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第41話 夏の季語

リリィ・アンダーソンその17


「お邪魔します」


 翔太が誰もいない吹き抜けの玄関ホールに向かって、大きな声で挨拶をした。

 しっかりとしたその声は、ホールに響き渡った。


「どうぞー、入って入ってー」


 よりこは、浮かれた様子で私達を奥へ誘う。


 私達は当初の予定通り、よりこに連れられて彼女の家に遊びに来ていた。

 私にとって日本で初めての女の子の家にのお呼ばれで、実は緊張していた。しかもお弁当の代償に、彼女が未だ内緒にしている目的不明のお願いにも不安を感じていた。


「よりこの家でっかいわねぇ……」


 しかし、それらの事が小さな事の様に感じられるくらい、私はよりこの家でかいって事に圧倒されていたのだった。

 リビングへにでも案内しようとしていたよりこは、私がこの大きな玄関ホールを仰ぎ見てため息を吐いたのを見て、立ち止まり、嫌味でも何でもなく、不思議そうにこう言った。


「そう、かな? でもリリィちゃんの住んでたアメリカの家はもっと大きい家とかあるでしょ?」

「まあ、そう、ね」


 あるんじゃないすかね。田舎とかビバリーヒルズとかには、テレビとか映画では見たわ。

 けど少なくとも私の友達の所は皆アパートだったり普通の家だったから良く知らない、近所にそれなりに大きな家もあったんだろうけど当時は気にした事も無かったわ。

 確かによりこの言うとおり欧米とかじゃ当たり前の家の広さなのかも知れない。

 でもここって日本だし、こんな家、芸能人のお宅拝見とかでしか見た事無いよ。

 そっかぁ、よりこって金持ちのお嬢だったんだ……裕一もお坊ちゃんって事なのね。御曹司とかいう噂もあながち間違ってなかったのかも。


「プールは? プールある?」

「やだー、ある訳ないよ」

「そ、そうなんだ……」


 やっぱり無いか……そういや来る時に見たけど無かったもんね。


 翔太は優しい微笑みを浮かべながら、プールが無い事にがっかりする私の頭を撫でてくれた。

 私は我に返ってちょっとはしゃぎ過ぎてしまったと思い、少し恥ずかしくなってしまった。


「確かによりちゃんの家ってかなり大きいもんね。僕も小さい時羨ましかったもん」

「え? そう? じゃ、じゃあうちに住む? 部屋もいくつか余ってるし……」

「へえー凄いわね」

「あはは、やだなぁよりちゃんたら」


 よりこの無茶な誘いを冗談と受け止めて一蹴する翔太。


 けど翔太……よりこの事だから多分それ本気だわ。

 でも部屋が余るとかすげー。


「……っ! ううん、待って! 余ってない! 余ってなかったよ、ごめんね勘違いしてた私。じゃあ翔ちゃんは私の部屋に住めばいいよ、それがいいよ!」

「いや、あの……よりちゃん?」

「ね? そうしよ!?」」

「よりこ、そこじゃないから」

「でも本当に部屋は余って無いから、いつでも住めるから……」


 思いつきで言った癖に諦めが悪い。

 僅かでも隙有らばぐいぐいくる所は流石だけど必死過ぎてちょっと怖い。

 しかし相変わらずのトンチンカン、残念ながら会話になってねえわ。

 そうして私がそんないつものよりこに呆れていると、奥の方から人の気配がした。


「あら~、いらっしゃーい」


 女の人の声がした。

 現れたのは年上の女性と男性の二人組みに、中学生くらいの女の子と、それから私の知っている男、裕一だった。

 あれ? 裕一今日のバイトは?


「あ、おばさん、おじさんも。お久しぶりです」


 背筋をぴしっと真っ直ぐにしてから、綺麗なお辞儀をした翔太。

 私もそれに習っておずおずとお辞儀をする。


 そうかこの二人。


「初めましてリリィちゃん。私がよりこの母です」

「父ですよろしく」

「ど、ども……」


 やっぱりよりこのパパとママだ。


「お久しぶりね~、翔太ちゃん。少し見ない内に益々格好良くなっちゃって~」

「いえ、あの……そんな事は無いです」

「またまた、よりこもヤキモキしてたんだよ。翔太君が格好良いから他のが放って置かないんじゃないかってね」

「いえ、その……」

「もうお父さんたら~恥ずかしいじゃない、やめてよ~」


 恥ずかしい等と言いつつ、よりこはとても嬉しそうだ。

 それに比べて翔太は顔を真っ赤にして、尚且つ何だか申し訳なさそうに頭を掻いている。


 それ以上やめたげて! 翔太が恥ずかしそうで……溶けちゃう、夏場冷蔵庫に入れ忘れたバターみたいになっちゃうよ!

