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第15話

 時間を現在に戻る。

「……というわけで結局、脚本執筆の全責任が俺一人にのしかかるのだけは、なんとか免れたんだ」

「へえ、悠也くんって執筆もできるんだ! じゃあこれからの写真部の任務は……」

「千晴先輩、後輩を都合のいい労働力扱いしないでください」

 俺は鞄から、昼休みに牧野会長から渡された資料を取り出して千晴先輩に差し出した。

「これ、お昼に牧野会長から。写真部でいくつかの広報写真を新しくしてほしいっていうのと、あとは文化祭の仕事についてです」

「シンが来たの?」

 案の定、牧野会長は千晴先輩と約束をしていたわけではないらしい。

「あいつ、入り口に貼ってあるの見なかったのかな?」

「入り口?」

「『生徒会長・牧野信、立ち入り禁止』」

「どうして白羽さんがそれを……」

「入り口に貼ってありますよ? 鳴海くんは見ていないのですか?」

 それにしても、わざわざ役職まで指定するなんて、千晴先輩も相当不満が溜まっているみたいだな。

「シンは本当にひどい! 先輩たちが卒業する前に、急に生徒会長に立候補するなんて言い出して。私は一緒に写真部を守りたかったのに……結局、私一人になっちゃった」

 千晴先輩はひどく落ち込んでいる様子で、白羽は彼女の肩を叩こうとしたようだったが、その手を途中で止めた。

「でも、今は鴎ちゃんと悠也くんがいるから、あいつなんて必要ないもん! シンなんて……ふん」

「あの……光栄ではあるんですが、お昼に牧野会長が、部員が四人に満たないと廃部になるって言ってましたよ……」

 空気を読まない発言だとは分かっていたが、千晴先輩の言葉を聞いていると、やはり今言っておく必要があると感じた。本当に人数不足で廃部になってしまっては、それこそ取り返しがつかない。

 千晴先輩の瞳は案の定、みるみるハイライトを失っていき、その声も次の瞬間には気絶しそうなほど弱々しくなった。

「え……嘘……何それ……生徒会の人が前みたいに催促に来ないから、てっきり……てっきりそんな決まりはなくなったんだと思ってた……新入生が入学してもう二ヶ月近く経つんだよ? 今さらどこに……」

 白羽は千晴先輩の手を握りしめ、慰めるように言った。

「大丈夫です、私と鳴海くんでまた周りに聞いてみますから……まだ、新入生がいるかもしれませんし」

「そうですよ。最悪、俺の知り合いに青山ってやつがいます。あいつなら断らないでしょうし、本当にダメなら引っ張ってきます」

 俺たちの言葉を聞いて、千晴先輩は一気に目を潤ませた。

「鴎ちゃん、悠也くん……!」

 まずい、これは抱きついて泣きついてくるパターンだ。白羽も明らかに俺と同じ判断を下していた。

「ありがと〜〜っ!」

 千晴先輩が両腕を広げた瞬間、俺と白羽は椅子から飛び退くようにしてバックステップを踏み、その場に呆然と立ち尽くす千晴先輩を残した。

「あれ?」

「コホン……」

「……」

「二人とも、ひどい……」

「すんません……条件反射で」

 こうして、「新・写真部」の最初の仕事、そして最後の一人の部員を探すミッションが始まった。まあ、本当に青山を入部させるわけにはいかないんだが。そういえば遠野のやつはどうだろう、一応聞いてみる価値はあるかもしれない。

 千晴先輩は学生会に資料を提出しに行くと言ったが、俺と白羽が同行することは拒んだ。

「シンと顔を合わせるところ、あんまり二人に見られたくないから」

 千晴先輩はそう言った。

 俺と白羽も、そろそろ下校の支度を始める。

「あの、鳴海くん。今日はありがとうございました」

「一次選考のこと? いや、別に。俺は事実を言っただけだし」

 浅見に会議へ連れて行かれる前、クラスのホームルームで簡単な一次選考が行われていた。星宮と実行委員会がキャスト候補を何人か選出していたのだが、もちろんそこに俺の名前があるはずもなく、俺は高みの見物を決め込んで気楽に構えていた。

 誰もが納得するような、人気のある女子や男子のキャストが決まっていった後、星宮はなぜか白羽を指名した。

「白羽さんの雰囲気って、特定の役にすごくハマると思うんだけど、どうかな?」

 白羽もまさか自分が指名されるとは思っていなかったのだろう、すぐに返事をするわけでもなく、立ち上がることもできなかった。

 クラス全員の視線がこちらに集まる。

 彼女の後ろの席に座っていた俺は、白羽の身体が微かに震えているのを目にした。

 本来、こういう目立つ行動を起こすには相当の心の準備が必要なのだが、今はそんな猶予はない。

 よし――

 俺は手を挙げた。

「あの……すみません。今日、生徒会長から写真部に任務が下りて、今うちの部って人手がかなりカツカツなんです。だから白羽さんは、練習に参加してキャストを務めるのは難しいかと……」

「そっか」

 星宮が白羽に視線を向けると、白羽も小さく頷いた。

「すみません……写真部、今は三人しかいないので」

「ううん、私のほうこそごめんね。状況も分かってないのに白羽さんを選んじゃって」

 星宮は申し訳なさそうに微笑んだ。

 そんなわけだ。確かに白羽を助けるための行動ではあったが、実は自分のためでもあった。当時、クラス中の視線が白羽に集中していて、その後ろに座っていた俺まで、必然的にその視線の巻き添えを食らっていたからだ。

「牧野会長が鳴海くんの言葉を聞き入れて、千晴先輩と話し合ってくれるといいのですが」

「え? お昼のときのこと……」

「入り口のところにいました」

 昼休みに白羽があそこにいたのか? 全く気配を感じなかった。こいつ野生動物か何かなのか……気配遮断かよ。

「鳴海くんは……自分のことを面倒くさがりだと言いながら、いつもそういう目立たないところで、つい人を助けてしまいますね」

「そうか? 俺はそんな善人じゃないよ。大抵は自分のためだしな」

 二人は校門まで歩き、そこで別れようとした。

「鳴海くんは、自分が思っている以上に『弱者』なのかもしれませんよ」

「おい、あの作文の件、いつまで引っ張るんだよ……からかってんのか!」

「さあ、どうでしょう。また明日」

 白羽はクスリと笑って俺にウインクをしてみせると、手を振って去っていった。

 ウインクの可愛らしさと茶目っ気は、普段の白羽鴎とはまるでかけ離れていた。そのせいで、俺は「また明日」と返しそびれてしまった。彼女の背中を見送りながらも、目に焼き付いているのは、さっきのあの瞬間だけだった。

「可愛い……」

 気がつけば、ぽつりと呟いていた。

 こういう何気ない一瞬にこそ、可愛さの真髄というものなのかもしれない。

 ふと、昨夜テレビで耳にした言葉を思い出した。

 猫のような雰囲気を持つ人間――猫系人間。彼らのウインクは、キスと同じなのだという。

 どうしてか、昨夜は意味不明だと聞き流していたはずの言葉が、この瞬間、ほんの少しだけ理解できたような気がした。

「ウインクは猫のキス……」

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