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九条院家の存亡(旧バージョン)  作者: 天川一三
2011年前編
20/107

変な転校生

 翌朝、平太と一緒に学校に向かった。

 朝の仁科家では、交わしたのは挨拶くらいで、特にしゃべり方を無理に変えるような会話もなく、いつもどおりだった。

 凪沙さんが、なんとなく僕の行動を監視しているような気がしたけど。


「香さ、学校でも男言葉でしゃべるのか?」

 横を歩く平太が声をかけてきた。

「うん。そのつもりだよ」

「去年は記憶喪失で一時的に頭がどうかなっちゃった、ってことでみんな納得してたけど、今度は大丈夫かな?」

「また、僕の頭がおかしくなった、って思われるかもね」

「いいのか? それで」

 平太が不安げに僕を見下ろす。


 僕は平太に向き直り、笑う。

「これが本来の僕だからね。随分と気が楽になったよ。本当は制服も男子のを着たいくらいさ」

 平太は苦い物を噛みつぶしたように嫌そうな顔をした。

「げっ、それだけはマジ、やめてくれ」

 ふふふ、と彼に微笑みながら、後ろ手にカバンを持ち、数歩バックステップで歩いた。


 そこへ「危ない!」と平太の声が飛ぶ。

 えっ、と思った時には、どんと肩に衝撃──、と同時に「あ、痛!」と誰かが声を上げた。

 慌てて振り返ると、制服姿の男子がつんのめって、歩道に転んでいた。

 制服はうちの高校の詰め襟でなく、紺のブレザーだった。


 その男子生徒は膝をさすりながら立ち上がり、凄い形相で僕の肩を突いてきた。

「気をつけろ! どこに目を付けてんだ!」

 よろけそうになるのを踏みとどまり、その男子を見る。

 どことなくあどけない顔つきの、僕より少しだけ背の高い男子だった。

 吠え猛る犬のような凶暴な形相が、その顔にどこか不釣り合いな気がした。


「ごめんなさい!」

 慌てて頭を下げて謝った。

「ほんと、朝っぱらから災難だぜ」

 男子はまだ憎々しげにぼやいていたが、僕が顔を上げると、

「おっ、お前、良く見るとなかなか可愛いじゃん」と珍しい物でも見つけたように表情がころりと変わった。

「謝ったし、もう行こう」平太が僕の手を引いて、早足で歩き始める。

 僕は小走りで彼に従う。

 その後を、男子がまたついてきた。


「お前、御殿山ごてんやま高校の生徒だろ。俺も今日から、そこに転入なんだ。名前教えろよ」

「無視だよ。無視。後ろ見んな」と平太が囁く。

 僕は平太の言うがまま、うつむくようにして、男子のほうを見ないようにした。

 それでも、その男子はしつこく僕につきまとった。

「お! 無視かよ。まあ、いいや。ぜってー、クラスと名前つきとめるからよ」

 なんて、ねちっこいんだ、と僕が思っていると、平太が立ち止まり、

「しつこいぞ、お前! 朝からうざいんだよ」と正面切って、男子に言った。

「なんだ! お前こそよ!」と男子は平太の胸ぐらを掴む。


 二人は数秒ほど睨み合った。

 が、男子はすぐに手を放し、「まあ、いいか。今日は俺の記念すべき転校初日だしな」と片眉を上げ、大袈裟に肩をすくめた。

 見ていてそれは、どこか板についてない演技のようでぎこちなかった。

 平太は男子をまだ睨んでいたが、僕の前で喧嘩をするのをためらわれたのか、掴まれた胸もとをはらい、また僕の手を引いて歩き始めた。

 今度は男子はつきまとってこなかった。ズボンのポケットに両手を突っこんで、後ろからじっと僕たちを見ていた。

 なんか気味の悪い男子だ、と思ったが、なんとなく心に引っかかるものを感じた。


 あの顔──、どこかで見たことがあるような気がする。


 思い出そうとしたが、そうするにも、ちょっと前まで記憶喪失だった身だ。

 僕はすぐにあきらめた。


「いやな野郎が転校してきたな」

 平太が忌々しげにつぶやく。

「そ、そうだね」と生返事で答える僕。

「いいか、関わり合いになるなよ」

「うん。注意するよ」

 なんだか、また災難が一つ増えたような気がする。

 朝からちょっとだけ憂鬱になってきた。


 何か冷たいものが、手の甲に触れたような気がして、空を見上げた。

 灰色の空から落ちてくるしずくが、僕の額をぽつぽつと濡らす。


「いけね! 降りだした。急ごう」と平太が強く手を引く。

 僕と平太は走って校門へと向かった。


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