 大体、翔太が格好良いとかどの口が言うのか。

 だってこいつら皆綺麗過ぎだ。

 流石はよりこの家族。マジ半端ねっす。

 裕一はもう知っていたけれど、やっぱり無茶苦茶格好良いし、パパとママは多分40歳くらいだろうけど、そんな年齢感じさせないくらい格好良いし美人だ。それにこの女の子、よりこにそっくりだし、よりこに比べると背も大分低いし年下に見えるからきっと妹だろう。

 それにしても……この母娘……おっぱいでか過ぎじゃね? 妹ちゃんもよりこ程では無いが大きい。ロリと巨乳のコラボレーション……これってロリ巨乳って奴じゃね? 勝ち組じゃん。しかもスタイル抜群。思わず歯軋りしてしまいそうなくらいのプロポーションだ。トランジスタバディーってレベルじゃねえぞっ!

 しかも皆、不思議な事に余所行きの格好ですげぇ決まってる。私も翔太も多少ましに見える格好で来たつもりだったけど、この人達に比べればパジャマで来たも同然のラフさだ。

 この状況、例えると私たちはさながらエルフの森に迷い込んだゲームに出てくる敵モンスターといった所で、翔太がオークで私がゴブリンとかだ。

 それかもしくは、豪華絢爛なお城に迷い込んでしまった農民夫婦でも良い。

 王様達は何故だか歓迎してくれるけど、貧相な格好をした私達にはこの煌びやかなお城には相応しくないって思う。

……うぅ、劣等感がやべぇ、もし翔太と一緒じゃなかったら裸足で逃げ出してるわ、絶対。

 しかしまあ、なるほどね、よぉくわかったわ。

 つまりあれよね。この親にしてよりこ有りって事よね。

 よりこの目がイカれてるのは何も彼女だけのせいでは無かったって事よね。

 納得したわ。

 あれ? でも、親子そっくりって何だか違和感ある……何だっけ?


「あら~、それにしても可愛いわねぇ~、聞いてた以上だわ~」

「いやぁ本当だね母さん。こんな可愛い子が私の娘になるなんて……なるほど、流石は翔太君と言った所か……」

「えっと……」


 すんごく嬉しそうなよりこママに、顎に手をやり感心したように言ったよりこパパ。


 一体何が流石なんだってばよ。


 褒められた翔太も何が何やらという風で、頬ををポリポリと掻いている。


「そうだよな。流石はお兄ちゃん! 他人が出来ない事を平気でやってのける、そこに痺れる憧れるよな」


 あれ? 今誰が「お兄ちゃん」って言ったの?


