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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年前編
48/107

前夜

 夜、家に戻ったが、凪沙さんに叱られたこともあり、僕は部屋にとじこもり、ひとりへこんでいた。

 それに加え、また言葉を気にしながら話さないといけないので、あまり喋る気にもなれない。

 九条院さんと五両君に、冴島さんと会うことを伝えないといけないけど、電話はこの部屋にはない。

 部屋を出て、電話を使うと凪沙さんに会話を聞かれてしまうし。

 携帯電話があればなあ、と初めて思ったが──。

 良く考えたら二人の電話番号を、僕は知らなかった。


 五両君は転校生なので、クラスの連絡簿にもまだ載っていない。

 九条院さんはこっちの電話番号を知っているが、僕は向こうのを聞いてなかった。

 いずれにしても夜も遅いし、五両君は施設だ。今から電話は不謹慎だろう。

 こんなことを悶々と考えるのも、内心は誰かと話したいのかもしれない。

 そんな時、ドアがノックされた。


 平太だろうと思った。

 案の定、ドアの向こうから彼の声がした。

 僕はドアを開け、平太を部屋に入れた。

 平太は風呂上がりで、タオルを肩にかけていた。

「私に何の用?」と訊いたら、平太は苦笑いした。

「俺には普通に話していいぞ。母ちゃんには言わないからさ」

「うん、わかった」

 僕が小さくうなずくと、平太は床に胡座あぐらをかいた。


「お前さ、今日の……冴島さんだっけ? あの人の話、どう思う?」

「おばさんがすぐに帰しちゃったから、良くわからないけど……。今度こそ、何かわかるんじゃないかな、とは思うよ」

「そうか。そうだよな。お前の実家が興信所を通してお前を捜してる、というのももっともらしい話だもんな」

「けど、僕が保護されてからもうすぐ一年だよ。そんなに時間がかかるものなのかな?」

 平太は腕組みして、

「手がかりがなければ、結構かかるんじゃないかな? 俺はむしろ、どうやって見つけたのかを知りたいな」と言った。

「僕より先に、冴島さんは五両君を見つけたみたいなんだ。それで五両君を尾行していて、僕も見つけたみたい」

 僕のこの言葉は正確にいえば推論だ。冴島さんがサングラスの男だった場合に限る。


 平太は少し驚いたようだった。

「敦とお前にやっぱり何か関係があるのかな?」と呟く。

「それと九条院さんも」

「九条院さんも?」

「うん、冴島さんは彼も捜しているみたい」

「じゃあ、敦から芋づる式に発見したってことになるな。運がいいな。冴島さんは」

 平太はポンと膝を打った。


「僕の家がわかれば、ここともお別れか……」

 僕は部屋を見回した。物こそ少ないが、住み心地の良い部屋だった。

 気が早いかもしれないが、ここを離れるのも淋しい気がする。

「俺も淋しいけど、いつでも会えるぜ」

 平太が僕の肩を叩く。

「そういえば、記憶が少しだけ戻った九条院さんが、僕の家は品川区だって言ってたよ!」

「おい、本当か? じゃあ、同じ区じゃん」

 平太が破顔した。

 同じ区なら学校もそのままでいいし、僕もとても嬉しい。


「だけど……」

「香、どうした?」

「このままじゃ実家に戻っても、僕、記憶がないままかもしれない」

「だけどさ、家族と会ってれば、そのうち記憶も戻るぜ」

「そうかなあ?」

「そうだよ」

 平太が僕を見て無言でうなずく。

 その顔を見ていたら、僕の不安も少し薄らいできた。

「ありがとう、平太」と頭を下げた。

「な、何……言ってるんだよ、お前」

 平太は照れ臭そうに鼻を掻いた。


「僕は運が良かったよ。保護されたのが、この家で」

「母ちゃんはハズレだったかもしれないけどな」

「いや、とんでもない。おばさんが厳しいお陰で、僕は色々気兼ねしなくても良かったし」

「まあ、香はうちの家族みたいなもんだ。今後もな」

 平太はまた鼻を掻いた。

 僕はその顔を見て、自然と笑顔になれた。

 互いに離れても、仁科家は僕の家族のようなもの。

 僕もそう思っている。


「じゃあ、俺、部屋に戻って宿題をやるよ」

「うん、おやすみ、平太」

「ああ、おやすみ」

 平太は片手を挙げ、出ていった。


 また、ひとりぼっちになった自分の部屋。

 宿題は僕もやっていないが、今日はやる気になれない。

 さぼって先生に怒られるのも、最近慣れてきてしまった。

 僕は布団を敷き、その上にゴロリと寝転んだ。

 明日は凪沙さんから、五両君を連れて来るように言われている。

 冴島さんの件は、九条院さんを呼び出すのに好都合だ。

 五両君は九条院さんを何故か気に入ってるようだから、店に彼を呼び出す丁度良い理由にもなる。

 三人で集まって、それから冴島さんに連絡をする。

 僕たち三人の新しいスタートはそこからだ。

 五両君は凪沙さんから、少し怒られるかもしれないけど。

 まあ、それも自業自得だし、仕方ないかもね。


 でも、明日、九条院さんの都合が付かなければ、どうしよう?


 ……。


 その時は、冴島さんに延期の連絡をすればいいだけか。

 とにかく、明日は朝一で九条院さんのクラスに押しかけよう。

 九条院さんをつかまえないと、五両君を店に呼びにくいし……。


 あれこれ明日のことを考えていたら、あくびが出た。

 眠くなったかもしれない。


 立ち上がり、部屋の電気を消し、布団に潜りこむ。

 すっかり体に馴染んだ布団の温もりを感じながら──、

 明日は僕たちに良いことがありますように。

 そう祈り、僕は眠りについた。

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