告白とリアクション
空に突き刺さるような智晶さんの甲高い声に、屋上で食事をしていた他の生徒たちの視線が、僕らに集まった。
僕は慌ててパンを食べるフリをしたが、智晶さんは気づいていない。
「未来に帰るって──、香ちゃん、あなた本気で言ってるの!?」
僕は周囲の目を気にしつつ、顎を小さく引いてうなずいた。
「うわ! 本気か! 参ったな!」
智晶さんは食べかけのメロンパンを放り出し、大袈裟に片手で顔を覆った。
「やっぱり、信じられないですよね? こんな突拍子もない話」
智晶さんの返事はなかった。
まだ顔を手で覆ったまま、唸っていたが、次第にそれが笑い声に変わり──、
駄々をこねる子どもみたいに、足を伸ばしたままバタバタさせ始めた。
上履きの踵がガシガシ、床のコンクリを叩く。
もしかして、智晶さん、壊れちゃった?
「あの……、智晶さん?」
「にゃはははははは、香ちゃん、いいわ、あなた。初めて会った時から変な人の予感がしてたんだけどね。ここまでとはね。にゃははは」
智晶さんの笑いのツボに、僕の告白が見事にはまってしまったようだ。
智晶さんは笑いっぱなしで、当分は何を言っても無駄っぽいので、僕は床に転がるメロンパンをひとり所在なく眺めた。
ひとしきり笑うと、智晶さんはやっと僕のほうに顔を向けた。
「で、僕が信じるかって? うーん、そりゃ、タイムマシンなんて本物でも見ない限り信じないよね、普通さ」
そう言い、智晶さんは下がった目尻の笑い涙を指でぬぐった。
まあ、それは僕も前は同じ考えだったから、想定していた答えではあるけど、智晶さんてば、笑いすぎ……。
「じゃあ、タイムマシンを呼ぶ時に、智晶さんにも立ち会ってもらいますから、携帯の番号教えてください」
「あれ、もしかしてそれが目的? そんな回りくどいことしなくても、香ちゃんなら、すぐにでも教えたのに」
「違いますよ」
僕はメモ帳を胸ポケットから出し、智晶さんにペンと一緒に渡した。
智晶さんはそれを受け取り、ペンを走らせる。
「で、今週か来週なんだっけ?」
「はい、深夜になると思いますけど」
「深夜? わかった。なるべく空けとくから」
智晶さんはメモ帳を、僕に戻した。
「それにしてもおかしかったなあ。こんなに笑ったの、久しぶりだよ。パンなんか投げ出しちゃったもん」
智晶さんは立ち上がり、少し離れた場所に転がる食べかけのパンを拾った。
連絡先を聞き出し、一応目的を達成した僕は、普通に智晶さんと二人の昼食を楽しんだ。
智晶さんには笑われたけど、自分自身も今回はタイムマシンが来るのかどうか、確たる自信があるわけじゃない。
まあ、来なければ来ないで、また智晶さんに笑われるだけだろう。
そう覚悟を決めると、僕は次の相手のリアクションを想像したが、全く予測できなかった。
◇◆◇
午後の授業をぼうっとやり過ごし、放課後になった。
智晶さんの話だと麗ちゃんは休みだそうだが、うちのクラスは篤が休みだった。
記憶が戻ってしまった今となっては、学校に通う気もしないのかもしれない。
施設住まいだから、昼間ずっといるわけにもいかないだろうから、どこかで暇を潰しているのだろう。
僕は平太に教室で待っててもらい、もう一人の相手に会いに出かけた。
というより、廊下で待ち伏せをした。
しばらくすると、綺麗な足取りで彼が歩いてきた。相変わらず、本を読みながら。
僕はタイミングを見計らい、彼の前に躍り出た。
完全に正面をふさがれた読書少年の霧原君は、本から視線を外し、僕を見た。
「よお、モカ娘。元気そうで良かったじゃん」
「お陰で助かったよ。ありがとう、教えてくれて」
「ああ、別にいいよ」
霧原君は頬をポリポリと掻いた。
「ところでさ、話があるんだけど、時間ある?」
「時間はいつでもあるもんだよ。ただ、割ける時間があるかどうかが問題だ」
霧原君は本の文字を追いながら、ぶっきらぼうに答えた。
「じゃあ、ちょっとそこまで来てくれる?」
霧原君の腕をつかみ、一階のロビーまで引っ張って降りた。
霧原君は文句を言うでもなく、本に視線を落としたまま、黙ってついてきた。
人通りがないのを確認して、僕は本題をいきなり口にした。
「霧原君はタイムマシンの存在を信じる?」
「うん、信じるよ」
当たり前のように返されてしまった……。
しかも、僕の顔を見ようともしてない。
「じゃあ、タイムマシンを呼んだら、霧原君は見に来る?」
「うん、行く、行く」
まったく驚きもせず、相変わらず本を読んだまま……。
「今週か来週になると思うけど、深夜、タイムマシンを呼ぶんだ。その時、連絡するから携帯の番号を教えてよ」
「あそう、09……」
いきなり番号を言い出したので、僕は慌ててメモ帳を取り出した。
僕の目的はあっと言う間に達成できてしまった。
智晶さんと違って反応が薄すぎて、これはこれで拍子抜けした。
僕は霧原君の顔を下からのぞきこみ、
「じゃあ、電話するから絶対来てよね」と念を押す。
「おう、モカ娘」と口だけで答える霧原君。
「ありがとう。もう行っていいよ」
霧原君は一つうなずくと、昇降口へまっすぐ歩いていった。
それを見送り、僕は壁に寄りかかる。
「こんなもんかな。僕の招待客は。意外と少ないな……」
ちょっと寂しい気がしたが、永遠の別れになるかもしれないので、少ない方がいいか、とすぐに思い直す。
とにもかくにも、あとは麗ちゃん待ちだ。
今晩、麗ちゃんの携帯に電話してみよう。
そう決めた僕は、平太が待つ教室へ急いだ。




