのぞ。
悪質な冗談と聞いておれば、驚愕と確信に変わるに時間を要さなかったざ。
コイツは、わっちの父親ざ。
多分……、生まれ変わりか、異世界の同じ存在か、
それとも、魂を同じくする兄弟か何かか。」
ずっと、探していた。 失って久しく、されど、忘れ難かったモノ。
取り戻したくて、地獄も天国も、果てしない永遠をも彷徨った。
……やっと、見つけた。
「夢想、空想、絵空事ぞと、幾ら言われようとも、わっちは信じた。
コイツが何者であろうとも、わっちに重要と信じて疑わぬ。
ざから、わっちは、こんなアホに固執しておるざ。」
声を枯らしながら言った。 だから、譲れないと。
肉体・精神の強化・覚醒を促進する、『オキヨ』。
尚、今は大半の力を失っているが、
かの灰色の世界の、奇跡の少女の御手の力の源。
どんなに離れた者にも接続し通信する、『アビナレ』。
お陰で、彼女アカハの○マホのアンテナは、
圏外ですら、いつでも調子が良い。
「お前らに晒しお前らの知る、わっちに残された切り札カード、
『光精霊』の2体がこれらざが……。」
『オソレミヨ』。
恐れ、見よ!
ドン。
机の上に置いた、小刀。
鞘は白く、同じ色の小さなバラの装飾が付いている。
「先の2つと合わせ含めて、これもまた、わっちの覚悟ざ。
かつて、『神』とも化したわっちには、
従えた無限の『光精霊』が在ったが……、今は、もう、これら3体しかない。
されど、何か起きれば、わっちは、この小刀、
わっちの所有する、空前絶後の最強最悪の破壊兵器ともなろう、
光精霊:『オソレミヨ』……、コイツを抜くざ。
全く無意味で無慈悲な破壊と消滅しか与えん爆弾ざが、
交渉材料には困らぬ。」
「なるほど……。
それが、アカハさんの、奥の手、ですか。
物質化し質量を持った『光』……、
恐れ見るべきそれは、とても強烈な力ですね。
『太陽爆弾』、とでも、称するべき代物でしょうか。
……アナタの強い意思は、よく分かりました。
ですが、何故、私達に?
そういうお話は、乱暴で暴れん坊なイロハさんに漏れたら困りませんか?
あと……、そろそろ、イロハさんとアメツさんの仲裁に行かねば、
ご飯抜きになりますよ?」
「……アイツらは良いざ。
この、『オソレミヨ』の存在は、イロハはもうすでに知っておる。
アイツは、信用に値する。 そして、優しいヤツざ。
わっちには、もう、この3体の『光精霊』しか戦力が無いのも知った上で、
フェアな戦いや小競り合いを仕掛ける。
そして、いつも、納得のいく終わらせ方で仲直りをさせるのざ。
後の始末も補償も賠償も、アイツは、しっかりしておる。
今更怒らぬ……、どうせ、ここはアメツの神社の敷地ざ、勝手晒せ。」
「何の話ですの?
『白バラ』のアカハさんが、奥の手を語ってくれますの?」
『青バラ』のアイウが、音も無く、現れた。
従えた不思議な猫は、擬態したり瞬間移動したりすると聞くが、
移り気な彼は、もうどこかへ行ってしまった。
「アイウちゃんにも、聞かせてあげたら? せっかくだし。」
「まあ、良いざ。
赤、青、黄の3人は、持った強大な力に似合わず、
意外にも平和主義ざから、構わん。
挑発か宣戦布告しない限りは、
自ら戦いを起こす性格ではないと、知っておる。
問題は、お前ら!
