第八話・真実を悟る者 Ⅲ
「ドナルド=バウズ様が代官になられた十年前、それ以前の代官は良くも悪くもない平凡な官吏でいらっしゃいました」
平凡といえど、直轄地の代官をしていただけあって、有能ではあっただろう。
「商人同士が潰しあうのはよくあることです。政治や司法が介入しないのも当然で、それについては私達はとくに重要視しておりません」
敵対している存在を追い落して、自分が優位にあろうとするのは商人の世界だけではなく、すべてに共通していることだ。
「私達も、ザウ農場を潰されたのには怒りを抱きましたが、致し方のないことだと思いました。ですが、その後が問題だったのです」
チェスティア家だけのことではない。
今、モーリス商団がどうしても潰したがっているから集中攻撃をくらっているだけで、チェスティア家が潰れればその矛先は他へと向くだろう。
第二、第三のザウ家やチェスティア家が出てくる。いや、すでに出ている。
「バウズ様が代官になられてから二年後、今から八年前に申請制度ができました。ですが、その二年の間にモーリス商団は私達チェスティア商店の顧客を根こそぎさらっていったのです」
八年前、顧客を失い、今のように寂しい空気を漂わせるようになった。
まだ七歳だったプリシラは、去っていく従業員を見送る父の背中を見ているしかできなかった。
「…私達にはまだつてが残っておりましたし、援助してくださる方はいました。ですから、わざわざ訴え出ようとは思いませんでした。でも、援助してくださった方がことごとく同じように顧客を取られたり農場を潰されたり、契約を奪われたりしたのです」
「……制度は…」
「申請はされたそうですが、すべて却下されました。何度か申請を出してもすべて却下され、父が援助を断り、モーリス商団に加盟するように勧めました」
エリーサの眉間にしわが寄る。プリシラの表情も、不快気に歪む。
「幾度かの説得の結果、彼らはモーリス商団に加盟しました。ですが、その数年後、彼らは徐々に吸収されて商家として成り立たなくなりました。今ではモーリス商団の下働きのような立ち位置に置かれています」
プリシラは悔しそうに歯噛みする。
苦境を助けようとしてくれた人達が、今、苦境にあるというのにチェスティア家にはそれを助けるための力がない。そのことが、悔しかった。
「そういった商家が増え、多くの商会や商団がモーリス商団と提携することで何とか体裁を保っているのが実情です」
「商人同士の競争、というのではもう片付けられないだろう。独裁者と一緒だ」
「はい。それを訴えた方もいらっしゃいます。ですが、聞き流されてしまい、現状は変わっておりません」
怒りを抑えるように、深呼吸を繰り返す。
「今では、訴えの時点ではねのけられます。司法もそう言った訴状は上にあげなくなっているようです」
「そうか……」
窓口からして排除しているのでは、官吏であるイウリアが知らなくても無理はない。
「ここ三年ほどは、シュヴス内の商業はモーリス商団によって独占されている状況にあります。結果、モーリス商団が基準としている値段や取引中心になっておりますので、物価が高騰し続けているんです」
「提携している商会や商団でも?」
「はい。ですが、あくまで提携であって加盟ではないので、何とかギリギリの値段で売買しているようですが、領外の業者に疎まれ始めておりますので……」
「つまり、領外に売る時も高い値段をつけているのか」
「…そのため、領外から買い付けに来る業者がかつてより二割ほど減りました」
「二割、とはよっぽどだな…」
「ええ。何しろ、通常の取引価格の一.五倍が底値ですので」
「それ以上になる事はあっても以下になる事はないわけか。なら、敬遠するだろうな」
「はい」
領外の商人が出入りしないのなら、領内で消費するしかないが、シュヴスの特産は絹織物だ。日常的に消費できるほど安価な物ではない。必然、経営状態が悪化してしまうことになる。
エリーサは、ここに来るまでに歩いた街中を思い出そうとして、断念する。
護衛としてつけられた兵をまくのに集中しすぎて、街の様子にまで気を配っていられなかった。
「領外へは、陸伝いか?シュヴスにも港があるだろう?」
シュヴスは王直轄地だったため、国外からの船も受け入れられる港が整備されている。貴族領では、国外とのやり取りはできない。直轄地の港を介さなくてはならない。
隣のサイハラも良港を持つが、国外との通商はシュヴスを通じて行っている。
「国内では陸伝いです。港は南方諸島自治領とアルマディア大公国との通商が主です。後は漁業やサイハラ、他領との通商ですが、八割が自治領を含めた国外通商ですね」
「その通商事態は?」
「さすがに、通商は国策ですのでモーリス商団の一存では何もできません」
「ま、だろうな」
「ですが、領内に限ったこととはいえ、深刻な事態を招きかねません。実際、首をつった家族もおりますし、孤児も増えております。私達が経営している孤児院も、そろそろ手狭になる頃で……」
「…慈善事業には、政府からの助成金が下りるはずだが」
「私達には下りた事はありません」
「他の商会などは?」
「下りているようですね」
一拍の間。
二人はそろって大きなため息をついた。
あまりにもわかりやすすぎる現実に、吐き気がする。
「客観的に見れば、商人と官吏の癒着はどこでもあることです。商人同士の諍い、価格争い、争いの激化による孤児の増加なども、です。一つ一つのことならば、取り立てて騒ぐことではありません。商業ギルドや行政がそれぞれに対策をすればいいことですし、時間による解決も得られます」
外から冷静に見れば、一つ一つはよくあることだ。
「ですが、全てが一度に始まり、悪化の一途をたどりながら鎮まる様子を見せません。すでに行政が出向くべき事態に発展しています。なのに、放置され続けている。仮にも、国内で最も富裕とされる直轄地だったこのシュヴスが、です」
一見するだけでは分からない整備不良の街や街道。
悪化する商業。
「今では、領主を迎えて直轄地ではなくなったとはいえ、新たな領主は王女殿下でいらっしゃいます。そこで行われる腐敗や不正は不敬を問われても言い訳できません」
なのに、それが蔓延し、さらに広がっていこうとしている。
「プリシラ=チェスティア」
エリーサの呼びかけに、プリシラは視線でもって答える。
「貴方が見た現実は、全ての元凶を『何』だと判断している?」
問いかけに、プリシラは一度瞼を閉じて深く息を吸う。
再び開いた視界の先に、まっすぐな視線を向けてくるエリーサを認めて不敵な笑みを浮かべる。
怒りも憎悪も何もかもを乗せて、モーリス商団やギルドなんかよりもよっぽど腹立たしい存在の名を、音として発する。
「ドナルド=バウズ様です」
きっぱりと言い切った声に、エリーサは笑みを浮かべた。