「裕一君……もしかしてその台詞って……」

「あっ、わかりますか? 勉強したんです。その……お兄ちゃんが好き……だって聞いたから」


 裕一は彼らしからぬ謙虚というか健気というかなんかそんな気持ち悪い感じで、何故だか頬を赤く染めて最後の方は蚊が鳴く様な小さな声で言った。


 あ、うん、わかってる。喋ってんの裕一よね、声でわかってた。てか私の目の前で話してるから。だけどあまりの事にびっくりして頭が付いてかなかっただけ。


「ところで。お兄ちゃんお久しぶりです。また逢えましたね」


 裕一は本当に嬉しそうにそう言うと、バイト先でも見せた事の無い様な綺麗なお辞儀をした。

 翔太はそれに答えてうんと頷き、軽く手を上げる。


 何だろう翔太、凄く慣れた感じだ。


「うん、けどこの間会ったばかりじゃないか」

「この間って……二週間も前じゃ無いですか、俺寂しかったですよ」


 寂しかったって……なんだそれ。

 いやそれよりも。


「え? 会ってたの? ていうか仲いいの?」

「翔ちゃん? 会ったの? 祐ちゃんと?」

「うん、朝学校行く時偶に一緒になるんだ」


 ええと、そんなの初耳なんですが……。


「でもお兄ちゃんたらお寝坊さんだから、本当偶に、だけですよね?」

「もう、裕一君ったら……本当の事言わないでよ」

「あっ、ごめん。だけど、僕だって毎日一緒に学校行きたいんだからね。言いたくもなるよ」

「もう、そんな事言っちゃってぇ、何も出ないぞぉ」


 翔太はそう言いながら裕一の頭をワシワシと力強く撫でた。

 折角今風に格好良くセットされた髪が無茶苦茶になっちゃったけど、裕一は嬉しそうにされるがままになっている。


……いやもう、何から突っ込んでいいのか、皆目見当がつかないわ。

 でも一言だけ言うと、裕一気持ち悪い。きもいじゃなくて気持ち悪いよ。

 何だよ「僕」って、しかもあんたの敬語初めて聞いたわ。

 それぐらいの敬語でいいから、バイトの先輩に使いなさいよ。何翔太みたいな奴に使ってんのよ。


「あらあら、裕一は本当翔太ちゃんが好きなんだから、うふふ」

「そうだね、でもいつまでも甘えたさんじゃ駄目だからな」

「ちっ、何だよ父ちゃん。別に良いだろ? だってお兄ちゃんは俺のお義兄にいちゃんになる訳なんだしさ、弟がお兄ちゃんに甘えて何が悪いんだよ」

「ほぇ?」


 私はビックリしてつい間抜けな声を上げてしまった。


 何で、あんたはよりこが好きなんじゃないの。なのに、何嬉しそうに義弟になるって言っちゃってんのよ!


 翔太も口を開けて驚きの表情を見せている。翔太の場合はどうしてそれを知っているのかといったところだろうか。


「え?」


 するとよりこもこちらを見て驚きの声を上げた。そうだ、よりこはこちらを見た。


 何で私を見るの?


「え、何?」


 何か不味い事しちゃった、私。


「だってリリィちゃん……」

「何?」

「ううん、やっぱり違うんだね」

「は? だから何の話を……」

「ううん、いいの。全てわかったから」


 なんのこっちゃ、わかんねー。


「いや、だからわかんないって……」


 よりこの謎の理解を理解出来ない。

 しかし私が困惑していたのもつかの間。

 さっきから黙っていたよりこの妹らしき女の子が私達を割って口を開いた。


「……ねえ、もういいかな。私もう部屋に戻りたいんだけど」


 仁王立ちに組んだ腕で、彼女はその大きなおっぱいを持ち上げて居丈高に言い放った。


「みすず、何言ってるの!? 折角翔太ちゃん来てくれたのにそんな事言うなんて」

「そうだぞ! 失礼だろうが!」


 たしなめるよりこママと、声を荒げた裕一。


 あ、このみすずってゆーんだ。

 やっぱ声もよりこそっくりだ。性格は随分違うみたいだけども。

……あれ? また違和感。


「いやいや、二人とも落ち着きなさい。みすずもお客様に失礼だろう」


 いやいや、別にいいんじゃないっすかね?

 何だかお忙しいみたいだし、翔太と私如きが遊びに来たくらいでこんな家族総出でお出迎えしてくれたんだし、あたしゃあもうお腹一杯ですよ。


「だってお父さん、この人最低じゃん。二股してんでしょ? こんな顔しておいて……性獣じゃん、最低じゃん。お父さん良いの? こんな人に大事な娘盗られるんだよ」


 おおっ!

 唐突な翔太批判で驚いたが正論。正しく正論だわ。こんな時代の代弁者現る、ね。

 そうよよりこパパ、こんな不埒な奴に娘盗られんのよ、何とか言いなさいよ。


「いやしかしな……それは翔太君だから仕方ないというか……」


 なんだそりゃ。


「何言ってんの、正気?」


 いや正気じゃ無いでしょ、常識的に考えて。

……ん?

 いや、正気じゃ無いわよっ!

 嘘? このおっさん本気で言ってんの!?

 翔太だから仕方ない!? どういう意味なの?