穏やかで、虫の1匹も処理できぬ澄ました優しい顔の良い子のお前ら、
そう、緑と紫、お前らざ!」
青い魔女が不審に思いながら。
でも、すぐに合点が行った表情を浮かべた傍らに、2人、並んでいる。
「わっちには、奥の手である、『オソレミヨ』が、いつでも、手の内にある。
この世界で……、わっちは、
お前らという、目の上のタンコブの様の邪魔な姉妹ができてしまったが……。
ざが、納得のいく平穏と、ずっと叶えたかった祈願がある。
良い大学出たクセに、農夫のまま学のないまま暮らしてたバカの父親と
変わらぬバカとアホを晒す、アホのFhu-もおる。
こんな世界で、ズルズルと生温さと薄っぺらな情に流されながら
生きていたいざ。
そして、この世界のわっちの父親に、『美味しい』と言わせたいざ、
アイツの胃袋掴んで離さず、毎日の飯作っていたいざ。
それらさえ叶うなら、姉妹の誰の願いも邪魔はせぬ。
こんなちっぽけな願いざが……、どうかこのままでいさせてくれまいかっ!」
まさか、土下座までするとは。
『青バラ』のアイウさんは、
腹黒魔女とよく揶揄され開き直っている節すらあるが……、
さすがの彼女すらも、このアカハ嬢の嘆願には、真摯に向き合いたいと思った。
――そもそも、誰も戦争を望んでいない。
――されど、叶えたい望みがある。
***
「もう……、良いのか?」
「ああ……。」
顔なんか見たくない野郎が戻ってきた。
好きなだけ、甘美な執着に身を蕩かしておれば良いのに……。
所詮、ここは、遠の昔に滅び去った世界の記憶の残滓か残像、
時間の概念など無い。
いつまでも、いや、まだしばらくは、次の希望の一報を待ち遠しく思える、
影芝居を見て待っていても良かった。
(こんな灰色の世界の、悲しい場所まで。)
(御苦労なことだ。)
「妹の結婚式はどうだった、メロス?」
「何を言っているんだ、お前?
アカハもそうだが、セリヌンティウスってのも、何なんだ?」
「そういう物語があるんだ、俺達の生きている世界には、な。」
「楽しい、世界なんだな、お前らのそれは。
きっと、あの娘は……、アカハは、幸せになれるんだな。」
「ならなきゃ、ウソだ。」
ガチャ……。
ここで、鎖に繋がれた動けぬ男。
だが、表情までは、この沸き上がる感情までは、決して縛れない。
「ありがとう……。 これで、思い残すことはない!」
「オイオイ、野郎の抱擁は勘弁だぜ?
……全く。 やれやれ。」
元気な野郎め、こんな痩せて枯れて弱った肉体の俺を強く抱き締めるとか、
無いぜ。
そして、Fhu-氏は、いつか体験した困惑の通り、
脳ミソ一丁な感覚を以って、フワリと宙に浮かぶ。
でも、それとは少し違っていて、薄く透けた体があって、
五感も残っていて、再び、あの繋がれた男を見下ろした。
「ありがとう……。 これで、満足を以って旅立てる。
ずっと、心残りだったんだ、ずっと。」
「……。」
「ありがとう……。 アカハは、お前に託した。
あの娘を笑顔にしたのは、お前なんだろ?
……アカハ、幸せに暮らせ。」
違うと叫びたかった。 紛れもなく、お前がいたから……。
肉体が無いなら、涙なんて出ないと思っていたのに、
どうしてこんなに堪らないのか。
自分が何を言っているのか、喉が嗄れるほどに叫んでいるのか、
理解が付いて行かない。
(だが、約束した。)
(言葉は要らない。)
(男と男の約束だ。)
「明晴……。」
か細い声を残して、男はそのまま動かなくなった。
その顔は、本当に穏やかで満足げで、幸せな夢を見ている様であった。
(それが関連するとかどうとか、考えるだけ野暮ではあるが……。)
(それとも、ただの運命の気紛れか。)
(何十年もの時を経て、久しぶりに。)
そっと、さりげなく、雲が流れた。
薄く、薄く、さりげなく。 日が射した。 青い空が広がった。
(陰鬱な、白黒灰色の世界では、誰も気付けなかったけれど。)
明るく晴れ渡った世界には。
輝かんばかりの、白いバラが咲いていた。
エピローグ:
【それが彼、Fhu-氏という男なのです】
大暴れした、2人が正座で座っている。
大暴れ、そんな形容で済まない、大嵐の大暴れした2人が座っている。
「屋根まで飛ばして、サーセン! もーやりませーん?」
こんな態度のイロハさんは、またやる。 この前も、同じことやった。
「ウチ……、屋根まで飛んだのね。 暴れ過ぎたのね、反省なのね。」
こちらは、ちゃんと反省。
何せ、自身の住む神社の居住スペースの大半を吹っ飛ばしたのね。
……今夜、寝るところにも困る。
(これは……、炊事役の『白バラ』アカハさん、怒るのか?)
