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運命の歯車は止められない

 あの、シャルル王太子かサラ男爵令嬢と出会う舞踏会の夜が近づくにつれ、エレノアは焦燥に身を焼かれていた。


 シャルルがサラと出会えば、またたく間に恋に落ち、自分は処刑台へと突き進む。

 一度目の悪夢で見た侍女による毒殺の冤罪が、なぜ起きたのかは今もわからない。誰に恨まれ、誰に嵌められたのか。けれど、二人が出会わなければ、そもそも冤罪さえ起きないはずだ。


 幸いにも、舞踏会の招待状を管理するのは王太子婚約者であるエレノアの特権だった。


「男爵家の方々には申し訳ないけれど……」


 エレノアは震える手で、サラの家への招待状を、赤々と燃える暖炉の中へと投げ込んだ。これで二人は出会わない。出会わなければ、運命は変わる。 



 舞踏会は大成功だった。


 王妃教育の成果を完璧に発揮し、誰もがエレノアこそが次代の王妃に相応しいと称賛した。シャルルも珍しく満足げで、婚約者の立場はかつてないほど盤石に見えた。


(……良かった。これでわたくしはもうきっと大丈夫なはず)


 エレノアは、ドレスの襟元に隠れた冷たい銀のネックレスを握りしめ、勝利を確信した。



 しかし、運命の歯車は、歪な形を保ったまま辻褄を合わせようと動き出す。


 数週間後、シャルルが外交活動の視察に出た先で、彼は「たまたま」一人の少女に出会った。傷ついた野良犬を献身的に介抱する、動物愛護活動に勤しむサラ男爵令嬢。


 失われた時間を取り戻すかのように、二人は急速に惹かれ合っていった。



「可哀想な婚約者様」――そんな囁きが再びエレノアの耳に届き始める。


 一度ついてしまった「わがままで情緒不安定な令嬢」という悪評は、本物の純真さを持つサラが現れたことで、より鮮明に、より醜く際立ってしまった。


 エレノアはどんどん崩れていった。


 シャルルを問い詰め、ヒステリックに泣き叫び、かと思えば冷徹に周囲を威圧する。



 この頃から、彼女の意識には空白が混じるようになった。

 机に向かっていたはずなのに、気づけば庭でお茶を飲んでいる。外国語の授業を受けていたはずなのに、気づけば自室で刺繍をしている。


 記憶がない間も、彼女は完璧な淑女としてそつなく振る舞っていたようだが、エレノア自身には、自分の身体が誰か別のものに乗っ取られているような、薄気味悪い感覚だけが残った。



 そして、あの日がやってきた。


「エレノア・グウィネス! 貴様、よくも、サラに……!」


 シャルルの怒号と共に、騎士たちがエレノアの自室へ乱入してきた。


 エレノアが振り返ると、そこには怒りの涙に濡れるシャルル王太子と騎士たちがおり、そして――エレノアの手には、空の毒薬の瓶があった。


(……え?…毒?わたくしが?)


 記憶がない。

 毒を用意した覚えも、サラに毒を盛った覚えもない。

 けれど、自分でも驚くほど、心は凪いでいた。


「……ああ、やっぱり。どうしても、こうなるのね」


 エレノアは抵抗しなかった。


 捕らえられる際、首筋に触れた銀のネックレスが、涙を流すようにじんわりと温かく、震えた気がした。

 判決は早かった。


 王宮広場に設置された、見覚えのある処刑台。

 白銀の髪を乱し、跪かされたエレノアの視界に、涙ながらに自分を糾弾するシャルルの姿が映る。


「……お母様。わたくし、とても頑張ったわ」


 無情に刃が落ちる直前、エレノアは見た。

 民衆の中に、母アナスタシアの姿を。


 首に衝撃が走る。

 暗転する世界。



 次に目を開けたとき、エレノアはまた、あの何も知らない十三歳に戻っていた。


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