第19話 蟲惑的
相川翔太 その7
――今朝、よりちゃんにキスをされた。
眠っているところを揺すり起こされて、目を開けるとよりちゃんが居たんだ。
普通はビックリするかもしれないけど、僕はその時驚かなかった。
だって、その時僕は寝ぼけてたし、昨日の事もあったからきっと夢だと思ったんだ。
だからきっと僕は欲求不満で、寝る前とかに良くお世話になっている、妄想の延長線上の夢だと思った。
よりちゃんは顔を真っ赤にして、黙って寝起きの僕の顔を見つめていた。
それで僕は、なんだろう? って思ってたら、急に寝ている僕に覆いかぶさって来て、いきなりキスをされたんだ。
キスされてビックリした僕は、飛び起きてマジマジと彼女を見た。眠気なんかとっくに吹き飛んでた。
よりちゃんは尚も真っ赤な顔で「好き」とか「北澤とは違うから」とか「愛してる」とか散文的にというか点々とバラバラに呟いていて、最初は何が何だかわからなかった。
でも、すぐまたキスされて、話す間も無くまた何度も何度もついばむ様な軽いキスを繰り返しされて、こんな起きたばかりの涎の後も付いている不細工な僕にキスするなんて、何でいつもは清楚な彼女がそんな事平気で出来るのかわからなかったけど、しばらくされるがままになってて、それで僕はようやくわかってきた。
――つまり彼女は僕の事が好きなんだって。
よりちゃんは冗談やからかいなんかで、好きとか愛してるって言っているわけじゃないって。
だって、そうじゃなきゃ、何度もキスしたりなんてしないよ。
やっと繰り返しの熱烈なキスが終わり。
僕が何か言おうと思ったら、よりちゃんは逃げる様に部屋から出て行った。
恥ずかしそうにやっぱり顔を真っ赤にしてた、でもとても嬉しそうだった。頬を緩めて綺麗に笑ってた。
取り残された僕は暫くボーっとしてたけど、段々事の次第というか、何が起こったかが理解出来てきた。
あの幼馴染のよりちゃんに、あの「倉橋よりこ」に告白されたんだって事に。その重大性にも......。
北澤先輩と違うって言ってたけど、じゃあ昨日のあれは僕の勘違い?
よりちゃんが好きって言ってたのは、幼馴染としてじゃなくて、一人の男の子としてって事?
でも絶対そんなのおかしいよ。だってよりちゃんは北澤先輩と付き合ってるんじゃ無いの?
いや、違うって言ってたからそうじゃ無いんだろうけど、でもなんだか納得出来ない。
だってそうでしょ? よりちゃんが、学校で人気で美人で優しいあの「倉橋よりこ」が、北澤先輩じゃなくて僕なんかの事を好きだなんて......信じられないよ。
何かの間違いじゃ無いの? そんな風に思っちゃうよ。
正直、僕はよりちゃんが好きだ。それは当たり前だよね。あんな素敵な女の子だもの、惹かれない人なんていないと思うよ。
それに彼女は僕の大事な幼馴染。変てこで甘えん坊で可愛い女の子。
でも、そんな彼女だけども、所詮は高値の花。決して届かない存在。いつかは僕の事を忘れてくって思ってた。僕は自分の昔の記憶だけが残ってくだけだと思ってた。それで良いともね。
だから、そんな彼女に「好きだ」なんて言われるなんて......。正直......嬉しいけど、でも困惑してしまう。
だってそれでも、僕はリリィが好きなんだ、あの優しい彼女、いつも僕と居てくれる彼女。笑うとすっごく可愛くて、怒ってもそれでも可愛くて、悲しそうにする姿には胸を締め付けられて、怖がっている姿は守ってあげたくなるような、そんなリリィが好きなんだ。
最近は彼女のアルバイトで日曜日くらいしか会えないけど、高校生になる前は毎日の様に二人きりで遊んでた。
お互い友達が居なかったのもあっただろうし、事実リリィはそれだけだったろうけど、僕は違った。
リリィが好きで、大好きで、一緒に居られるだけでドキドキして、彼女に友達が居ない事に感謝した事も一度ならずあった。
僕って最低だと思う。そんな風に思ってしまうなんて友達失格だと思う。でも少しでも彼女と居られるのが嬉しかったんだ。
きっと彼女は僕の元から飛び立って行ってしまう。
最近の、クラスメートと楽しそうにしている彼女を見ていると特にそう思う。
僕以外の友達が出来て、その友達と付き合う様になってって、それでいつかは好きな男の子が出来て、それで僕とはそれっきりになってしまうって。
友達としては喜ぶべきなんだろうけど、でも、僕は寂しく思ってしまう。
そんないつかは居なくなってしまうだろうリリィ。
それならよりちゃんの気持ちに答えるべきなのか?