(飯抜きになるのか?)
(そこがっ、お母さん役キャラの、腕の見せ所!)
「『黒バラ』、バカはほどほどとせい! あと、あんま、ケンカすな。
『赤バラ』、ムキになるな。 あと、ケンカに本気出すな。
……飯を用意するから、お前ら、適当に片付けておけ。
木片、瓦礫くらいは、粗方を退かして、ちゃぶ台置けよ。
買い物、行ってくる。 良いか、ヒカゲ?」
「……別に、私の許可が要るのか?
アカハちゃんがやりたいなら、勝手にやれば良いやな。
誰も、皆、同じだと思うよ?」
「……だと、良いざ。 ありがとう、ざ。」
「……。」
「アァ……、私達姉妹は、それぞれが、
この不思議な男性に、各々の大切だった人の面影を重ねるとは……。
遠い時の彼方、もう手の届かないその思い出に、
今も尚も忘れ得ぬ温もり安寧に、求めて止まない、
それは、もはや、本能か。
何にせよ、ふとした拍子、振り向いた姿か佇む影か、
眠って口にした寝言かボケか、不意に思い出されるなら、
きっと、そうなのだと、まさかの皆の皆が思うとは……。
まあ、かく言うこの尼僧の私もなのでありますがね、ベベンっ!」
軽やかに、浄瑠璃を弾く真似をしてみせ、歌ってみる。
観客はいないけど、どうしてか歌いたい。
同じ想いを持つ姉妹がいる嬉しさと、全く同じ目的を持つライバル……、
いや、敵がいる馬鹿馬鹿しさを、もう笑っていたい。
「よっ、名指しで懇願されたんだってなァ?
気分は、どうだい、お2人さん?」
不真面目に真面目する、イロハさんからインタビュー。
それなら、作り笑いで答えるタヰニさんは、素直な方。
「どうともないよ。 アカハちゃんには、今、言った通り。」
「とても興味深いお話が聞けました。 優しいですね、イロハさん。」
「あはは、どっちも、食えねェヤツらだ。
何にしても、アイツ、アカハが言ったことは揺るがない。
平和なら、文句無いのがアイツだ。
……この生温いグダグダな平和、続けさせてくれよ。
あたしも、それが願いだ。」
要するに、これは、“釘”。
この束の間の平和のために、白と黒は、同盟を組んでいるという意味。
察すこと無いなんて、緑と紫の2人にはあり得ない。
***
「……あら、早いわね。 もう、1つクリアしたの? おめでとう。」
「わー、おめでとう、Fhu-ちゃん!
……それで、Fhu-ちゃん、
何がおめでとうなのですか、嬉しいのですか?
嬉しいなあ。」
「……『マダム』の試練が、1つ終わったのですね。
わたくしも、1つ、安心しましたが。 Fhu-、早かったですね。」
「……これは、美味しい展開です。
新しい方向転換も、視野に入れるべきではありませんか、『マダム』?