「お母さんはどう思ってんの?」

「え? それは……でも二人の娘が真剣に考えた事だし、出来るだけ尊重したいわぁ……それに翔太ちゃんだから安心だし……」

「二人って……お姉ちゃんと、こいつの事?」

「へ? あたし?」


 急に話を振られ、私は自分を指差して確認すると、よりこママは頷いて肯定した。


「みすずちゃん、お義姉ちゃんに向かってその口の聞き方は何? こいつだなんてはしたないわ」


 おおぅ……。

 よりこママは既に私の事を娘認定しているようだ。

 ていうか、よりこの両親って……よりことは違った意味でアレだったって訳よね。

 それに翔太だから安心って……。

 何だか頭が痛くなってきた。


「お前、ふざけんな! お兄ちゃんに謝れよ!」


 頭痛で頭を抱える私を余所に、いきなり怒り心頭といった裕一。


 うん、やっぱりこの姉弟似てるわ。怒り方がよりこそっくりだ。


 裕一がその言葉と共にみすずちゃんの肩に掴みかかったが、翔太がその腕を掴んで止めた。


「あの、裕一君、僕は別にいいから」

「お兄ちゃん……」


 翔太に止められて裕一は大人しくなり、素直に引き下がろうとしたが、みすずちゃんがそれを許さなかった。


「何がお兄ちゃんだよ、きめぇんだよお前。くせぇし」


 ふあああ、凄い暴言出た~!

 しかしそれは翔太では無く裕一に対して吐かれた言葉だった。


「あぁっ!!? ブスが粋がってんじゃねぇよ」

「私がブスならお前は何だよ? 糞みたいな顔してよぉ? つーか口くせぇ、何よりくせぇ、マジくせぇわお前」

「うっせぇ! 大体何だよお前、最近太りすぎじゃね? 豚かっつーの」

「はあ? 馬鹿じゃねお前、目ぇ腐ってんじゃねえの? つーかマジ喋んな、臭いっつってんだろうがよぉ」


 裕一が、今度はみすずちゃんの胸元に掴みかかった。


 やば、これってマズくね?


「ちょっと二人とも……」


 また翔太が裕一を止める。


「お兄ちゃん止めないで、こいつマジ豚箱に入れなくちゃ……」

「お前馬鹿だろ、豚箱の意味知ってんの?」


 おおう……みすずちゃん煽るねぇ。


「知ってるけど俺が言ってんのはマジもんの豚箱だよ、この豚女! 養豚所に帰れ!」

「こらっ! 二人とも止めなさい!」


 よりこパパも叱るけど焼け石に水だ。

 よりこはその様子を目を真ん丸くして呆然と見つめている。


……いやぁ凄い、大迫力だ、私、兄妹喧嘩って初めてみたかも。

 でも裕一が翔太を「お兄ちゃん」っていうのが気持ち悪いってのは同感だけど、こいつが臭いってのは意義アリッ! ね。

 裕一って基本的に良い匂いがする。それってやっぱり香水だろう、バイト先の女の人達も裕一はドコソコのブランドの香水使ってるって、だから良い匂いがするってきゃぴきゃぴ言ってた。それにお局様も、誰も居ない休憩室に置いてあった裕一のハンケチを悦りながらスーハースーハーして「裕一きゅんはいい匂いだなぁ」って言ってたの隠れて見てたから知ってる、それに当然の事ながら口も臭くない、話すとミントの香りがしたから結構気を付けてるのかしらって感じだ。

 それにしたって世界広しと言えど、裕一にここまで酷い事言えるのはこの子だけだろうなって思う。

 流石兄妹、なんだけど……こんな綺麗な子達がブスとか糞みたいな顔って言い合いしてるのは凄く違和感あるわ。後、太り過ぎっておっぱいの事ですよね、だってみすずちゃんが太ってるってそこだけですもんね。

