第50話:新堂亜紀
どうして、こうなってしまったのだろう。
気づけば、また直也くんに重たいものを背負わせてしまっていた。
ただの茶番だと思っていた。大手総合商社が総代理店の契約をかけて、カラオケで競うなんて。笑って受け流せる余興のはずだった。
けれど現実には、会社の未来や、直也くんの立場にまで絡んでくる。
そして結局、彼は自分から背負ってしまう。
――いや、背負わされてしまう。
目の前で背中を向けて去っていった直也くんの姿を思い出す。
あの背中には、いつだって責任が貼り付いている。
オレがやるしかない――そう言わんばかりに。
胸が締めつけられた。
まただ。また、同じことを繰り返している。
どうして私は、彼を楽にさせてあげられないのだろう。
「……行こう」
気づけば声に出していた。私自身も会場に行かなくては、と強く思った。
そのとき。
「行きましょう!」
横から玲奈が勢いよく立ち上がった。迷いのない瞳でこちらを見つめている。
そして、少し遅れて麻里が口を開いた。
「私も行く」
その声には、決意がにじんでいた。
茶番に巻き込まれてしまった以上、せめて現場で直也くんを支えるしかない。三人の思いはそこで一致した。
「池袋ならタクシーより丸ノ内線のほうが早い」
誰が言ったのかも定かではない。次の瞬間にはもう、私たちは走り出していた。
電車の揺れに合わせて吊革が微かにきしむ。
昼下がりの丸ノ内線、車内のざわめきの中に身を置きながらも、胸の奥は落ち着かなかった。
「午前中に三曲ずつ歌って……」と、玲奈がタブレットを覗き込みながら小声で言った。「昼休みを挟んで、午後に二曲ずつ。直也は恐らく最後になるでしょう」
私は思わず唇を噛む。最後――つまり、結果を決める位置。責任の重さを考えると、胸が締めつけられる。
「いくら直也くんが上手でも、逆転できるのかしら」
自分の声が、思ったより弱く震えていた。
麻里が隣で腕を組み、真剣な顔で答える。
「……今、中継チャンネルが面白がってYouTubeにアップしてる。最下位は五井物産。でも、大差ってわけじゃない。まだ十分に勝負は残ってる」
「最下位……」
その言葉が胸に重く響く。
やはりそうなのか。だからこそ直也くんが――。
玲奈がふっと息を吐き、私と麻里を見回した。
「でも、直也ならやれる。そう思うから、私たちもこうして走ってるんでしょう?」
言葉に詰まった私に代わって、麻里が頷いた。
「……そう。巻き込まれた以上、最後まで見届ける。せめて現場で支える。それしかできないけど、それでもやる」
電車が揺れ、窓の外の景色が地下の闇に沈んでいく。
私は二人の顔を順に見た。
頼もしかった。彼女たちが一緒なら、心細さも和らぐ。
「……ありがとう」
小さく呟いた声は、電車の音に紛れて届いたかどうかも分からない。
けれど胸の奥には確かなものが灯っていた。
――直也くん。
今度こそ、ひとりじゃないから。




