第七話・真実を悟る者 Ⅱ
品の良い調度品で整えられた応接室で、エリーサとプリシラは向かい合っていた。
互いの前には、紅茶が置かれている。真っ青になった受付の女性が持って来た。退室する際、プリシラが口外禁止をきつく言いつけていた。
「ご用件を、お伺いしてもよろしいでしょうか」
硬い声音で、強張ったままの表情で告げるプリシラに、エリーサは笑みを浮かべた。
「その前に、聞きたい」
無言で、プリシラは先を促した。
「何故、私のことに気付いた?」
「…とあるつてにより、王族の方々に関する情報はいただいております。外見的に皆様特徴がおありですし、その中で紫色の瞳を持たれておられる王族女性は貴方だけです」
「それで、どうして王族につながるんだ?」
「ご存じないのですか?」
「?何がだ?」
「…紫の瞳は、ルノワレス王家の特徴とされております」
「は?」
「黒い瞳や藍色の瞳は市井に見られますが、紫の瞳は王族もしくは王族関連の高位貴族にしか確認されておらず、他国を見ても珍しい色ですので……」
プリシラの語尾が小さくなっていく。エリーサが呆然としたように瞳を丸くした後、顔を覆ってうなだれているのを見たからだ。
「知らなかった……」
「そのようですね」
「誰でも知っていることなのか?それは」
「いえ、市井においては不要な情報ですし、貴族の方々にとっては当然のことですから、わざわざ口にすることでもないので特に広まっているわけではありません。各国の王侯貴族、国内では王族に関わる者くらいです」
わざわざ流布する情報でもない、と締めくくられて思わずホッとする。
特に気にせず、サイハラでは出歩いていたし、シュヴスでは城に入るまでは普通の旅人同じようにしていた。エリーサの瞳を見た人間は不特定多数に上る。
その不特定多数の中に、王族に関わるほどに身分や地位が高く特権を持つ人間はまずいないだろう。
安堵しているエリーサを見て、プリシラはちょっと困惑した。
王族の特徴など、王族本人が知っていないなどありえないだろう。と、プリシラは思う。
だが、王族にとっては当然のことであるし、王子達は母親譲りの瞳をしているから、特に色を気にしなかったのかもしれない。王子の中では、第四王子ファルドスだけが紫の瞳をしている。
家族(といっても異母兄)の中で一人しか同じ色の瞳の者がおらず、母親がそれぞれ違うのだから、瞳の色に頓着しなかったのだろう。
プリシラは自己完結して、初めて知った情報にため息をついて見切りをつけたエリーサを見る。
感情を抑え込んだ瞳で見つめてくるプリシラに、エリーサは自嘲する。
(初めから情けないところを見せてしまうとは……)
しかも、無知、ととられてもおかしくない反応をしてしまった。
思わずため息をつきかけて、そもそもの目的を思い出す。
「ありがとう。疑問は解決した」
「…それは良かったです」
律儀に頭を下げるエリーサに、プリシラは一瞬詰まる。
王族が一介の商人に頭を下げることなど、前代未聞である。だが、今はそれは問題にすべきではないので、言葉にならないもどかしい違和感を無理やりに飲み込む。
「用件は、単純なんだ」
エリーサの声が、さっきまでの緩んだ空気とは違う、緊張をはらんだものになった。それに、プリシラはすっと背筋を伸ばす。
「今の、シュヴスで行われている行政と商業について、現場で働いている者の目で見たことを知りたい。ただこれだけだ」
「どうして、自らお越しになられたのです?」
「今、あることを多方面から見極めなくてはならない状況にある。だから、行政から、司法から、そして、民の視点からの意見を聞きたい。上にいたら、見えないから。報告だけでは見えない。ちゃんと、自分の目で耳で知らないと、意味がないだろう」
ゆるやかに、漂っていた緊張が部屋を包む。
「自分で動かなくては、何も始まらない」
すぅ、と深く息を吸ってプリシラは腹に力を込める。
今、目の前にしているのは新米領主とかではなく、一人の政治家だと認識した。
「貴方と縁が深い、ライアン=ザウから話を聞いて、情報を得るならばここだと考えた。教えてほしい。私は、真実を知りたい」
「……真実は、一つとは限りません」
「そうだな。真実は、一人一人に存在する。私の真実と貴方の真実は違うだろう。だが、互いの真実を知ることは互いの理解につながる。そして、理解の先には客観視した『事実』が見えるはずだ」
一拍の間。
「貴方は商人だ。誰よりも、客観視して行動できる。だからこそ、貴方は『現実』を知っているはずだ。自分自身の真実だけではなく、客観視した事実だけではなく、全てを総合した結果に見えてくる『現実』を」
無意識に、強張っていた肩を下ろす。プリシラは、フゥ、と息をつく。
「だから、貴方の真実を、貴方が見た『現実』を、教えてほしい。聞かせてほしい」
「……私の声でよろしければ……」
初めて、プリシラの強張った顔に笑みが浮かぶ。
膝の上に置いた手を、固く握りしめる。
信頼する者を介して得た縁を、今、二人は最大限に活用しようと思った。