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君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜  作者: 屠龍
第十四章 船出

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第百九話 身を守る術

 第百九話 身を守る術


 その夜の食事は、船長のジョルジュさんの計らいで、いつもよりずっと豪華だった。


 まだ港を出て五日しか経っていないので、新鮮な野菜や果物が残っている。乾燥や塩漬けではない肉も並び、昼間に釣れた魚も焼かれていた。


 香辛料も使われていて、船の食事とは思えないほど匂いが良い。


 「ま、船長としても、船員と護衛の不満は悩みの種なんだろうね」


 セシルさんはそう言いながら、肉料理をナイフで切り分けている。


 広めの船室には、いつもより多くの灯りが灯されていた。


 大きなテーブルには料理と酒が並び、船員や護衛達が席についている。


 ただし、いつものような雑な酒盛りではなかった。


 入口近くにはジョルジュ船長の部下が立ち、壁際にはシグレさんが腕を組んで控えている。クボハさんとクシャナさんとパホさん、それに他の女性冒険者達も、男達の輪に混じるのではなく、少し離れた場所で場の流れを見ていた。


 セシルさんが決めた約束事は、最初に全員へ伝えられていた。


 武器は持ち込まない。


 賭け事は小銭まで。


 酔って絡まない。


 嫌がる相手に触れない。


 破れば、その場でつまみ出す。


 それだけの決まりでも、空気はだいぶ違った。


 男達は相変わらず大声で笑い、酒を飲み、腕相撲で騒いでいる。


 けれど、誰も一線を越えようとはしなかった。


 少なくとも、今のところは。


 昼間は刺すようだった視線も、今は料理と酒と勝負事に散っている。

 誰かが調子外れの歌を歌い出すと、別の船員が机を叩いて拍子を取った。腕相撲に負けた男が大げさに椅子から転げ落ち、周りから笑い声が上がる。


 荒っぽい空気ではある。けれど、昼間みたいに行き場のない苛立ちが部屋の隅に溜まっている感じはなかった。

 クボハさん達も、騒ぎの中心には入らず、少し離れた場所から笑ったり、危なそうな男に声をかけたりしている。


 楽しんでいるというより、場が壊れないように見ているのだと分かった。


 「ミレーヌもユキナも、こういうのは嫌いかい?」


 セシルさんが小声で尋ねてきた。


 「嫌いというか……少し怖いです」


 僕は正直に答えた。


 「ボクも。みんな楽しそうだけど、近くには行きたくないかな」


 ミレーヌもそう言って、僕の隣に座り直す。


 「それでいいんだよ」


 セシルさんは満足そうに頷いた。


 「近づかなくていいものには、近づかない。怖いと思ったら距離を取る。それも身を守る術さ」


 「身を守る術……」


 「剣を抜くだけが身を守る方法じゃないってことだよ」


 セシルさんはワインを一口飲む。


 そして、騒いでいる男達の方を見た。


 「ここは海の上だ。怪物や海賊に襲われたら逃げ場所なんてない。船員も護衛も、それを分かってる。分かってるから、怖い。怖いから酒を飲む。退屈で、不安で、腹が減って、先が見えない。そういうものが溜まると、人は簡単に荒れる」


 その声には、いつもの軽さが少しだけ薄れていた。


 「正しいことを言って殴りつければ、それで収まる時もある。でも、収まらない時もある。だったら、爆発する前に逃げ道を作る。飯を食わせて、酒を飲ませて、歌わせて、馬鹿な勝負をさせて、笑わせる。そうしてる間は、少なくとも刃物は抜かない」


 僕は黙って聞いていた。


 確かに、男達の顔は昼間より穏やかに見えた。


 酒に酔っているだけかもしれない。


 けれど、さっきまでの刺々しい空気は少し薄れている。


 「もちろん、全員が善人になるわけじゃない。だから線は引く。近づきすぎない。飲みすぎた奴は寝かせる。絡んできたら止める。約束を破ったら叩き出す」


 セシルさんはそこで、僕とミレーヌを見た。


 「優しさだけじゃ駄目だ。でも、力だけでも駄目だ。荒れた場所で生きるには、場の空気を読むことも必要なんだよ」


 それは、僕にはまだ難しい考え方だった。


 悪いことは悪い。


 危ない人は止める。


 そう考える方が分かりやすい。


 でも、船の上では、陸と同じやり方が通じないのかもしれない。


 逃げ場のない場所で、全員が少しずつ不安を抱えている。


 だからこそ、壊れる前に緩める。


 それもまた、身を守る術なのだ。


 「ユキナ」


 ミレーヌが小さく僕の袖を引いた。


 「ボク達は、無理にあの中に入らなくていいよね」


 「うん。入らなくていい」


 僕は頷いた。


 「ここで一緒にいよう」


 ミレーヌは安心したように笑う。


 フェリシアも、少し離れた席でクヌートと並んで座っていた。


 クヌートは相変わらず不機嫌そうだったけれど、フェリシアが何かを囁くと、ほんの少しだけ表情を緩めた。


 騒ぐ声。


 笑う声。


 皿の音。


 波の音。


 船は夜の海を進んでいる。


 明日からは、こんな豪華な食事は出ないだろう。


 干し魚や干し肉、豆のスープ、乾燥した果物や野菜。そんな食事が何日も続くはずだ。


 壊血病という、野菜や果物不足から来る病を防ぐために果物は支給されるらしいけれど、それだって十分とは言えない。


 船の生活は過酷だ。


 だからこそ、今日のような夜が必要なのかもしれない。


 僕はまだ、すべてを納得できたわけではない。


 けれど、少なくとも分かったことがある。


 身を守るというのは、敵を倒すことだけではない。


 危ない場所から距離を取ること。


 信頼できる人のそばにいること。


 場が荒れる前に、誰かが整えること。


 そして、自分が嫌だと思うことには、ちゃんと線を引くこと。


 それもきっと、冒険者として必要な力なのだ。


 僕はミレーヌの隣で、静かに息をついた。


 今夜は、早めに休もう。


 明日からまた、長い航海が続くのだから。


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