09. 面倒なヤツら
「……まだか」
「淑女の身支度を急かすなんて……。というか、先に行っていても構いませんわよ?」
「それじゃ意味ねえだろ。お前を監視するのが目的なんだから」
減らず口を叩きながら、せわしなく手を動かす。
ここはベルシュタイン家でも、王宮でもない――とある屋敷の一室だ。
先日、レオンハルトに正体を見破られた私は、彼の監視下に置かれることとなり、現在は彼が用意した屋敷で共に暮らしている。
同棲、なんて周囲は囃し立てていたけれど、とんでもない。好きでもない男とひとつ屋根の下、しかも四六時中監視される生活なんて、もはや囚人と何ら変わりないではないか。
……などと思いつつ、そうそうに緊張感を保ち続けることを諦めた私は、こうして徐々に素をさらけ出し始めているのだが。
「レオンハルト様、暇なら朝食のパン、ジャムを多めに塗っておいてくれませんか? いつもバターが多くて、朝から重――」
「知らねえよ! 文句があるなら自分で作れ!」
そう怒鳴りながらも、結局は言われた通りにしてくれるのだから、律儀な男である。
意外にも、レオンハルトは料理があまり得意ではないらしい。
下手というほどではないのだが、そもそも食事に頓着がないのだろう。味付けが極端だったり、盛り付けが雑だったりと、随所に大雑把な性格が表れている。
しかし、私が口を出せば、文句を言いながらも次からはきちんと直してくれる。素直なのか、負けず嫌いなのか、いまいち判断に困る男だ。
ちなみに、私は料理の腕にはそれなりに自信がある。
初めの頃こそ、レオンハルトは私の作った料理を警戒し、毒が入っていないことを確認してから口をつけていたものだが、今では何も言わずに食べるようになった。
彼の好みを探りながら料理を作り、いつもより多く食べてくれた日などは、警戒心の強い野良猫をようやく手懐けたような達成感がある。もっとも、本人にそんなことを言えば、間違いなく怒鳴られるのだろうけれど。
「……今日は帰りが遅くなる」
「ああ、行事委員会でしたっけ?」
行事委員会とは、その名の通り学園行事の運営を取り仕切る団体のことだ。各クラスから二名ずつ選出され、行事の企画や準備、当日の進行などを担当する。ちなみに、私のクラスではレオンハルトとアリアがその役目を担っている。
「もうすぐ野外実習だからな。ここ数日は遅くなると思ってくれ」
「別に構いませんわ」
野外実習――学園の外へ出て、実際の自然環境の中で魔法や剣術の訓練を行う授業だ。魔獣の討伐なども行われ、普段の授業よりも実戦に近い内容となっている。
野外実習といえば……原作でもひと騒動あった行事だった。
(……指名手配中の魔術師が現れるのよね)
実習先の領地に潜伏していた魔術師が、突如として生徒たちを襲撃する事件。そして、その襲撃からアリアを庇ったレオンハルトが、重傷を負うという展開が原作には存在する。確か、あれをきっかけに二人の距離がぐっと縮まっていたはずだ。
「……それは避けたいわね」
「は?」
「いえ、なんでも」
思わず漏れた本音に、慌てて首を振る。
だって、知っている人が傷つくのは心苦しいではないか。それも、一緒に暮らしている相手となればなおさらだ。
……別に、レオンハルトがアリアを庇って格好いいところを見せるのが気に食わないとか、二人の絆が深まるのを阻止したいとか、そういう魂胆はない。
全く、全然、これっぽっちも。
断じてないったらない。
「……野外実習であろうと何であろうと、私が必ずレオンハルト様をお守りしますわ」
「なんだよ急に。気持ち悪いな」
「まあ! 婚約者の身を案じているというのに、なんて言い草ですの!」
「お前が言うと裏がありそうなんだよ!」
そんな他愛もないやり取りを交わしながら、ようやく身支度を終える。
レオンハルトが用意してくれたトーストを一枚手に取り、行儀が悪いと小言を言われる前に、ぱくりと頬張って屋敷を出た。
(……うん、美味しい)
ジャムが多めのトーストは、ちゃんと私好みの味になっていた。
♦♦♦
――放課後。野外実習に向けて、行事委員会が招集された。俺とアリアは席につき、他の委員が集まるのを待っていた。
「野外実習、ワクワクするね」
「そうか? 面倒なだけだろ」
「そうかな〜?」
呑気に首を傾げるアリアは、俺の返答など大して気にも留めていない様子だった。
野外実習も、この委員会も、面倒なのは紛れもない本音だ。それに、さっさと終わらせてヴィオレッタの元へ戻りたいというのもある。
ヴィオレッタ・ベルシュタイン――ベルシュタイン家の令嬢にして、俺の婚約者である彼女は、現在、何者かに精神を乗っ取られている。
――ここではない世界から来たという、正体不明の人物。
