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第39話 祐一の告白

倉橋よりこ その12




「なんだよ姉ちゃん」

「ちょっとそこに座れ」


 私はバイトから帰って直ぐの祐一を部屋に呼びつけた。

 呼び出された理由を、朧気ながらも或いは気が付いているのだろう。それかもしかしたら、私の態度が高圧的で、単純に嫌な雰囲気を感じているのだろうか、渋々といった感じで部屋に入り絨毯の敷かれた床に座布団も敷かずにどかりと腰を下ろした。

 私はそれを見届けると勉強椅子に座わって足を組み、部屋にいる沢山の翔ちゃん君人形達がそうするように私も祐一を睨み据えた。

 だがそうしてもビクともせずにこちらを睨み返してきたので、威圧する事を諦めて、私は前置きも無く話を切り出した。


「一応教えといてあげる。今日、リリィちゃんが翔ちゃんと結婚するってなったから取り合えず」

「え!? マジで? すげぇ、愛がおめぇ……でも姐さんやるじゃん、流石! ……って姉ちゃんは?」

「私もに決まってるでしょ、馬鹿じゃないの昨日言ったでしょ、もう忘れたの? 脳味噌入ってんの」


 当たり前の事を、何言ってるんだこの愚弟は。

 もしそうでなければ、あの場で自殺している所だった。

 確かに今日リリィちゃんと翔ちゃんが婚約した。

 しかしそれは既に私とも交わされていたのだ。

 要するに簡単に言うと、私が先で、彼女は側室(愛妾)で、正妻は私であるという事だ。



 昨日の夜。


 翔ちゃんは自分の気持ちを教えてくれた。初恋は私だったって言ってくれた。

 すなわち私達はずっと相思相愛だったのだ。

 しかも翔ちゃんは小さい時の約束も覚えていてくれていたっていうのだ。

 私はそれを聞いて有頂天になったよ。

 私の抱いていた理想は、夢は、私の知らないところで既にもう叶っていたんだって。

 それにしてもよくわからなかったのは、私の為にその初恋を諦めようとしていたって事だ。

 翔ちゃん曰く、その時は、私の為に翔ちゃんが私を諦める事が、私にとって幸せだって思ってたって言ってた。

 でもそれっておかしくない?

 何で翔ちゃんが私から身を引くことが私の為になるの?

 だって私の目標は翔ちゃんのお嫁さんになってラブラブして子供は沢山欲しくて、老後は私が翔ちゃんの介護をして下の世話を……って流れだ。60カ年計画の最初のページである目次に書いてある。

 それを先ずその始まりであるお嫁さん以前を取り止めるって事だよね?

 そしたらラブラブ出来なくて子供も無理で老後も無理じゃない? じゃあ私無茶苦茶不幸じゃん。私の輝かしい夢の分岐点の、枝分かれする未来の可能性という名の大樹を根元からばっさりいくって事だよね? おかしいよそんなの。もしそんな思いするくらいなら自ら死を選ぶよね、普通。これって大きな矛盾でしょ? 辻褄合わないよ。

……かといって、昔からどんな難しいお話でも明晰めいせきにわかり易く説明してくれる聡明な翔ちゃんがそんな矛盾を放置するとは思えないから、きっとこの認識は間違いなんだ。私の理解が足りないって事なんだ。

 思い出せ、倉橋よりこ、翔ちゃんが何て言っていたかを。


……えと。


『僕ってこんなだから、僕がよりちゃんの傍に居るとよりちゃんに迷惑が掛かると思ってたんだ、だからよりちゃんから離れようって思ってて、それがよりちゃんにとって一番良いって、それがよりちゃんの幸せになるって、諦めようって思ってたんだ。そしたらその時に丁度リリィが転……』


 おっと、この後はいらないね。いくら大好きな翔ちゃんの口から発せられた言葉だといっても、正直リリィちゃんとの惚気は気分が悪かったし思い出したくない……。

 しかしまあ、これでわかったのは、翔ちゃんは、私が翔ちゃんの傍にいると、私にとって迷惑になる? から、それで翔ちゃんが私から離れると、私が幸せになるって翔ちゃんが思ってたって事か、ふむふむ……うん、なるほどね。


 それって要するにどういう事?


 私が翔ちゃんから離れるのが、翔ちゃんにとって、なら、悲しい事ではあるけれどまだ理解出来る。でも翔ちゃんが私から離れるのが私にとって幸せに繋がるのは何故?