でも、よりちゃんだって本当に本当、僕の事好きだって保障は無いよ。
いや、あの態度見れば間違いないかもって思うけど、それでも一時の気の迷いってのもあるし、第一相手がこの僕なんて信じられないよ。
「本当は嘘でした~」って言われても納得してしまうというか「なんだやっぱりそうなんだぁ」って言う心の準備が出来ている僕が居る。
心の弱い僕。どうしようも無い臆病な僕。情けないよ本当......。
だから、だからこそ僕は自分の気持ちに誠実でありたいんだ。
報われない思いだからこそ、気持ちだけは自分自身で誇りたいんだ。
そうすればきっと、こんな情けない自分の事でも、そう、きっと好きになれるから......。
それは静かなはずの朝に突然の事だった。
「――――っ!」
ベッドの上で、そんな物思いに延々とふけっていた僕は、突然の物音と声にハッと我に返った。
何だか外が騒がしい。
何だろう? と窓から外を見てみると、我が家の門の所に二人の人影が。
あの美しいブロンドのツインテールは、間違えるはずもない、あれってリリィ!?
それにもう一人は......もしかしてよりちゃん?
まだ学校が始まるには早い時間だけども、でも家からだと高校のある場所から道が遠回りになる所に住んでいるリリィがこの家に来るなんておかしいし、第一よりちゃんはもう登校したはずでは無いのか?
どうやら二人は揉めてるみたいだ。何を言っているかは窓越しでわからないけど、怒鳴りあってるみたい。
リリィの腰に抱きつくよりちゃんらしき女の子。
そしたら急にその女の子はリリィを離し、両手両膝を地面に付けて俯き、唸る様な声を上げた......。
あぁ......人ん家の玄関前でそんな......。
するとリリィはそんなよりちゃんらしき女の子をほっぽって、おもむろに玄関から無断で家に入ってきた。
せめて、チャイムくらいは鳴らしてよリリィ......。
そしてドカドカと階段を乱暴に上がる音が聞こえ、廊下を進み僕の部屋の前で止んだ。
最初ガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえた、でもドアには鍵が掛かってるから開かない。
だからか、ドンドンッ! と扉を叩く音と共にリリィの声が
「開けなさいっ! 翔太っ! そこにいるのはわかっているのよっ!」
「リリィ!?」
「そうよっ! 私よっ! ここをっ! 開けなさいっ! 早くっ!」
そんな......僕は追い詰められた犯人じゃ無いんだから......。
僕はそうは思っても、仕方が無いと鍵を開ける。
鍵が開くと同時にドアノブが回り、勢い良く扉が開かれリリィが飛び込んできて、そしていきなり僕にバッと抱きついた。
僕はあまりに突然の事に驚く間も無く、抱きつかれたままリリィにぐいぐいベッドまで押し返されて、ストンとベッドに腰を下ろした。
背の低いリリィだけど、僕が腰を下ろすと彼女を見上げる形になる。
「ねぇ翔太......私の事好き?」
「え? あ......うん。あ? え?」
そんな急に好きとか言われたから、僕は誤魔化す事も忘れて返事をしてしまった。
「やっぱりっ!? そうなのねっ!? 翔太っ! まあ私にはわかってたけどねっ!」
そうなんだ。
僕はリリィが好きなんだ。言うつもりは無かったけど、ついに言ってしまった......。
でもそうか......わかってたのか......僕はとんだ間抜けだな......隠しているつもりだったのに。
「でね......翔太......それでね......。あのね......実はね......。」
良く見ると、彼女の体は汗でびっしょりだ。走ってでも来た様に息も荒い。
……それに一体よりちゃんと何があったんだ......気になるよ。
「私もね......『そう』なの......翔太の事好きなの。大好きなのっ!」
そう言って、突然両手で僕の顔を持つと、唇をぶつける様に激しくキスをしてきたリリィ。
……そうなんだ。
何がそうなのかわからないけど、そうなんだ。
僕はリリィが好きで、リリィは僕の事好きで「そう」で、いきなりキスされてて、それで......。
――って、えっ!?
ちょっ、リリィ!?
――え!?
嘘でしょ?