にわかには信じ難い話だが、魔法陣の存在すら知らなかったあの様子を見る限り、嘘をついているとも思えなかった。
本来ならば、すぐさま事実を公表し、相応の処罰を受けさせるべき事態だ。
しかし、当の本人すら状況を理解していないらしい。加えて、今のところ明確な悪意も見受けられない。
ならば、ひとまず俺の監視下に置き、元に戻す方法を探るのが妥当だろう。下手に公になれば、ベルシュタイン家はもちろん、王家まで巻き込んだ騒動に発展しかねない。
……そう。あくまで、それが最善だと判断しただけだ。別に、他意があるわけじゃない。――などと、誰にともなく言い訳を並べているうちに、一人の生徒が教壇に上がった。
「遅れて申し訳ない。先生は別の授業の都合で来られないそうだから、代わりに僕から連絡事項を伝えるよ」
そう口を開いたのは、同じ学年で行事委員を務めるアルベルトだった。
「今年も例年通り、辺境伯領にある魔物の森で、魔法科と騎士科の合同野外実習を行う予定だったんだけど……」
そこで、アルベルトは困ったように眉を下げた。
「実は、学園側から正式な申請を出したところ、辺境伯が難色を示しているんだ。今年は魔物の活動が活発になっていて、生徒の安全を保証できないらしい。それで、実習内容の調整と再交渉が必要になったんだけど……」
歯切れの悪い説明に、嫌な予感がした。
そして案の定、アルベルトの視線がこちらへ向けられる。何となく予想はついていたが、気に食わない。これから言われるであろう頼み事を想像するだけで、じわじわと苛立ちが募っていく。
「実は、一度僕が訪問したんだけど、門前払いされてしまって。それで、もう一度だけ交渉を試みたいと思ってるんだ。……レオンハルト、よかったら一緒に――」
「知るか。面倒くせえ」
最後まで言わせず、言葉を遮った。
睨みつけると、アルベルトはびくりと肩を揺らし、困ったように視線を泳がせる。
……どうせ、俺がこういう反応をすることくらい予想していただろうに。それでも断れず、こうして頼みに来るしかなかったのだろう。そんなアルベルトの態度が、余計に癪に障った。
「大体、三年に頼めばいいだろうが。何でお前が交渉なんかしてんだよ」
「それは……」
アルベルトは気まずそうに目を逸らした。
断れないのをいいことに、三年の連中から面倒事を押しつけられたんだろう。こいつが周囲にいいように使われているのは、誰の目から見ても明白だった。
もっとも、だからといって同情する気もない。少なくとも、事情も説明せずに俺の立場だけ利用しようなんて、虫がよすぎる。
「理由も言えねえなら、俺にできることは何もねえよ」
「…………」
アルベルトは押し黙った。
教室に重苦しい沈黙が落ちる。これ以上待ったところで話は進まないだろうと判断し、席を立とうとした、そのとき。
「待って! 私も一緒に考えたい!」
勢いよく上がった手と、場違いなほど明るい声が、重苦しい空気を切り裂いたのは――アリアだった。
※※※
「その……ごめん」
「アルベルトくんは悪くないよ! それに、同じ委員会なんだから、もっと頼ってくれていいんだよ?」
「俺は一言もいいとは言ってねえんだが」
委員会を終え、教室へ戻る途中。
申し訳なさそうに謝罪するアルベルトに、アリアはぶんぶんと首を振ってみせた。
結局、アリアの強引な誘いに押し切られ、俺も辺境伯との交渉に同行する運びとなっていた。アルベルトはよほど気まずいのか、先ほどから何度も謝罪を繰り返している。
「もう、レオンハルトも意地張らないで。俺を頼れって言ってたのに」
「言ってねえよ」
……まあ、アリアの言い分も、あながち間違いではない。事情をきちんと説明して、素直に助けを求めてくるなら、できる範囲で手を貸してやらないこともないのだ。ただ――
「そんなびくびく怯えんなら、やっぱやめるぞ」
「ご、ごめっ……」
「もう! レオンハルトの言い方が怖いんだよ。素直に『そんなに怯えなくても助けてやる』って言えばいいのに……」
「勝手に人の気持ちを代弁すんな」
睨みつけると、アリアは不満そうに頬を膨らませた。……アルベルトといい、アリアといい、どうしてこうも調子が狂う奴ばかりなのか。
片や人の顔色ばかり窺ってびくびくしているかと思えば、片や人の気も知らずにずけずけと踏み込んでくる。方向性こそ違えど、どちらも話していて疲れる相手であることに変わりはなかった。
さっさと交渉を終わらせて、この面倒事から解放されたい。
そんなことを考えながら教室の扉を開けると、聞き慣れた声が飛んできた。
「あら、意外とお早いですわね」
振り向いたヴィオレッタが、こちらを見て小首を傾げる。どうやら、俺の帰りを待っていたらしい。
その姿を見た瞬間、ふと一つの考えが浮かんだ。
「……ちょうどいい。お前に頼みたいことがある」