Fhu-さん、お見事!」
などなど、口々に言われては、理解も追い付かない。
ここは、夢の奥のそのまた奥の、暗幕の裏。
天国の裏側にはブラックなダイヤモンドがあると、
いつか聞いたことがあるけれど、ここには何も無い。
だから、せめて、背景に、T京タワーの写真を貼っておきましょう、
ペラリとね。
「何が何やら。」
「アナタは、迷える1つの魂の往く先を照らしたのです。
そして、その業のために、アナタの魂が輝いた。
……と、そういうことです。」
「はァ……。」
「あの人は……。
アナタが手を差し伸べたあの彼は、満たされて旅立った。
だから、次は、暖かく優しい日溜まりの中で、
読者がホッコリするだけの物語の中に、きっと生まれることになる。
そう、あのアカハちゃんみたいな子も授かるかもね。」
「だとしたら……。 良いですね、『マダム』!」
「ええ。」
背中の方で広げたT京タワーの写真は、いつの間にか、夜を迎えている。
月がキレイで、僅かながら星も輝いている。
あのどれか1つに……、いや、止めておこうか。
最近、どうも、涙腺が弛い。
「だから、旅立った彼の要らなくなったモノを、アナタに報酬として授けます。
慎んで、受け取ってね?」
白いポヤポヤした光が宙に浮く。 それは、優しい光。
あの男が残したモノ。
【クエスト報酬】
処刑人スキル:『エクスターミネート・デスサイズ』。
1対多数の不意討ちでも、どんなバランス悪い体勢からでも反撃し、
敵対者の『殲滅』を成せる離れ業。
「ちょっ……、ちょっと、待った、お待ちください、『マダム』?
何ですか、これは??」
「処刑人の顔のあった彼は、いつでも背中から敵が命を狙った、だから……。
あの娘と離れた後の彼は、見れば戦慄し、
地獄も震えるほどの野獣になってたみたい。
錆びて朽ちかけた鎌1本で、
殺気立った背信の村人全員とヤケクソで戦って生き残る、
そんな彼の身に付けた特技よ?」
「怖っ……。 でも、生き残りたい強い意志を感じます。
あの生き別れた娘と……、どうしても再会したかったんだな、アイツ……。
慎んで、受け取らせて頂きます。」
心が穏やかに呼吸している。
何か、右手に無骨な鎖付き手枷アイテムが装備されたけど、
どうにも優しい気分だ。
そして、Fhu-氏は、血生臭い処刑人スキルが身に付いた。
これから、コレを、どう活かしていくか、それが彼の腕の見せ所!
「この調子なら……。
7人でなくても良さそうよ、『王』?
んじゃ、増量ね♪」
「えっ……!?」
それは、これから始まる旅への祝福。
同時に、真っ向正面から立ち向かうべき、彼の宿命。
『モノノカタリテ』なる語り部が、何を語るのかを問われている。
目を逸らすことなく、挑みなさい。
「……Fhu-、アナタは、これから、7人の子らに出会うでしょう。
その7人が、アナタに何をもたらすのか、
まだ知る由もないでしょうがおおよそ、こんな子達ですよ。」
1人は、優しい子。
1人は、強い子。
1人は、勤勉な子。
1人は、頑なな子。
1人は、勇ましい子。
1人は、分け与える子。
1人は、寂しい子。
そして、1人は、強い決意を秘めた子。
「そんな7人に、Fhu-、
アナタは報いることが、果たして、できるのでしょうか?」
「えーっと、ひぃ、ふぅ、みぃ……、あれ、8人いません?」
「ふふふ……、それは、アナタが会ってみてのお楽しみよ?
サァ、お行きなさい。 呼ばれていますよ?
行ってらっしゃい、Fhu-、良き素敵な『異世界転生』を。」
【基本攻略対象:7名】
・『白バラ』
・『黒バラ』
・『赤バラ』
・『青バラ』
・『黄バラ』
・『緑バラ』
・『紫バラ』
・???(シークレット)
「攻略対象……、とは!?
やっぱり、シークレットって、8人目がいるんですか?
えっ、あの……、マダム!?」
マダムは、質問を許してない。
やれと言われたら、ハイかイエスで答える、コレ、重要。
だから、ただ、聞きなさい?
【追加攻略対象】←NEW!
・『鋼バラ』&『鉄バラ』
・『皇バラ』
・『砂バラ』
・『和バラ』
・『紅バラ』
・『蒼バラ』
・『茶バラ』
・『翠バラ』
・『灰バラ』
・『墨バラ』
・『藤バラ』
・『野バラ』
・『闇バラ』
・『死バラ』
・『血バラ』
・『鬼バラ』
・『ブタバラ』
「ん……? 何で、ブタバラ!? さらっと、お肉入ってますよ!?