僕の驚きなんてほったらかしにして、リリィの口付けは尚も続く。
……長いキスだ。それに激しい。
貪る様に僕の口内を蹂躙するリリィの舌にドギマギする。あっ、これってディープキスって奴だ。
始めは突然の事に驚いていた僕だけど、あたかも求められているかの様に、拙いながらも舌の動きを返した。
その事にピクリと少し驚いた様な反応を示した彼女だったけど、頬を嬉しそうに緩めてキスを続けながら僕の太ももの上を横座りし、そのまま更に僕の唇を貪る。
彼女の両腕は僕の首に回されている。まるで映画のワンシーンみたいに思えてしまう。
どのくらいそうしていたのか......何十分にも感じられた事だけど、でも実際は1分くらいだったかもしれない。
ようやく離れた二人の口の間には、透明な唾液の糸が繋がっていた。これって漫画の表現とかじゃなく、実際につながるんだなぁ、なんて思ったりもした。
「ねぇ翔太......私は翔太が好き。翔太は私の事好きでしょ? お願い。翔太の口からもう一度言って?」
彼女の上がっていた息はどうやら落ち着いてきたようだ。
僕の首に回されていた腕を解き、両手の平をまた僕の頬にあてて、妖しく蠱惑的な笑みを浮かべつつ、僕を見つめながらそう問いかけるリリィ。
あの体が小さくて幼い、いつも天真爛漫な彼女とは思えない妖艶な雰囲気。
まるでセクシーなお姉さんに誘われているかの様に思ってしまう。
そのいつもと違う様子の彼女に魅了され、頭は白いもやで覆われたかのようになり、唯々彼女に導かれるように答える。
「好き......だよ。ずっと、ずっと好き......だった。初めて君を見た時からずっと......好きだった。」
僕は彼女の瞳を見つめながら、はっきりと言った。唯でさえ赤かったであろう僕の顔が更に赤くなるのを感じる。
でもこれは僕の本心だ。
そして遅ればせながら、ようやく完全に理解した。
――やったリリィと両思いになれたんだっ!
「翔太ぁ、嬉しいよぉ。私嬉しい。……私も好きっ! ずっと好きだよっ! 翔太ぁ。……私翔太のお嫁さんになるからっ! 結婚しようねっ!」
言い切ってから僕の大きな体に思い切り抱きついたリリィ。その小さくて可憐な顔を胸に強く埋める。
そんな子供みたいな行動で、さっきまでの大人の女性みたいな雰囲気が霧散してしまい、いつもの彼女に戻ってしまった。
リリィも喜んでくれる。僕だって嬉しいよ。
それにしてもいきなりお嫁さんって......想いが重いよ......リリィ......。
でも、リリィがお嫁さんかぁ、お嫁さんって事はやっぱり一緒に住んだりして、部屋もベッドも同じで、それってつまり......。
ついつい想像が膨らんでしまった。
すると僕の膝の上に座りながら強く抱きついていたリリィは、何かに気付いたかの様に僕の顔を見上げた。
……あの蠱惑的な笑みを浮かべて。
やはりパジャマの上からだとすぐにバレてしまうようだ。
――って、マズイッ! ついにバレちゃったっ! どうしよう......。
でも、リリィはそんな僕の心配なんか見透かしたように。
「翔太......。『やっぱりそう』だもんね。私わかってるよ......。ショーガナイもんね。翔太だもん。……でも今日は駄目。翔太は体調が良くないし、私だって汗でびっしょりだから......それに心の準備もいるし......だから日曜日に......ね?」
日曜日に? 心の準備?
え? それってつまり......?
というか「やっぱりそう」って一体......?
「だから今日はこれだけ。」
言い終わった後、リリィは無言でユサユサと身を揺すり始めた。
僕の反応を楽しむかの様に妖しく妖艶に、そして見守るように見つめる彼女の表情は、いつもの清純で清らかな「天使」とか「妖精」といった風では無く、悪戯好きの「小悪魔」といった方がぴったりくる。
あぁ、でもリリィ......そんな風にされたら、僕はとても......日曜日までなんてとても......。
僕を見つめながら、身を揺する彼女にドンドン思考力を削られていく。
あぁ、リリィ。ごめんよ。
やっぱり日曜日までなんて我慢がとても......。
――と、僕の理性のたがが駄目になりそうな所で、部屋のドアの方からから物音がするのを聞いた。
こうして書いていて気付いたんですが、本当にリリィってよりこと正反対ですね。
ところで、この土日でもう一本仕上げたいけど、どうだろ?
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