 ふむ……なんだろう、私全然関係無いのに何故だかショックを受けてしまったわ。


「二人とも、喧嘩しないで、お願いだよ!」


 翔太は二人に割って入って、取っ組み合いになり掛けていた兄妹を引き離した。


「ちょっ、触んなよ!」


 するとみすずちゃんは肩に触れていた翔太の手をパシッと払いのけた。


「あっ、ごめん……」

「ふ……ざけんなよ!」


 翔太が謝っているのにも関わらず、みすずちゃんは頭に血が上ったのか顔をやや赤くさせて尚も暴言を吐く。


「ごめん……」

「ごめんで済むか! あんたなんかに触られたら妊娠するわ!」

「嘘? ……本当に?」


 ぽつりと呟かれたよりこのアレはさておいて、翔太への罵りは続く。


「大体あんたのせいで喧嘩してるってのに、止めろって何? 偽善者振んな! 本当に悪いと思ってるなら二人と別れてよ。だったら許してあげる」

「それは……出来ない」

「はあ? 出来ないって、やっぱりお前偽善者だな。どうせヤりたいだけなんでしょ?」

「否定は、しないよ」

「何それ? 最低……サイッテーッ! 最悪、最悪最悪最悪最悪っ! マジで最低!」


 あ?

 最低、ですって? 翔太が? よりにもよって翔太が?

……ふざけんなよ!

 何て事だ。こんな奴、時代の代弁者でも何でも無い、唯の餓鬼だったわ。


「ちょっとっ! 翔太謝ってるでしょ? あんた何様のつもりよっ! いい加減にしろ!」

「そうだよっ! 翔ちゃん悪くないよ!」


 図らずも、よりこと声が重なった。


「そもそもあんた何なの? よりこの妹だか何だか知らないけど、あんた関係無いでしょ。これは私達の問題なの。外野はすっこんでろ!」

「そうだそうだ!」

「はあ? あんた達騙されてんのよ、こんなやつに。馬鹿じゃない?」

「馬鹿で結構よ。恋は盲目って言うでしょ、だから……その……うっ、まあ、いいのよ!」


 上手い事返そうと思ったけど駄目だった。


「そうだぞ! 恋は盲目だぞ! 馬鹿でもいいんだぞ! ……あっ、一句出来ました。えと『翔ちゃんのぉ お顔ペロペロォ 馬鹿になるぅ~!』どうだ参ったか!」 


 そんでよりこはもっと駄目だった。


 だがよりこ、何故今ここで句を詠んだ?


「よりちゃん……」


 これには流石の翔太も苦笑い。


「良い俳句ねよりこ、季語はペロペロかしら」

「という事は夏か……流石だ」


 しかしよりこの両親は別格でもあった。

 兄妹の大喧嘩中だってのに何て暢気な台詞。

 ていうかキゴって何?

 まあともかく親馬鹿って突き詰めるとこうなるのね。


「よりこの翔太ちゃんへの真夏の太陽に照らされて熱病に侵された砂漠の迷い人が水を渇望するが如き狂おしい愛が、情熱が、一杯に込められているわ、やっぱりよりこは凄いわ」


 全部は聞き取れなかった。形容が長いよよりこママ。


「そうだね、よりこの感情が熱気を持ってまるで胸に迫ってくるようだ、我が娘ながら末恐ろしい才能だよ」


 えーっ!? そんなにか? 言うほどか?

 何か私でもこんな句、コンマ五秒で思いつきそうだけど?

 じゃあ私も天才って事になるんじゃないの?

……いや良く考えたらそんな事無かったわ、こんなトンチキな句、私には一生無理だわ。

 よりこ……ある意味天才かもしれん。


「えへへ~、それ程でも……あるかな? なんちゃって(テヘペロ」


 お決まりのテヘペロポーズ、やっぱ腹が立つ。


 つーかそれ程でもねえよ、それどころじゃねえよ、駄目に決まってんだろうが、芭蕉もビックリだわ。


 そう言ってやりたい気持ちはあったけれど、それよりも気になる事があったので私は聞き流す事にした。

 その気になることとは。


「翔太っ! 今聞いた? よりこ今テヘペロって口で言った!」


 やっぱりそうだ。

 昨日からそうだと思ってたんだ。

 こいつ口に出して言ってるよ。何よ、自分は声に出して言っても良いっての?


