手がかりはシグマ
画面に表示されているシグマの写真を食い入るように睨んだ。
写真の下には、『所長近影』と書いている。
けど、このシグマの姿は……。
どう見ても、昔のまんまだよね……。
シグマは確か、五十年前の時代に残ったんじゃ?
そのまま歳をとっていれば爺さんになってるか、死んでるはずだ。
写真のシグマは若々しく、ふてぶてしい笑みを浮かべている。
「お嬢様、どうされました? すごく恐い顔をしてますけど。シグマとかいう、お知り合いはこの方で良かったんですか?」
千春さんが、どこかそわそわした感じで、シグマの写真をつつく。
「うーん、そうだと思うんだけど……。ちょっと若すぎる気がするんだ」
僕がそう言うと、千春さんがクスクスと笑った。
「何かおかしいの? 千春さん」
「だって、このホームページはアンチエージングの研究所みたいですよ」
「アンチエージング……?」
「そう、アンチエージングです。要は若さを保つ研究をしている研究所なんですよ。そこの所長が老けてたら、お客さんも来ないじゃないですか」
「えっ、そんな研究してる所なんだ、ここは! それにしても、ひどく若すぎるよ」
「お嬢様は素直ですね。所長の写真が若いのは客引きのためですよ。おそらく、昔の写真でも使ってるんじゃないですか?」
僕はもう一度、ホームページを眺めた。
写真に気を取られて記事を見てなかったが、確かに美容のための研究所のようだ。
『天才博士シグマのシグマ・アンチエージング研究所で永遠の若さを保ちましょう』
などと、たたき文句が仰々しく画面のトップで踊っている。
「本当に若いままでいられるなら、私も試してみたいなあ」
千春さんが呟く。
どうせ、あのシグマのことだ。何か裏があるに違いない。
シグマの機械のせいで二回も記憶を失くしたし、体も麗ちゃんになってしまったし、信用がおけない。
そんな事を悶々と考えていたら、千春さんがすくりと立ち上がった。
「あの〜、お嬢様。私、ちょっと出てきますね。パソコンはご自由に使って構いませんから」
「ああ……、いいけど。お仕事なの?」
「いえいえ、ちょっとしたヤボ用ですから」
ひらひらと手を振りながら、千春さんはそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「千春さん、なんだか様子が変だったけど、トイレにでも行きたかったのかな? それならそうと言えばいいのに」
僕は千春さんが出て行ったドアのほうを見やって呟いた。
いずれにしても僕ひとりになってしまったので、千春さんの椅子に座って、もう一度画面を眺めた。
「あいつ、こんな商売やってるんだ。麗ちゃんのことは、放ったらかしなのかなあ?」
画面を変えると、お客様からの反響などといったコーナーに白々しい美辞麗句が並んでいる。
シグマがニコニコ顔で客と話している写真もある。
この写真のシグマも以前と何ら変化が認められない。
「もしかして、シグマの息子? それにしても、そっくりすぎる。けど、子どもなら変でもないか……」
他のページも見てみたが、美容グッズや化粧品の広告が並んでいるだけだった。
シグマのプロフィールを探したが、全く見当たらない。
「所長の素性が知れないなんて、胡散臭い研究所だなあ」
適当にあちこちクリックしてたら、研究所へのアクセス画面に行き着いた。
地図が付いていたので、横にあるプリンターの電源を入れて、印刷した。
研究所の場所は、ここから割と近い住宅街の中にあるようだ。
「車で行けば、そんなにかからないけど……」
壁に掛かった時計を見ると、午後4時を少し回ったところだった。
他の友だちの検索を続けるか、それともこれからすぐにシグマに会いに行くべきか?
今からだと、帰りは夜になってしまうかもしれない。
でも、もしシグマが事故にでも遭って死んでしまったら、手がかりもなくなるし……。
シグマが他の人たちの事を知っている可能性も高い。
あの写真のシグマが息子だとしても、親である本人の居所は訊けばわかるはずだし。
そう考えると、いても立ってもいられなくなってきた。
印刷した地図をポケットに入れて、ブラウザを閉じると、少年アイドル四人が僕を見て笑っている。
「まあ、言っちゃなんだけど、ジャリタレだよね。千春さんもお子様だなあ」
そう呟きながら、パソコンを落とした。
千春さんはまだ戻ってこないので、僕は部屋を後にした。
廊下を歩いてたら、食堂からテレビの大きな音が聞こえてきた。
開きっぱなしのドアから覗いてみると、千春さんがテレビに夢中だった。
どうやら、あのジャリタレのバラエティ番組をやっているようだ。
それで、そわそわしてたのか。
声をかけてから出かけようか、と考えたけど、かぶりつきで見てるので、書き置きでもしておくことにしよう。
部屋に戻り、着替える。鏡を見ると、昔のままの麗ちゃんが立っていた。
シグマなんかより先に、麗ちゃんに会いたい。
けど、手がかりが全然ないのでどうしようもない。
今はシグマの研究所で手がかりが得られることを祈るばかりだ。
「麗ちゃん、絶対に見つけるよ」
鏡の中の彼女に、約束する。
ドレッサーの上に千春さんへの書き置きを残し、僕は九条院邸を出た。




