人捜しする僕
千春さんの部屋に入るのは初めてのような気がする。
一階の隅にある部屋は、家政婦さんの部屋らしく良く片付いていた。
大きな家具はベッドとチェストとパソコンデスクしかないが、それだけで部屋は手狭だ。
壁を見ると、CMでよく見る少年アイドルグループのポスターが貼ってあった。
僕がじっと、それを見てたら、
「友だちからもらったんですよ! ですよ〜、それは! それより、こっちこっち!」と慌て気味の千春さん。
そういえば、彼女っていったい何歳なんだろう?
起動が終わったらしいパソコンに近づくと、やっぱり壁のポスターと同じアイドルグループが壁紙になっている。
僕がその画面をじっと見つめていたら、
「へへへー」と今度は引き攣った笑い顔の千春さん。
好きだって言えばいいのに、どうして誤魔化すんだろう?
大急ぎでブラウザを立ち上げて、壁紙を隠し、検索サイトの画面を出す千春さん。
「さあ、どなたを捜すんですか? お嬢様、早く、早く!」
千春さんの肩越しに画面を覗くんだけど、ふわふわした彼女の髪が小鼻をくすぐってこそばゆい。
「さあ、早く、早く!」
カチカチとマウスを何度もクリックして千春さんのテンションは何故か上がり気味だ。
「じゃあ、先ずは九条院令って入れてみて」
「はあ〜、お嬢様、自分の名前を調べてどうするんですか?」
怪訝な目つきで振り向かれてしまった。
「いいから、いいから。とりあえず入れてみてよ」
「ああっ! お嬢様、ご自分の知名度を知りたいんですね。了解です。えっと、九条院麗っと」
千春さんのタイピングはすごく速い。
あっという間に打ち込むと、検索結果がすぐ表示された。
九条院のおじさんの名前がズラズラ並んでいる。
「どうやら、『九条院家の華麗なる歴史』という本でほとんど引っかかてしまったようですね。やり方を変えてみましょう」
「いや、僕が調べたいのはこの名前なんだ」
千春さんの横からキーボードを叩き、文字修正した。
「はあ、九条院令、って誰ですか、これ?」
「うーんとね……、あっ、親戚かな。そうそう、親戚」
「なるほど、納得です。それにしても紛らわしい名前の親戚がいらっしゃるんですね。今度は変なのが引っかからないように括弧で括ってと……、あっ!」
結果はすぐに出たけど……。
「全然ないね……」
「まあ、珍しい名前ですけど……、それにしても一件もないんですね」
その結果に僕はひどくがっかりした。
珍しい名前だから、何件かでも出てくれば、少しでも手がかりになったかもしれないのに……。
麗ちゃん、いや、九条院令は今どうしているのだろう……。
この世界に果たして存在するのだろうか? それすら不明だ。
「どうされました、お嬢様?」
「あっ、いや……、なんでもないよ。じゃあ、次をお願いね」
「はいっ! その方のお名前は? 早く、早く!」
なんだか、千春さんはノリノリである。
自分の部屋ではいつもこんな感じなのかな?
それはいいとして、次は誰にしよう……。
「お嬢様っ! 早く、早くっ!」
どうして、千春さんは急かすのだろう?
思い出した端から調べれば良いのだけど、何故か思いついたのが──。
「じゃあ、千春さん、しぐまって入れてみて」
「はああ? シグマってどんな字なんですか?」
「あれ、どんな字だったけかな? 顔は思い出すんだけど……」
「シグマなんかで検索しても山ほど出てきますよ、きっと」
「そうだよね……。うーん。じゃあ、ダメ元で、シグマ博士で検索してみてよ」
「シグマはかせですか? はかせは博士でいいんですね。読みはヒロシなんでしょうか? それにしても変な名前……」
変なのは名前だけじゃないんだけどね、とタイピングする千春さんの横で小さく呟く。
そして、出てきた検索結果は──。
「やっぱり、いっぱい出てきましたけど、シグマ博士って変な名前の人はいるものなんですね。どれを開きましょうか?」
「じゃあ、とりあえず一番上のを開いてみてよ」
「はいっ、ポチっとな! あっ、写真が出てますよ、お嬢様」
どうせ、違うだろうと思いつつ画面を見た僕は驚いた。
まさに、あのシグマなのだ。
それにしても、この写真はどう考えてもおかしい。おかしすぎる。
これは、いったい全体どういうことなんだ?




