第65話:一ノ瀬直也
あのステージから、わずか数日。
事態は急速に整理され、形を変えていった。
オレの依頼を受け、フェリシテは最終的に五井物産と総代理店契約を結ぶことを決めた。
だが、あの茶番を招いたアパレル部門の幹部は、社長の判断で大幅な人事異動の対象となった。
こればかりは、厳しい言い方になるが避けられない処置だったのだろう。
同時に、フェリシテの強い意向で新しいプロジェクトが立ち上がった。
GAIALINQをファッションの観点から共同プロデュースする――その象徴として掲げられたアイコンは、『RICO×NAOYA』だった。
あの日のパフォーマンスが、もう単なる一過性の出来事ではなく、未来へつながるブランドイメージとして動き出していた。
さらに、フェリシテの今後のブランド広告にRICOを全面採用することも正式に決定した。
莉子の存在は、一気に表舞台へと押し出されていく。
そのために、オレは彼女の個人事務所を設立した。代表は莉子自身。
そしてオレは正式な兼業申請を会社に行い、取締役としてその事務所を兼務することを認めてもらった。ただしオレ自身は無報酬にしている。
GAIALINQと五井物産を守るためでもあり、莉子をアーティストとして支えるために引き受けたのだ。
こうして――フェリシテと、莉子の事務所の間に正式な契約が交わされた。
莉子とは、事務所の活動と『RICO×NAOYA』の活動を通じて、強固な関係を築いていく事にならざるを得ない。
彼女も当分は仕事で忙しくなることを分かっているから、「すぐにデートして欲しい」なんてことは言わなかった。
それでも、笑いながら「たまにはワガママを聞いてね」と甘えてくる。
そんな顔を見せられて、否と言えるはずがなかった。
一方で、オレが願っているのは――保奈美と莉子が仲直りすること。
だが、二人とも首を横に振る。
「別に口をきかないわけじゃない。ただ、もう仲良くはなれない」
そうはっきり言う。
だから、それ以上はオレも何も言えなかった。
亜紀さんと玲奈と麻里は、従来通りGAIALINQでの仕事を率先して進め、オレを支えてくれている。
その姿勢には本当に助けられている。
だが同時に――。
広報部門や、あの一件の余波を受けたアパレル部門に対して、幹部の大幅入れ替えがあったにも関わらず、亜紀さんと玲奈は非常に強いアタリを見せるようになってしまった。
気持ちは分からないでもない。
彼女たちもオレを、あるいはGAIALINQを守るために怒ってくれていたのだ。
だが、フェリシテとの取り組み――『GAIALINQをファッションの観点から共同プロデュース』というプロジェクトを進めるためには、アパレル部門との融和は不可欠だ。
その板挟みに、また胸が重くなる。
広報が持ってきたのは、あの茶番の際に撮影された映像を編集した『RICO×NAOYA』の完パケだった。
会議室で再生されるや否や――。
「ガルルルルっ」
亜紀さんと玲奈が、まるで犬のように唸って威嚇した。
広報担当は顔を引きつらせ、椅子ごと後ろに下がる。
完全に萎縮してしまっていた。
その日の午後、広報部長からオレに電話が入った。
「もう少し何とかしてくれないか……正直、怖くて持っていけない」と。
仕方がなく、オレは亜紀と玲奈を呼び出した。
「なあ、広報やアパレル部門に、もう少しマイルドに接してくれませんか」
二人は同時に腕を組み、顔を見合わせてから口を開いた。
「じゃあ、ディナーに誘って」
「私は一緒にオールでカラオケなら許してあげる」
「…………」
意味が分からなかった。
いや、言っていることは分かる。だが仕事とどう関係するのかは、まったく理解できない。
そこへ麻里が、涼しい顔で入ってきた。
「ステークホルダーとして、密接な情報共有を今晩どうかしら?」
柔らかな笑顔の裏に、まったく引く気配はない。
オレは頭を抱えた。
GAIALINQを前に進めるための調整のはずが、なぜこうなる。
仕事よりも、むしろ人間関係の方がずっと難しい――そう痛感せざるを得なかった。




