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第47話:一ノ瀬直也

――例の広報が編集したイベント動画。

あれを、広報を統括する役員が“たまたま”見てしまったらしい。


そして――案の定。

「この映像を見ろ! あのパフォーマンスこそ、フェリシテ奪還の切り札になる」

そう叫びながら、アパレル部門の幹部が役員会に駆け込んだという経緯のようだ。


社長、副社長にまで話が上がった。

「カラオケ対決で逆転するには、一ノ瀬を投入するしかない」

――そんな馬鹿げた上申が、本当に通ってしまったのだ。


もちろん、まともな声もあった。

IT統括取締役は強く反対した。

「ステークスホルダーから“GAIALINQに余計な火種を背負わせるな”という意向が出ている。

 一ノ瀬くんを投入するのはリスクが大きすぎる」


……正論だ。

それでも、事態は止まらなかった。


※※※


――社長が、わざわざオレのフロアに降りてきた。


「一ノ瀬くん」

背後に副社長を従えた社長が、オレに向かって直立する。


「これは会社の危機だ。特例中の特例だが――君に判断を委ねたい。

 どうか、フェリシテの件に協力してもらえないか」


フロア全体の空気が凍りついた。

オレの机の横にいた亜紀さんと玲奈は同時に立ち上がる。


「社長、それは絶対にあり得ません!」

亜紀さんが鋭い声を放つ。


「GAIALINQのプロジェクトだってギリギリで回しているんです!」

玲奈も食い下がった。


二人の必死さは、痛いほど伝わってくる。

でも、社長の眼差しは揺らがない。


「直也、絶対ダメよ」

麻里も声を落として囁いた。

「これは五井物産の問題。GAIALINQの看板であるあなたが巻き込まれるべきじゃない。……それはステークスホルダーとして私からもハッキリ言っておきます」


麻里の言葉は重い。

ステークスホルダーの立場だからこそ、冷静に全体を見ている。


だけど。


「……分かってる」

オレは深く息を吐いた。


「分かってるんだ。

 でも、フェリシテは年間1500億の案件だ。

 もしここで失えば、五井物産全体に波及する。

 その結果GAIALINQのプロジェクトメンバーにだって影響が及ぶのは必定だ」


亜紀さんが唇を噛む。

玲奈は目を見開いて「でも……!」と声を上げかけた。


「大丈夫だ」

オレは二人を見た。

「今やってるカラオケ対決だって、今日中に終わる“茶番”だ。

 オレが数時間だけ抜ければ、それで済む。――だから、この件だけは対応させてくれ」


「直也……」

麻里の視線は険しい。

でも、最後には小さく息を吐き、肩を落とした。


「……あなたがそこまで言うなら、私はもう止めない。

 でも、絶対に“GAIALINQを揺るがすこと”だけは避けて」


オレは頷いた。


亜紀さんも玲奈も、まだ納得はしていない。

それでも、社長と副社長の視線の前で、オレの言葉に従わざるを得なかった。


(……こんな茶番に巻き込まれるなんてな)


心の奥で苦笑した。

でも仕方がない。

オレがやらなければ、五井物産そのものが傾くかもしれない。


「分かりました」

オレは社長に向き直り、はっきりと言った。


「今回だけ――特例として引き受けます」


社長の顔に、安堵の色が広がった。

副社長も力強く頷く。


その瞬間、背後で亜紀さんと玲奈の押し殺したため息が聞こえた。

オレは心の中で二人に謝った。


――イベントはすでに始まっている。

数時間で終わる短期決戦だ。

この茶番を、さっさと片付けて戻ってくる。


胸の奥でそう固く誓った。


そしてオレは莉子と保奈美に電話を入れた。


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