 全く理解出来ない。

……もう本当に自分が嫌になるよ。何で私ってこんなに馬鹿なんだろう。世界で一番好きな人の言葉を理解出来ないなんて最悪だよ。やっぱり毎日樽の中身を味わい過ぎているから、中毒で頭が馬鹿に……あ、そっか、わかった。それだ!

 翔ちゃんが言いたかった事はこうだ。

 翔ちゃんは、私が翔ちゃんと一緒に居ると中毒、じゃなくて依存がやばいって思ってたからちょっと離れた方が良いよって事だったんだ。

 うん、そうだ、そうだよ。

 そう考えると辻褄が合う。

 もう、なんだぁ。翔ちゃんてば私の事心配してくれてたんだね。


 ありがとう! 翔ちゃん。だけどもう手遅れだよ!


 それはさておき。

 今日リリィちゃんに言ったように、翔ちゃんは私とリリィちゃんの両方が好きだって言ってた。

 どちらか一人を選ぶ事が出来ないと。

 だから翔ちゃんは二人と付き合うって決めたみたいだ。

 当然ながら、リリィちゃんと同じく私だって二股は嫌だ。

 翔ちゃんを独り占めしたいに決まってる。

 かといってそれを理由に別れるなんてのは天地が逆転してもありえない。

 昨日の夜だって、放課後の翔ちゃんの様子から、寧ろ翔ちゃんに捨てられるんじゃないかと思って焦りまくってたんだから。

 昨日はそれこそ言葉どおり決死の覚悟でせめて傍に置いて欲しいと懇願しにいった訳なのだけれども、私がラブチューの後に、調子に乗り駄目もとで言った「結婚」をまさか承諾してくれるなんて思いもよらなかった。

 その二文字の前にリリィちゃんなんていう瑣末な問題は吹き飛んでしまった訳なのだ。

 それにリリィちゃんがいくら手ごわいといえど、所詮は唯の女。

 いずれは翔ちゃんと私の間にある絆に恐れをなして諦めてくれるだろう。

 それとも他に好きな人が出来るかもしれない。

 何故そう思うかというと、リリィちゃんは翔ちゃんの事をどうやら本気で不細工だと思っているらしいのだ。


 理解に苦しむ。


 私達の親同士が親友で、私と翔ちゃんはそれこそ赤ちゃんの頃から一緒に過ごしてきた。小学校の高学年になるくらいまでは毎日の様に遊んでいたし、疎遠になってからも毎朝のキス――や、その他諸々――は欠かす事がなかったので本当に小さな頃からずっと翔ちゃんを見ている。しかし一度として翔ちゃんの事を不細工だなんて思った事は無い、まあ、当たり前の事過ぎてなんだけれども。

 子供の頃は人の美醜に対して無頓着であるという人もいるが、少なくとも私はそうではなかった。物心といわれるもの、それらしきものが付くより以前に、翔ちゃんの事を「こんなかっこいい人がこの世にいるんだ、凄い」って思ったよ。ショタ翔ちゃん……思い出しただけで下着がヤベェッ!!!

 人は顔じゃ無いって言うよね? それはわかってる。だって翔ちゃんは顔だけじゃ無くて優しくて包容力があって正義感が強くて頼り無さそうだけどいざという時はどうにかしてくれる。そんな出来過ぎで、昔のベタな少女漫画の王子様みたいな人。

 そんな人が私が一番悲しい時に傍に居てくれたんだ、好きにならない方がどうかしてるよね。

 彼に気に入って貰える様に、見初めて欲しくて、私はこれまで色々と頑張ってきたのだ。

 王子様のおきさきになる為に、でもシンデレラみたいに魔法使いのお婆さんはやってこず、ガラスの靴は今も絵本の中のイラストだ。

 翔ちゃんから、あのを彼女にすると良いな、付き合ったらステータスに、皆に自慢できるって思われるようになる為、人気者になるべく、嫌いな人ともお喋りする様にしたし、出来るだけ良い顔して皆から好かれる様になった。その甲斐あって、自分で言うのもなんだが今や学校中の人気者、弊害も多いがこれで少しは翔ちゃんに相応しくなったかな?

