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母の抱擁、銀のネックレス

 会場に高らかにファンファーレが鳴り響き、重厚な空気とともに祝宴の始まりが告げられた。




「静粛に。エルドラント王国の至宝、フランソワ王ならびにシャルル王太子のご入城なり」


 エレノアは、幼少期から家庭教師に厳しく叩き込まれた文字通り「完璧」な所作で、深々とカーテシーを捧げた。ドレスの裾が円を描き、一寸の乱れもなく静止する。その姿は、周囲の令嬢たちが息を呑むほどに洗練されていた。



 国王による定型的な口上が終わり、華やかな宴が始まると、エレノアは両親に伴われて王家の席へと向かった。

 三大公爵家の筆頭であるグウィネス家には、誰よりも先に王族へ声をかける特権が与えられている。




「おめでとうございます、シャルル殿下。貴方様の輝かしい門出に心よりの祝意を」


 エレノアは、心の揺らぎを一切見せない淡々とした口調で祝辞を述べた。視線を伏せ、再び顔を上げたその刹那、彼女は冷静に未来の夫となるはずの少年を観察した。


 陽光を溶かし込んだような金髪に、深く底知れない群青の瞳。彫刻のように整ったその美貌の奥には、いかなる感情の欠片も読み取ることができない。


 シャルル王太子は、返礼の言葉こそ完璧だったが、その瞳はエレノアを見ているようでいて、まるで背景の壁でも眺めているかのような冷ややかさを湛えていた。

 





 祝宴がたけなわを過ぎ、窓の外の夜気が深まる頃。貴族たちが一人、また一人と会場を後にし始めた時にその呼び出しはかかった。



「エレノア、こちらへおいでなさい」

「はい、お母様」


 両親に促され、エレノアは城の奥へと足を踏み入れた。磨き抜かれた回廊を抜けて案内されたのは、歴史の重みを感じさせる重厚な扉に守られた、王家の控え室であった。


 そこには、国王フランソワとシャルル王太子が、静謐な威圧感とともに座していた。


「……この度、エレノア・グウィネス公爵令嬢と我が息子シャルルは、縁を結ぶこととなった。婚約式は二年後に行う。それまでに王妃教育をすべて完了させるように。来月から城に専用の部屋を用意させる。住まいを移し、グウィネスの名に恥じぬよう精進せよ」


 王の厳かな断罪にも似た決定事項の宣言に、エレノアは静かに頭を垂れた。


「かしこまりました。至極恐悦に存じます。殿下の支えとなれるよう、身を粉にして励む所存です」


 淀みなく答えながら、エレノアは隣に立つ母の顔を、まつ毛の隙間からそっと覗き見た。



(よかったわ。お母様、あんなに喜んで……)


 母アナスタシアの頬は歓喜に上気していた。その執念が、ついに報われた瞬間だった。








「かわいい私のエレノア。これまで私が教えてきたことは、すべてこの日のため。必ずや王妃教育の助けになるわ。……さあ、これを持っていきなさい」


 登城の日。馬車が待つ玄関先で、アナスタシアはエレノアの首に一つのネックレスをかけた。


「私が子供の頃から大切にしてきた幸運を運ぶお守りよ。お母様の代わりだと思って、肌身離さず着けておいてちょうだいね。」


 それは王宮に上がる公爵令嬢が身に着けるには、あまりに不釣り合いな代物だった。

 古めかしい銀の鎖に、精巧とは言い難い古風な意匠。中央には赤いくず宝石が鈍い輝きを放ちながら鎮座している。

 

 だが、エレノアは知っていた。母が夜、一人でこの石を愛おしそうに撫で、祈るように囁きかけていた姿を。それが母にとって、どんな高価な宝石よりも価値のあるお守りであることを。


「……ありがとうございます、お母様。大切にいたします」


 エレノアは、自分を抱きしめる母の腕に力を込めた。

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