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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年後編
70/107

告白とリアクション

 空に突き刺さるような智晶さんの甲高い声に、屋上で食事をしていた他の生徒たちの視線が、僕らに集まった。

 僕は慌ててパンを食べるフリをしたが、智晶さんは気づいていない。


「未来に帰るって──、香ちゃん、あなた本気で言ってるの!?」

 僕は周囲の目を気にしつつ、顎を小さく引いてうなずいた。

「うわ! 本気か! 参ったな!」

 智晶さんは食べかけのメロンパンを放り出し、大袈裟に片手で顔を覆った。

「やっぱり、信じられないですよね? こんな突拍子もない話」

 智晶さんの返事はなかった。

 まだ顔を手で覆ったまま、唸っていたが、次第にそれが笑い声に変わり──、

 駄々をこねる子どもみたいに、足を伸ばしたままバタバタさせ始めた。

 上履きの踵がガシガシ、床のコンクリを叩く。

 もしかして、智晶さん、壊れちゃった?


「あの……、智晶さん?」

「にゃはははははは、香ちゃん、いいわ、あなた。初めて会った時から変な人の予感がしてたんだけどね。ここまでとはね。にゃははは」

 智晶さんの笑いのツボに、僕の告白が見事にはまってしまったようだ。

 智晶さんは笑いっぱなしで、当分は何を言っても無駄っぽいので、僕は床に転がるメロンパンをひとり所在なく眺めた。

 ひとしきり笑うと、智晶さんはやっと僕のほうに顔を向けた。


「で、僕が信じるかって? うーん、そりゃ、タイムマシンなんて本物でも見ない限り信じないよね、普通さ」

 そう言い、智晶さんは下がった目尻の笑い涙を指でぬぐった。

 まあ、それは僕も前は同じ考えだったから、想定していた答えではあるけど、智晶さんてば、笑いすぎ……。

「じゃあ、タイムマシンを呼ぶ時に、智晶さんにも立ち会ってもらいますから、携帯の番号教えてください」

「あれ、もしかしてそれが目的? そんな回りくどいことしなくても、香ちゃんなら、すぐにでも教えたのに」

「違いますよ」

 僕はメモ帳を胸ポケットから出し、智晶さんにペンと一緒に渡した。

 智晶さんはそれを受け取り、ペンを走らせる。


「で、今週か来週なんだっけ?」

「はい、深夜になると思いますけど」

「深夜? わかった。なるべく空けとくから」

 智晶さんはメモ帳を、僕に戻した。

「それにしてもおかしかったなあ。こんなに笑ったの、久しぶりだよ。パンなんか投げ出しちゃったもん」

 智晶さんは立ち上がり、少し離れた場所に転がる食べかけのパンを拾った。


 連絡先を聞き出し、一応目的を達成した僕は、普通に智晶さんと二人の昼食を楽しんだ。

 智晶さんには笑われたけど、自分自身も今回はタイムマシンが来るのかどうか、確たる自信があるわけじゃない。

 まあ、来なければ来ないで、また智晶さんに笑われるだけだろう。

 そう覚悟を決めると、僕は次の相手のリアクションを想像したが、全く予測できなかった。


 ◇◆◇


 午後の授業をぼうっとやり過ごし、放課後になった。

 智晶さんの話だと麗ちゃんは休みだそうだが、うちのクラスは篤が休みだった。

 記憶が戻ってしまった今となっては、学校に通う気もしないのかもしれない。

 施設住まいだから、昼間ずっといるわけにもいかないだろうから、どこかで暇を潰しているのだろう。

 僕は平太に教室で待っててもらい、もう一人の相手に会いに出かけた。

 というより、廊下で待ち伏せをした。


 しばらくすると、綺麗な足取りで彼が歩いてきた。相変わらず、本を読みながら。

 僕はタイミングを見計らい、彼の前に躍り出た。

 完全に正面をふさがれた読書少年の霧原君は、本から視線を外し、僕を見た。

「よお、モカ娘。元気そうで良かったじゃん」

「お陰で助かったよ。ありがとう、教えてくれて」

「ああ、別にいいよ」

 霧原君は頬をポリポリと掻いた。

「ところでさ、話があるんだけど、時間ある?」

「時間はいつでもあるもんだよ。ただ、割ける時間があるかどうかが問題だ」

 霧原君は本の文字を追いながら、ぶっきらぼうに答えた。

「じゃあ、ちょっとそこまで来てくれる?」


 霧原君の腕をつかみ、一階のロビーまで引っ張って降りた。

 霧原君は文句を言うでもなく、本に視線を落としたまま、黙ってついてきた。

 人通りがないのを確認して、僕は本題をいきなり口にした。

「霧原君はタイムマシンの存在を信じる?」

「うん、信じるよ」

 当たり前のように返されてしまった……。

 しかも、僕の顔を見ようともしてない。

「じゃあ、タイムマシンを呼んだら、霧原君は見に来る?」

「うん、行く、行く」

 まったく驚きもせず、相変わらず本を読んだまま……。

「今週か来週になると思うけど、深夜、タイムマシンを呼ぶんだ。その時、連絡するから携帯の番号を教えてよ」

「あそう、09……」

 いきなり番号を言い出したので、僕は慌ててメモ帳を取り出した。

 僕の目的はあっと言う間に達成できてしまった。

 智晶さんと違って反応が薄すぎて、これはこれで拍子抜けした。

 僕は霧原君の顔を下からのぞきこみ、

「じゃあ、電話するから絶対来てよね」と念を押す。

「おう、モカ娘」と口だけで答える霧原君。

「ありがとう。もう行っていいよ」

 霧原君は一つうなずくと、昇降口へまっすぐ歩いていった。

 それを見送り、僕は壁に寄りかかる。


「こんなもんかな。僕の招待客は。意外と少ないな……」

 ちょっと寂しい気がしたが、永遠の別れになるかもしれないので、少ない方がいいか、とすぐに思い直す。


 とにもかくにも、あとは麗ちゃん待ちだ。

 今晩、麗ちゃんの携帯に電話してみよう。

 そう決めた僕は、平太が待つ教室へ急いだ。

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