 少なくとも今なら翔ちゃんの足を引っ張らない自信がある。


 そりゃあリリィちゃんって可愛過ぎる。嫉妬を通り越して溜息吐いちゃうくらいだ。

 しかし、だとしてもやはり人間、もう少し謙虚になるべきだと思うの。あんな人と、いくら可愛いとはいえ普通の人間である自分が釣りあうか良く考えてみるべき。

 あんな物語の中にしか存在し得ない王子様みたいな、古来より男性という概念が潜在的に持ちうる、本来であれば理論上にしか存在しえない究極的な理想を体現したような人――だが誰も翔ちゃんという「現象」が観測されるまで予測すらできなかった――と、例えお話だけでも出来るという事が、どんなに素晴しい事なのか理解するべきだと思うの。

 けど反対に、それで良いとも思う。リリィちゃんが常識を逸脱した異常なナルシストで良かったと思う。

 だからこそ翔ちゃんから離れる事が出来る可能性を有しているのだから。


……あ、少し熱くなりすぎたかも知れないね。

 流石の翔ちゃんもそこまで神の如く完全って訳では無いだろうし、言い過ぎちゃったかも。

 私の原風景が翔ちゃんに跪く敬虔な私、という構図なのでついつい神格化しちゃうのかな?

 これじゃあ危ない人だよね。気を付けないと人から変に思われちゃよ。

 それにもし翔ちゃんが神様だったら、将来翔ちゃんのお○○○様を私の下賎なお○○○○でお○○○して○○○くなって貰ってお○○を○○○○する事が出来ないもんね、バチが当っちゃうよね。それに私の○のお○に神聖な翔ちゃんのお○○○様を○○○○して○○てもらって私の○○を貰って欲しい、というよりもしろ翔ちゃんの○○てが欲しいなんてのは到底叶わなくなっちゃうから、翔ちゃんが人間で良かったって思うよ。



「てことは、いよいよ本格的に二人とも付き合うのかぁ~、すげぇや翔ちゃんさん……って姉ちゃんどしたの? 顔赤いんだけど?」


 ついつい妄想にふけっていると、祐一が目ざとく私の変化に気が付いた。


「うるさいな、ほっといてよ」

「ふーん、別に良いけどさ、どうせエロい事でも考えてたんでしょ?」

「うるさいよ、あんたと一緒にするなエロ祐一」

「ふーん」


 祐一はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。

 悔しくて、このままじゃいけないと思い、仕方なく私は話題を変える為でもあり、そして祐一をここに呼んだ理由でもある、疑問をぶつけた。


「あんたさあ、昨日言ってた事本当?」

「へ、何?」

「何? じゃ無いでしょ馬鹿祐一。昨日リリィちゃんが言ってた事よ」

「ああ、あれね、本当だけど」

「いやいや、嘘でしょ。だってリリィちゃん私と翔ちゃんがヤったってだけで無茶苦茶取り乱してたんだけど」


 結局あれはこいつの勘違いだったのだが。


「え、ああ、そうだな、そういやそうだったな、なんだろなあれ。けどまああれだろ? 姐さんが処女だった証拠じゃん」

「は? 何言ってんの。そんなの当たり前じゃん」


 リリィちゃんがそんな女なら、私も苦労しなかったのに……。


「じゃなくて、本当にリリィちゃんが『あんな事』言ったのかって事よ」

「だからそうだって言ってんじゃんか。忘れたのかよ馬鹿姉貴」

「はあ? 誰に向かって口聞いてる訳?」

「……うっせ」

「あん?」

「うっさいんだよ、マジで。ちゅーかさ、昨日から一体どういう訳よ? やたら口わりぃし、何で『祐一』って呼び捨てなんだよ!」

「ああ? 何言ってんのよ、どういう訳も何も無いでしょ、あんたが悪いんじゃない、あんたみたいなのは祐一でいいんだよ、馬鹿祐一」

「何だよ、何が悪いんだよ、俺、なんも悪くねーし」

「悪いに決まってるでしょ、だって、今まで折角可愛がってあげてきたっていうのに、あんたが翔ちゃんの事好きだって言うからでしょ」


 そうなのだ。

 昨日の夜の祐一からの告白。

 それは祐一が翔ちゃんの事を愛してるって告白だった。


 そして先ほど言った「あんな事」とは、リリィちゃんが祐一も入れて私とリリィちゃんと翔ちゃん四人で付き合おうって提案したらしいという事だ。

 祐一曰く「あの発想はなかったわ」らしいが、私にもその発想は無かったし、そもそもいらなかった。ていうか嫌だし。

 唯でさえ一人余計なのがいるのに、何が悲しくて弟も入れなくちゃならないんだ。


 ところで、私は祐一の告白を聞いても別段驚かなかった。

 というのも祐一は昔、翔ちゃんが自分の兄じゃ無いって知って散々泣いた事がある。その時の祐一は子供過ぎたから気が付かなかっただろうけど、その時から翔ちゃんに恋していたんだろう事は、同じ恋心を抱いていた私には簡単に想像出来ていたから、だから今更祐一に改めて言われるでもなく初めから知っていたのだ。

