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婚約破棄された実務令嬢は、監査院で王国を再設計する  作者: ヲワ・おわり


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CORE-42

 R-13が示したのは、改革の理想じゃない。


 改革が、どこで殺されるかだった。


 だから私たちが次にやるべきことは一つしかない。今まで積み上げてきた証拠を、誰が見ても一本の連鎖だと分かる形にすることだ。


 会議卓の上には、医療予算の送金票、兵站倉庫の欠損記録、臨時承認枠の運用票、補助印照合表、そしてR-13の複写が並んでいた。


 紙の量だけなら、もうとっくに人を潰せる。


 けれど王都の中枢は、紙の多さでは倒れない。多いほど“複雑で分からない”と言って逃げる。


 だから私は、CORE-42を作ることにした。


 中枢資金連鎖図。


 送金、承認、迂回、保全停止。

 どの紙がどの紙を生み、どの印がどこで使い回され、どこで金が評議会隠し勘定へ流れたのか。それを一本の線に落とす図だ。


 ミラが束ね紐を切りながら言う。


「量が多すぎます。議員は途中で迷いますよ」


「迷わせないための図です」


 私は兵站局票を左端へ置き、医療予算票を中央へ、臨時承認枠票を右端へ並べる。


 起点は違う。

 でも補助印系列は同じだ。


 そこで一度、手が止まった。


 最終受益先へ落ちるはずの線だけが、どうしても空白のままだった。兵站と医療はつながる。臨時承認枠も補助印で寄る。なのに最後の退避口だけ、帳票上では別勘定に化ける。


 EM-72の超過案件群は、“緊急だから後で見る”で流された。

 医療予算の幽霊施設送金は、“現場優先”で押し通された。

 臨時承認枠は、“例外だから記録が薄くていい”で生き延びた。


 言い訳は違う。

 でも全部、検証を後ろへ追いやるための言葉だ。


 ユリウスが私の引いた線を見て、短く言った。


「このままだと、反派はまだ別件扱いする」


「分かっています」


 私はR-13末尾の照合欄を開く。


「だから“今だけの不正”じゃなく、“昔の改革を潰した構造が今も同じ形で動いている”ところまで入れます」


 R-13の補助印番号を中央線へ重ねた瞬間、空白だった最後の退避線が埋まった。別勘定に見えていたものは、昔から使われていた逃がし口の別名だったのだ。


 図の意味が変わった。


 過去の失敗と現在の不正が、一本の制度病理としてつながる。


 午後、中立派議員への説明の場が設けられた。


 最初の反応は予想どおりだった。


「証拠が多すぎる」

「分かりにくい」

「案件ごとに責任者が違うのではないか」


 私は頷いた。


「だから今日、紙の束ではなく線で持ってきました」


 CORE-42を卓上へ開く。


 一枚で見えるように、余計な欄外説明は削った。左に兵站、中央に医療、右に臨時承認枠。下段に補助印系列。最下段に、最終受益先へ流れる矢印。


「別件に見えるのは、入口だけです」


 私は線を指で追う。


「入口で扱う役所は違う。でも承認の補線、迂回処理、そして最終的に金が退避する口は同じです」


 一人の議員が眉を寄せた。


「王太子の私設基金か」


「それなら、まだ単純でした」


 私は最後の矢印を示す。


「実際の終端先は、評議会経由の隠し勘定です。表の会計に出ない逃がし口ですね。個人の贅沢ではなく、制度の内側に逃がしている。だから長く残った」


 部屋の空気が変わる。


 個人の汚職なら切り捨てで終われる。だが制度の中に退避口があるなら、誰か一人を落としても再発する。


 中立派が怖がるのは、悪人の大きさじゃない。直しても戻る構造だ。


「個人汚職なら首を切って終われる」


 別の中立派議員が苦く言った。


「だが制度穴なら、来年は地方復興費でも同じことが起きる。地元予算まで巻き込まれる」


 私はさらに一行を足す。


「だから独立予算が必要です。監査院が王宮財務に喉を押さえられたままなら、この連鎖はまた別名で生き残る」


 それはR-13が残した敗因でもあった。


 説明の後、議員たちはすぐには口を開かなかった。沈黙は悪くない。理解が追いつく時間だ。


 やがて、最初に腰の引けていた年配議員が言う。


「……ようやく分かった。君たちは一件の摘発をしているんじゃない。穴の形そのものを示しているんだな」


「はい」


 私は答えた。


「今までの三十五話分は、その穴の輪郭を出すための作業でした」


 口にしてから、自分で少しだけ可笑しくなった。三十五話分、ではない。私にとっては、断罪の日からずっとだ。


 でもユリウスは笑わなかった。


 代わりに、公の場で珍しくはっきり言った。


「セリナの図式化がなければ、ここまでは届きませんでした。散った証拠を意味に変えたのは彼女です」


 その一言で、胸の奥が少し熱くなる。


 守られる言葉ではなかった。

 隣で同じ重さを担う相手への評価だった。


 会議が終わったあと、私は卓上に残ったCORE-42を見下ろした。


 紙の山は、まだそこにある。現場の被害も、失われた金も、断罪された日の痛みも、図にしたから軽くなるわけじゃない。


 それでも一本の線になった瞬間、ようやく中枢を逃がさない形になった。


 私は最終矢印の先に小さく書き足す。


『評議会隠し勘定』


 王太子個人を倒して終わる話ではない。

 制度を食う退避口ごと塞がなければ、同じことはまた起きる。


 R-13が失敗として残したものを、今度は可決条件へ変える。


 そのための線は、ようやく引けた。


 ミラが図を覗き込む。


「これなら逃げられませんね」


「まだです」


 私は首を振った。


「逃げ道を見える形にしただけ。次は、その道を閉じます」


 そのとき使うのは、数字だけじゃない。王都がいちばん信じたがる“緊急”という言葉そのものを、こちら側でひっくり返す。


 私はEM-72集計票を、CORE-42の隣へ置いた。


 次の一手は、もう決まっている。


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