消えた少女
私はいつものように、針仕事の仕事を終えて家路を急いでいた。
細かな作業に手間取って、時計の針はいつもより少しだけ進んでしまっていた。私は焦る気持ちを抑えながら、早足で急いだ。
馴染みのパン屋に寄って、安く分けてもらった売れ残りのパンの香りが微かに漂う。いつものように川沿いの暗い細道を抜ければ、もうすぐ家だ。
(――ふふ、あの時の彼ったら、可愛かったな。手なんか震えちゃって、全然留め具が留められなくて)
昨夜、付き合って一年の記念に、彼から贈り物をされた。華奢な銀の鎖に小さな赤い石が一つ。
安物だよと彼は照れていたけれど、私にとってはどんな宝石よりも価値があった。嬉しくて、歩きながら首元の小さな石を指先でそっとなぞる。
(……そういえば、この間王家の侍女が惨殺された事件があったな…まだ犯人捕まってないのよね…怖いな。早く帰らなくちゃ)
家の灯りまであともう少し。角を曲がれば、温かいスープが待っている。そう思った瞬間、背後から音もなく、巨大な影が私を飲み込んだ。
次に意識が浮上したとき、そこは見知らぬ湿り気を帯びた場所だった。
ガシャッ。
「んん! んんー!!」
ガシャン、ガチャガチャ。
手足には、肉に食い込むほど重い鉄の鎖が嵌められている。口は汚れた布で猿轡をされ、叫ぶことすら叶わない。
完全な静寂の中で、金属が擦れる不快な音と、早鐘を打つ自分の心臓の音だけがうるさく鼓膜を叩く。恐怖で思考が真っ白に弾けそうだった。
「……こんなこと、本当はしたくないんだけどなあ」
重厚な石の扉が開き、見知らぬ男が二人、松明の火を不気味に揺らしながら現れた。
「なんだ、起きてるじゃないか。薬の効きが甘かったか……。寝ているうちにすべて終わってしまった方が幸せだったろうに。可哀想になあ」
「目覚めちまったもんは仕方ねえ。予定どおり続行するぞ。時間がねえんだ」
必死に抗おうと喉を鳴らして体をよじらせるが、冷たい金属音が響くだけだ。男たちは冷めた事務的な手際で私を見下ろした。
「俺、こういうのは何度やっても慣れねえよ。メヘト神に見捨てられちまう……」
「気にするな。俺たちは依頼された仕事をこなしてるだけだ。たんまり金は積まれてる。それで全部忘れちまえばいいのさ。……さあ、運ぶぞ」
男たちに引き摺られ、私は部屋の中央に据えられた、禍々しい紋様の床に転がされた。
そこには、これまで捧げられてきた無数の「誰か」の、どす黒い血が幾重にも層を成して染み込んでいる。
もはや元の模様さえ読み取れないほど、床は腐った鉄と死の臭いを放っていた。
(こわい……助けて。助けて。お父さん、お母さん。嫌、死にたくない、死にたくない――!)
溢れ出す涙で歪んだ視界の端で、銀色に光る鋭利な刃が、死神の鎌のように高く持ち上げられた。