 それにしたって祐一って馬鹿だ。

 翔ちゃんが祐一と兄弟な訳無いじゃない。

 だって全然似てないもん。

 可哀相だけど、祐一って私にそっくり、妹ともそっくり、直ぐにお父さんとお母さんの子供だってわかっちゃう。なのにどうして翔ちゃんと兄弟だって思っちゃうんだろう、ってその時は思った。私が当時から憧れていた翔ちゃんに対して不遜だとも思ったし、しかも住んでる所も苗字も違うのになんて馬鹿な弟なんだろうって思った。

 といっても、私にはついそう思い込みたくなる気持ちはわかるけどね。

 彼のその強過ぎる願望が正常な認識を阻害してしまい、彼の感じた現実を捻じ曲げちゃったんだろう、子供にはありがちな事だ。私だってもし翔ちゃんみたいな素敵な人がお兄さんだったらどんなに素晴しいだろうって思うもん、もしそうならもう絶対お嫁(婿)にいけないよね、禁断の近親愛に走っちゃうよね、わかるよ。

 でも今付き合ってる彼女達と全員別れる聞いたけど、それって最低だよ。翔ちゃんが聞いたらきっと怒るよ。

 それに第一、翔ちゃんがそんな中古男と付き合いたがるんだろうか?

 うーん……どう考えてもそんな訳無いよね、やっぱり馬鹿じゃないの?

 好きなら初めから一途に思い続ける。これしか無いよ。二兎追うものは一兎も得ず、誰でも知ってる諺だよね、しかも翔ちゃんは兎なんてちゃちなもんじゃない、誰しもが追い求める幸せの青い鳥だ。いつ自分の手元に舞い降りるかわからない、仮に捕らえても、気を抜けば手をすり抜けて飛び立って行ってしまう存在。

 拠って祐一には翔ちゃんと幸せになる資格が無い、覚悟も無い、それに祐一は男の子だ、翔ちゃんにそんな趣味は無いから、もう絶対駄目駄目だ。

 そんな事もわからないで私に気持ちを告白してきたから、はっきり言って呆れちゃった。

 今まで散々可愛がってきたのは翔ちゃんへの叶わない恋心を抱えながら諦めていると思ったからだ。

 女の子に対してだらしなくても強く言えなかったし、学校行事で撮った翔ちゃんの写真のコピーを強請って来た時も、そんな祐一に同情して快くあげてたけど、それも昨日までだ。


「なんだよ! 人が人の事好きって気持ちに罪は無いだろ!? それともあれか? 俺が男だからか? でもそんなの関係ねぇし! 俺が好きなのは翔ちゃんさんだけだし!」

「意味わかんない事言うな。翔ちゃんだけ? 嘘吐け。大体他のはどうすんのよ、翔ちゃん怒るよ!」

「ぐっ……一応、今日別れるってメールしたから……」

「メールでとか最低! 翔ちゃんに言いつけてやるんだから!」


 一般論を用いて攻撃してみる。


「ちょっ!? 待てよ! それはいくらなんでもあんまりだろうが!」

「なら翔ちゃんの事は諦めて」

「だったら本末転倒じゃんか、意味無いし…………チッ、わかったよ、言えばいいだろ言えば。てか俺、近いうちに翔ちゃんさんにこくるし、翔ちゃんさんはそんな事……」

「気にすると思うけど?」

「だ、よな……」

「自分のせいでその達を傷付けたって知ったらどんなに悲しむ事か……」

「だよな……」

「どうすんの?」

「どうって……けど姐さんが別れろって言ったから……」

「本当に本当なの?」

「ほんとにほんとだってば、しつけぇな」


 実際どうなの?

 リリィちゃんが本当にそんな事言ったの?

