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君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜  作者: 屠龍
第十二章 雌雄一対の剣

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第八十七話 晴れた心の奥に

 第八十七話 晴れた心の奥に


 店主も客も逃げ出した酒場跡で、僕とミレーヌは尖塔で起きたことをみんなに説明した。


 椅子とテーブルだけが残った店内には、まだ略奪の跡がある。

 それでも外からは、住人達が街を片付ける音が聞こえていた。



 「ルクス城攻撃の指揮を取っていた大魔導士ベスパルを倒す時、僕とミレーヌに勇者の力が溢れてきたんです」


 僕がそう切り出すと、みんなの視線が一斉にこちらへ向いた。


 信じられないという顔。

 けれど、誰も笑わなかった。


 あの礼拝堂でミレーヌが見せた光を、みんなも見ている。

 だからこそ、軽く聞き流せる話ではなかったのだろう。


 「ミレーヌのお母さん……マリータさんは、勇者だったそうです」


 「ボクも、今まで知らなかったんだ」


 ミレーヌが小さく言った。

 その声には、まだ戸惑いが残っていた。


 「お母さんは、死ぬ時に勇者の光をボクに託してくれていたみたい。それで……ユキナにも、少しだけその力が流れたんだと思う」


 「少しだけ、というには随分派手な奇跡だったようだな」


 クヌートが苦笑する。


 「僕にもよく分かりません。ただ、マリータさんの力を通して、一時的に僕にも勇者の光が宿った。そしてベスパルを討った時、その光が街を覆っていた闇を浄化した……そういうことだと思います」


 僕は、尖塔で起きたことをできるだけ順を追って話した。


 マリータさんの声。

 ミレーヌの手から流れ込んできた光。

 ベスパルが集めていた、人々の恨みや苦しみを凝縮した闇。

 そして、それを切り裂いた時に広がった光。


 すべて、包み隠さず話した。


 「きっと、ユキナさんとミレーヌさんの勇者の光が、街を覆っていた闇の感情を浄化したんですね」


 フェリシアがそう言うと、クヌートが静かに頷いた。


 クヌートは、外の通りを見ていた。

 掃除を手伝う住人達。

 泣いている子供をあやす母親。

 壊れた戸板を運ぶ男達。


 その顔には、僕が今まで見たことのない穏やかな笑みが浮かんでいた。


 「多分、俺の心の闇もだ」


 クヌートがぽつりと言った。


 「ずっと抱いていた人間やエルフへの恨みが、嘘みたいに軽い。消えたわけじゃない。何があったかを忘れたわけでもない。でも、今は……息がしやすい」


 フェリシアが、そっと兄の袖を握る。


 クヌートは妹を見ると、少し照れたように笑った。


 「兄さまがそんな顔をしているの、久しぶりに見ました」

 

 そう言って、フェリシアが嬉しそうに笑う。

 きっと、フェリシアだけが知っている兄の顔なのだろう。


 クヌートが抱えてきたものを、僕達は少しだけ知っている。

 だからこそ、その笑みが胸に残った。


 「あたいもさ」


 セシルさんが、空になった酒瓶を指先で軽く転がしながら言った。


 「なんか、心が軽いんだよ。こう、言い方が下世話で悪いけどさ。酒を飲んで騒いでる時より、ずっと胸の中があったかいんだ」


 セシルさんがどんなものを胸の奥に押し込めてきたのか、僕はまだ知らない。

 けれど、その笑顔はいつものおどけた笑みではなかった。

 どこか幼く、照れくさそうで、それでも本当に楽そうな顔だった。

 セシルさんから、時折感じていた殺伐とした空気が薄れている。


 「私は、クヌートやフェリシア、セシルほどではないが……心が落ち着いている」


 シグレさんが静かに言った。


 「まるで、死んだ弟と接しているようだ」


 「弟さんがいたのですか?」


 僕が尋ねると、シグレさんは少しだけ目を細めた。


 「ああ。もし生きていたら、今年十八歳になる。ユキナによく似た、自慢の弟だよ」


 シグレさんの表情は晴れ晴れとしていた。


 悲しみが消えたわけではない。

 けれど、その悲しみに押し潰されているわけでもない。


 僕は、みんなが本来持っていた顔を少しだけ見た気がした。


 もし最初から、こんなふうに笑えたなら。

 もし誰もが、抱えている闇に飲まれずに済んだなら。


 そんなことを考えて、少しだけ胸が痛くなる。


 「えっとね」


 それまで黙っていたミレーヌが、少し困ったように口を開いた。


 「これは頭で考えたんじゃなくて、勇者の力がそう言ってる感じなんだけど……たぶん、これは一時的なものだと思う」


 みんながミレーヌを見る。


 「闇が晴れたのは本当だと思う。でも、根っこの問題がなくなったわけじゃない。差別とか、貧しさとか、孤独とか、そういうものが残っていたら、また心は闇に閉ざされる気がするんだ」


 確かに、そうかもしれない。


 汚れを洗い流しても、街の貧しさが消えたわけではない。

 恨みが薄れても、差別や孤独がなくなったわけではない。


 クヌートとフェリシアが受けてきたものも、セシルさんが抱えてきたものも、シグレさんの喪失も、奇跡一つでなかったことにはならない。


 それでも、一時的にしろ、みんなが本来の自分を取り戻せたのは良いことだと思う。


 光は、全部を解決したわけじゃない。

 けれど、もう一度立ち上がるきっかけにはなったのだ。


 カチュアさんが、静かに立ち上がった。


 「まずはルクス侯爵閣下……ティニーの所へ戻ろう。敵の指揮官、大魔導士ベスパルを討った報告をしないといけない」


 僕は一瞬、カチュアさんを見た。


 ティニー様ではなく、ティニー。


 その名前の呼び方は、騎士が主君を呼ぶものではなく、姉が妹を案じる声だった。


 カチュアさんは、そのことに気づいていないようだった。

 けれど、その一言だけで、彼女がティニー嬢をどう思っているのか分かった気がした。


 主君としてだけではない。

 妹のように見守ってきた少女として。


 今だけは、主従の距離を越えて、素直な想いがこぼれたのだろう。


 「そうですね。早く安心させてあげましょう」


 僕がそう言うと、カチュアさんは小さく頷いた。


 外では、まだ街の片付けが続いている。

 遠くの砦からは、兵士達の声が聞こえていた。


 ルクス城の戦いは、まだ完全に終わったわけではない。


 けれど、最も深い闇は晴れた。


 僕達は、ティニー侯爵の待つ本城へ戻るため、酒場跡を出た。

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