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君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜  作者: 屠龍
第十四章 船出

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第百十一話 フェウの実

第百十一話 フェウの実


 「ユキナ、これを食べるといい」


 部屋へ戻る途中、褐色の肌をしたクボハさんが、僕に小さな乾燥果実を一つくれた。


 杏に似た、オレンジ色の実だった。


 「これは何ですか?」


 「わたしの故郷の果実で、フェウという。船旅で体調を崩さないように食べるんだ。口に入れておけば、酒を勧められた時の断り文句にもなる」


 「断り文句?」


 「『薬代わりに食べているから酒は飲めない』と言えばいい。酒の席で真面目に断ると角が立つが、体調のためと言えば引き下がる奴も多い」


 なるほど。


 それはありがたい。


 僕はまだ酒を飲むつもりはないし、飲めと言われても困る。けれど、ただ断れば「付き合いが悪い」と絡まれるかもしれない。


 フェウの実を口実にできるなら助かる。


 「ありがとうございます」


 僕が礼を言うと、クボハさんは豪快に笑った。


 「いいってことさ。坊やはああいう連中に混ざるより、こっちで大人しくしていた方がいい」


 「坊や……」


 少し複雑だった。


 周りの女性冒険者達がくすくすと笑う。


 ミレーヌも笑っていたけれど、どこか安心したような顔をしていた。


 「そこのハーフエルフの兄さんも食べるかい?」


 クボハさんがクヌートにもフェウの実を差し出す。


 クヌートは一瞬だけ果実を見て、それから首を横に振った。


 「俺は酒も博打もやらない。必要ない」


 「だから、それが絡まれる理由になるんだよ」


 セシルさんが横から口を挟む。


 「飲まないなら飲まないで、うまく断る言い訳を持っておきな。正しさだけで押し通そうとすると、余計な敵を作ることもある」


 クヌートは不満そうに黙った。


 フェリシアがそっと兄の袖を引く。


 「兄様。いただいておきましょう。使うかどうかは別として」


 「……分かった」


 クヌートは渋々フェウの実を受け取った。


 その様子を見て、クボハさんは満足そうに頷く。


 「そうそう。海の上では、使えるものは何でも使うんだよ」


 その言葉は、ロイド教官の教えにも少し似ていた。


 僕はフェウの実を一口かじってみる。


 甘酸っぱくて、少し薬草のような香りがした。美味しいかと聞かれると少し迷うけれど、体には良さそうだ。


 クボハさん達は、僕達をからかいながらも、決して無理に輪の中へ引き込もうとはしなかった。


 飲めないなら飲まなくていい。話したくなければ黙っていてもいい。そんな空気がそこにはあった。


 荒くれた男達の酒盛りとは違い、ここには誰かを試すような視線がない。


 クシャナさんが故郷の海の歌を小さく口ずさみ、パホさんが懐かしそうに目を細める。フェリシアは聞き取れない言葉を時々訳してくれて、クヌートは興味がないふりをしながらも、妹の声だけはちゃんと聞いていた。


 船の外では、波が船体を叩いている。


 僕達は危険地帯へ近づいている。


 そのことを忘れたわけではない。


 けれど、こんなふうに誰かの故郷の話を聞いていると、この船に乗っている全員が、ただの護衛や船員ではなく、それぞれ帰りたい場所を持つ人間なのだと思えた。


 ◆◆◆


 怪物や海賊がいつ襲ってくるかは分からない。


 だから本当なら、いつでも動けるようにしておくべきなのだろう。


 けれど、船の上の時間は長い。


 緊張し続けることもできない。


 女性冒険者達は、暇を見つけて軽く酒を飲んだり、故郷の話をしたりしていた。昨日のような大きな慰労会ではない。あくまで、身内だけの小さな息抜きだ。


 荒れた男達の酒盛りとは違って、そこには穏やかな空気があった。


 僕は少し離れたベッドに腰を下ろし、その様子を見ていた。


 酒盛りに混ざるのは気が引ける。


 でも、一人でいると少し落ち着かない。


 そう思っていると、ベッドが小さく軋んだ。


 顔を上げると、ミレーヌが隣に座っていた。


 「ユキナ。よかったら、ボクと話をしよ」


 「もちろんいいよ」


 僕は少し場所を空ける。


 ミレーヌは嬉しそうに笑って、僕の隣に腰を下ろした。


 船室の小さな窓から、夕暮れの光が差し込んでいる。海に反射した橙色の光が、壁や床にゆらゆらと揺れていた。遠くでは女性冒険者達の笑い声が聞こえ、船体を叩く波の音が、その声を柔らかく包んでいる。ミレーヌの緑の髪にも夕日が触れて、いつもより少し落ち着いた色に見えた。


 「ボクね、ユキナにお礼が言いたかったんだ」


 「お礼?」


 「うん。ボクはユキナと一緒にいられて、とっても幸せなんだ。だから、ありがとうって言いたくて」


 不意にそんなことを言われて、胸が温かくなった。


 「そんなの、僕だって一緒だよ。いつも傍にいてくれてありがとう」


 周りの女性達に気づかれないように、僕達はそっと手を繋いだ。


 ただ手を触れ合わせるだけで、不思議なくらい安心する。


 ミレーヌと一緒にいて、話をして、同じ時間を過ごす。


 それだけで、僕には十分すぎるほど幸せだった。


 「このクエストが終わったら、どうしようか」


 ミレーヌが小さな声で言う。


 「まずは無事に帰ることかな」


 「それはもちろんだよ。でも、その後」


 「ギルドに報告して、報酬を受け取って……それから、ミレーヌのお父さんに挨拶に行きたい」


 「お父さん、きっと喜ぶよ」


 ミレーヌはそう言って笑った。


 僕達はそのまま、夕暮れまで話をした。


 故郷のこと。


 冒険者になりたての頃のこと。


 この航海が無事に終わった後のこと。


 窓の外では、海が夕日に染まっている。


 船は静かに揺れながら、危険地帯へと近づいていた。


 それでも、ミレーヌの手の温かさがそばにあるだけで、僕は少しだけ落ち着いていられた。


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