 いや、そのくらいは言ったんだろうけどやっぱり「四人で」っていうのが、なんだか合点がいかない。

 態々ライバルを増やしたりして、どういうつもりなのだろう。


「それはそうと、私の翔ちゃん君人形返してよ」

「は?」

「返してって言ったの」

「えっ、いや急になんだよ、でも、あれは俺にくれたんじゃ……」

「あげたけど返して、特にEXえくすとらラージ翔ちゃん君人形は絶対だからね」


 だって祐一、夜にEX翔ちゃん君人形でナニしてるか知ってるんだからね。そんなの不潔だ。


「そんな……! 俺から何もかも奪っていくつもりかよ……」


 祐一は悲壮な顔をしてそういった。


「何もかもって……翔ちゃん君人形だけでしょ。あんたが翔ちゃん諦めないなら返して」


 なんて言いつつも、実は祐一にくれてやった翔ちゃん君人形の事はそれほど気にしている訳では無いのだけれど。


 そもそも翔ちゃん君人形とは、翔ちゃんをデフォルメしつつ模したぬいぐるみの事だ。

 ミニマム、スモール、ミドル、ラージ、EXラージの順で、五センチ、二十センチ、五十センチ、百センチ、百五十センチと多様な大きさがある。特にEXラージ翔ちゃん君人形は二体と一人(つまり三体)しか存在しない貴重なもの、それが祐一の一体と私の一人、そして……。

 いずれも私が誠心誠意込めて作った逸品だ。

 更には、翔ちゃん君人形とは唯のぬいぐるみにあらず!

 翔ちゃん君人形は翔ちゃんの大事な所の毛を縫い込んで魂を宿し初めて完成するのだ。したがって魂の宿っていない翔ちゃん君人形など唯のがらんどう、抜け殻だ。そして祐一の持っている翔ちゃん君人形にはそれが縫い込まれていない。

 然るに祐一が夜中にナニしているのは唯のぬいぐるみを相手にした狂気のプレイ、知らぬ事とは云え、客観的に見れば、愚弟はピグマリオンコンプレックスか或いは亡骸に欲情する最悪の変態、ネクロフィリアの様なものだ。

 まあ、それは祐一に限った事ではない。私の家族は皆大なり小なり翔ちゃん君人形を愛し、愛でているが、家にある無数の翔ちゃん君人形は私の部屋に居る数人とリビングに居るミドル翔ちゃん君人形一人以外には、魂(翔太の毛)が縫い込まれていないのだ。

 つまり真実の翔ちゃん君人形を手にしているのは私だけという事だ。

 しかし、それでも翔ちゃん君人形の形は変わらないので、糞祐一の部屋にあるのが気に入らないという、要は私の気分の問題だっだりするわけだ。


「……わかった。持って行きたければ持っていけば良い」


 翔ちゃんへの想いを覚悟に変えて祐一はそう言った。

 偉い! ……とは到底思えないが、まあ、その潔さだけは買ってやってもいい……。


「あっそ、じゃあ持っていく……」


――いや、待てよ。


「やっぱいいわ、やっぱりいらない」

「はあ? なんだそれ? 馬鹿にしてんのか? 急に返せって言ったりいらないって言ったり、頭おかしいんじゃねぇの姉貴」


 ついに姉貴呼ばわりか。

 まあいい、望む所だ馬鹿野郎。


「そういう訳じゃないけど、いらない」

「なんだよ、意味わかんねぇ」

「意味わかんなくていいよ。あれはあんたにあげる」


 だって、良く考えたら翔ちゃん君人形と毎日ナニしてるって事は、祐一の汚らわしい汁やらなんやらがこびり付いているって事だよね。

 気持ち悪! 想像しただけで強烈な嫌悪感を覚えて、背筋にゾッと悪寒が走る。

 もうそんな陵辱されて、カピカピになった汚らわしい白濁を身に纏った状態の翔ちゃん君人形なんて翔ちゃん君人形じゃ無い、唯のラブドールだ。いいえ、それ以下の粗大ゴミに過ぎない。


「うーん、まあ、いいか。ほんと何だか良くわかんねぇけど、くれるってんなら貰うし」

「あっそ、ならもういいか……ほら、自分の部屋に戻りな」


 私は手の平を下に向けて、犬にするみたいにシッシッと振った。


「結局なんの用だったんだよ……」

「うるさいな、さっさと帰りな」

「チッ……」


 舌打ちを残して、祐一は乱暴に扉を開けて帰って行った。


 本当、時間の無駄だった。


 私は「ふう」と溜息を吐いて、気持ちを切り替えた。

 だって明日は翔ちゃんとリリィちゃんが遊びに来る日だ。

 今日わからなかった事もリリィちゃんに聞けばいいだろう。

 何はともあれ、明日が楽しみだ……。





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