あと、増量がえげつないし!? えっ、あの……、マダム!?」
マダムは、質問を許してない。
やれと言われたら、ハイかイエスで答える、コレ、重要。
だから、ただ、聞きなさい?
【あと、別に攻略してもしなくとも構わぬ】
※適当に、遊んであげて!
・邪神:『2』様
・シスター・翅子
・はねエモン
・テア美ちゃん
・サイコパス・サティー
・『明星の巫女』
・なつミッターマイヤー
・ミッチュルン様
・『夜明けを迎える巫女』
・ナヲミ女王様
・『遊戯の悪魔』
・『美食の悪魔』
・イストリア卿
……などなど
【あと、別に攻略してもしなくとも構わぬ】
※但し、礼儀を弁えること
・華雅様
・LUCA様
・四宝様
・第8皇子嫡子様(子牛)
・第9皇子様(羊)
・第10皇子様(魚)
・第11皇子様(水瓶)
……などなど
(???)
(もう、無茶苦茶だなあ……。)
(わかんねぇ、分っかんねぇけど……。)
(でも、やるしかねえ……。)
(頑張る。)
今更、光の差す道なんか無い。 だから、求めるがまま、進むよ。
(今更といえば、これもそうだけど、
さらっと出したT京タワー、関係無くない?)
繰り返される、舞台の悲劇を忘れぬまま何を自身は求めるのか、
流されるまま思い煩い悩みながら彷徨う。
何せ、どうせ、時間の概念が無いなら、心許すまで、想いを巡らせよう。
(そんな具合で、アレコレいろいろがあって。)
あのメロス野郎みたいなのの、あと7人ほど野郎と遭遇したり、
お悩み解決したりとかしたけど、ここでは、割愛しておく。
そして、Fhu-氏は、1匹のパパになる。
それは、今まで、あり得なかったことだ。
あり得なかったことを覚え書きする様に、物語を書き進めて行こう、
どこまでも。
(Fhu-さん。)
(親父殿なら、シャンとせい!)
(パパン(笑)♪)
(お父様♪)
(父……、親、はわわ。)
(お父さんって、呼んであげても……、良いのね。)
(とと様。)
呼ばれ方などいろいろだけど、まだ未婚のお兄さんだってのによぉ、
何て仕打ちだ!
Fhu-君だったり、Fhu-太郎だったりしてる家庭教師だったら、
もっと、甘い感じだったんだろーなー。
(それは、託された。)
(時が経てど色も褪せず、むしろ、強まる想いのまま望まれたシナリオを。)
(彼ら、信念のままアツき魂燃やす野郎どもが信じた、
愛娘達の幸福な未来を。)
それらは受け取った……、この魂の求めるがままに。
こうして、こんな異世界に在る。
それが、このFhu-氏という男なのです。
***
ペチンっ!
「痛いっ、Fhu-氏じゃないっ! アレ……。」
「やっと、起きたか寝坊助が。 飯ざ!」
そういえば、良い香りがする。
あと、屋根が無かった。 夕日も沈んだばかりの時間。
「やっぱ、本職さんが作ったオムライスは、スゲーのな!
フワッフワの、トロットロぢゃねえか!
さっすがメイドさんと、誉めてやるから、アレやって!