「え? あ、そうだった?」

「は? 翔太今、聞いてなかったの?」

「うん……」

「何でよ!?」

「いやだって……」

「だってって何、今のどうして聞いてなかったの」

「それは……」


 ああもう! 駄目だ、話になんない。

 それならもう翔太には頼らないで私が言うしかない。


 よりこは私の糾弾に初めはショックを受けた様子だったが、少しして我に返り、声を大きく反論した。


「違うよ! 口になんか出して無いよ。きっとリリィちゃんには心のテヘペロが聞こえたんだよ」

「何訳わかんない事言ってんのよ! あんた口で言ってたじゃん!」

「だからそれは私の魂の声が聞こえたんだよ」

「魂? あんの、その腹立つポーズに!?」

「腹立つって……変な言い掛かりは止めてよ!」

「腹立つもんは腹が立つのよ、全然言い掛かりじゃないし!」

「こ、この~……この子は~!」

「何よ! 良いわ見せたげる、ほら! てへぺろ~」


 私はふざけた感じのテヘペロをして見せた。


「どうだ!? 腹立つでしょう!? これでわかった?」

「ぐっ……可愛い……」

「はい? 可愛い?」


 可愛いの私?

 でも、誰がどう見たって腹立つ感じにした筈だと思うんだけど。


「うん、可愛いよ」


 やだ翔太まで……何それ嬉しい。

 そんな事言われたら、またしてあげたくなっちゃうよ。

 けど今度は翔太だけに、ね。


「やはりリリィちゃんはテヘペロ神に愛されているという事か……これが才能の差……!」


 心底悔しそうにするよりこ。


 どうしてこんな馬鹿みたいな事でこんな真剣に悔しそうに出来るのか。

 しかし本当、こいつ頭ん中どうなってんだろ? 一度見てみた……見たくは無いか……。

 もしかしたらうつるかもしれないしね、アレが。


「いや、そんな神様に愛されても嬉しく無いし……そんな才能要らないし」

「嬉しく無いって……それ本気で言ってるのリリィちゃん!?」

「お、おう……」

「この、この子は……なんて不遜な……謝れ! テヘペロ神に謝ってよ!」

「いやよ、どうしてそんな馬鹿みたいな神様に謝らないといけないのよ!」

「リ、リリィちゃん……何てことを……今何てこと」


 わなわなと怒りに震えるよりこ。


 本当、こいつって、何でこんな……。


「ちょっと二人とも、テヘペロの事はいいから、今は」


 しかし、翔太はそう言って私達の不毛なやりとりを治め、それからちらりとみすずちゃんを見やった。


 あ、そうだ。

 今はみすずちゃんの話だったわね。

 わりぃわりぃ。


「……ッ! 何よ、皆で私の事馬鹿にして!」


 みすずちゃんは私達がわーわーやってる間、鳩が豆鉄砲食らった様な顔をしていたけれど、翔太の視線に気付き、思い出した様に怒りを爆発させた。


「もういいっ! もうお姉ちゃんなんか知らない!」


 みすずちゃんはそう言いうと、ドタドタと音を立てて階段を駆け上がっていった。


 お姉ちゃんなんか知らない、だって、子供のダダみたいな台詞だ。

……あれ? もしかしてシスコンって奴ですか?

 女の子同士で?

 もしかしてもしかして、よりこの事、愛してる……とか?

 もしそうなら禁断の愛って奴じゃね? そういや翔太ってそういうの好きだもんね、やったね翔太! なんだっけ、きま……きまし……きました? 忘れたけど。レズビアンを指してそう言うのよね、オタクは。

 いや~、こういう事ってあるんだねぇ~、裕一もよりこが好きで、みすずちゃんもよりこが好き……モテモテじゃん、凄いよよりこさん。

 もう三人とも付き合っちゃいなよぅ!


「姉ちゃん、やっぱあれって……」

「うん、そうだよ絶対。注意して裕一、くれぐれもだよ」

「ああ、わかった」


 三角関係の見通しが明るくなってウキウキな私とは裏腹に、先ほどとは打って変わって二人そろってそっくりな鷹の様な鋭い眼光をして、みすずちゃんが登っていった階段を見つめる何だか不穏な雰囲気の姉弟だった。 








姉弟、兄妹、兄弟はまとめて「きょうだい」と読んで下さい。

まあ、読まなくてもおkですが、一応。


さて、お次は翔太君です。

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