燃ーえ燃えキュンって、ヤツ!」
「別料金ざ。
時価なから、百万円で良ければやってやるが、
黙って食うのが身のためぞ。」
「アカハさん、ご機嫌ですね。
でも、これは、オムライスではなく、カニ玉ですね。」
「放っておけ。 アイツは、分かっていてからかっている。
そもそも、お約束のケチャップが卓上に無いところから、察しろ。」
「ええ、餡掛けが掛かっているので、
そもそも、そんな議論すら上がらないのが普通ですが、イロハさんですから。
それにしても、カニ玉、美味しそうです。」
「(グゥ……。) あんなヤツの食事如きで……。
お腹空いたじゃ、仕方無いのね。 ……馳走になるのね。
でも借りは、後で返してやるから、貸し借りは無しなのね。」
「じゃあ、後片付けのお皿洗いは、アメツちゃんで決定だね。
まあ、君が洗ったお皿拭くくらいは、私も手伝うよ。
それにしても、こう、山の上の神社ともなると、空がよく見えるねー。」
僅かな照明以外は、皆吹き飛んで屋根まで消えたのだから、
今日の寝床の確保も、明日の復興作業も大変だ。
でも、今は、みんな忘れて。
「おや、アカハ嬢、何だかご機嫌だね? 良いことあった?」
「良き日、カニ玉ざ。」
お屋根の無い、半ば廃墟の残骸の間で、美味しい夕食を囲んでいる。
そんな世界に、俺達は生きている。
***
「……。」
「……という、物語展開の方向性で、如何でしょうか?」
「『王』のお言葉を賜ります。
『つまらん。』、だ、そうです。」
ここ、どこか精神の奥底のさらに奥底らしい暗闇世界のどこかで。
作者に、最も残酷なお言葉が降された。
「……わわわ、お気に召さなかった。
ももも……、申し訳御座いませんっ、でしたっ!!」
すぐさま、土下座を実行するのは、今の世の中、素直でよろしいながら、
しかし、気が早いというもの。
賠償する内容を確かめないと、ただの形だけの薄っぺらになってしまう。
「Fhu-、謝罪なんて、最初から求めてないわあ。
そもそも、誰もアナタを責めてないし怒ってもいないのだから。
こんな調子の作風だって、『王』が御存じでないワケもないし。」
「ははァー、何かよく分からないけど、申し訳御座いません!」
「良い?
Fhu-、物事の本質を見失っては、ただ迷走に迷走を重ねて、
やがては自分すら見失ってしまうものよ?
『王』は、こうおっしゃった。
『何故、物語ることを止めた。 『つまらん』。
もっと語れ! まだ続くのだろう?
その先に、我が望む道があると申すなら、語り続けろ!』」
「あっ……、激励と叱咤。」
「そう。
だから、アナタは止まらないの。 さっ、そうと決まれば、次!
……と、言いたいところだけど、1つだけ聞いてね。」
「合点、承知の助であります!」
「丁度、アナタの『白バラ』ちゃんのお話だったから話しておくけど、
私のこと、長年に渡って誤解してた人からの誤解が解けたの!
アナタ達のお陰よ! とっても、嬉しいわあ!」
「あ、そうなんですか、良かったですね! (心当たりが無いですが。)」
「多分、あの人、登場してたと思うけど。
Fhu-から聞いた『白バラ』ちゃんのお話、聞かせておくわ!
きっと、懐かしいと言うわ!」
「そうなんですか……。 (誰が登場したっけ……?)」
【クエスト(裏)報酬】
無限なる光翼神:『王の光』、パトロンとして参加。
「さぁ、時は来たわ、Fhu-。
アナタに降された言葉は、
モノを語る者に最も恐ろしく最も強く響くと聞きます。
『もっと』……、語りなさい。」
それは、恐れながらも、同時に、心震い立たせる魔法がある。
体も感覚も何もかもを置き去りに、
脳ミソ一丁に解き放たれて想うモノは何だろう?
「『本能』……、のままに、かな?」
『もっと』。
甘美で残酷な響きに呼応して立ち上がる。
彼の背中にフワリ、女神達が微笑みの祝福を受けたなら、
もう後戻りすることなく、語り続けよう。
「何もかもから解放された、虚無にも等しい自由……。
その中から、あの時触れた、不思議な石。
あの『娘』こそが、その選ばれた1つの石であるなら……。」
立ち止まることは許されない。
この道こそが、『無限』なる神に語るべき、
Fhu-氏を含めた人類の、存在価値を物語るのだと信じたならば。
「でも、難しいことは語れませんので、のんびりと……、語っていきますよ。
『王』へ捧げる物語については時間は無制限だけど……、
ただ、コチラは時間が限られていることを知っています。」
あの『娘』を……。
許さなければならない。
報いなければならない。
救わなければならない。
「そのための、7人なのですから。」
これは、血の繋がらない……、
されど、心の絆とやらで繋がってしまった7人の愛娘を授かった、
Fhu-という男の、不思議な物語(説明長いな!)。
これからも、続く。
<完>




