第44話:宮本玲奈
――亜紀さんの判断に、私は全面的に賛成だった。
あの交流会イベントの動画。
完成版を見た瞬間に「これは危ない」と直感したのは、私も同じだ。
直也さんの歌声が編集され、複数カメラで切り替わる映像は、社外に出せば確実に大バズりする。
だが、今のタイミングで出すのは致命的だ。
ところが、広報の意見は正反対だった。
「こんなに素晴らしい素材を、早く世に出さない理由がありますか? 社のイメージアップにも繋がりますし、GAIALINQの認知度を一気に押し上げられるはずです」
熱弁する担当者に、私は深く息を吐いた。
「……気持ちは分かります。でも現場を見てきた私たちからすると、今は出すべきじゃありません」
「それは……どういう意味ですか?」
横で黙っていた亜紀さんが軽く頷き、私に目で合図を送ってくる。
私は静かに言葉を重ねた。
「直也さんの“華やかな姿”が、末端の現場でどう受け止められているか、ご存知ですか?」
担当者の表情が一瞬固まる。
「資源セクターや子会社のメンバーから、不満が漏れ始めています。
“俺たちが泥まみれで現場を支えている間に、最高執行責任者様はカラオケで喝采か”――そんな声が、もう出ているんです」
わざと冷ややかに言うと、担当者は口を噤んだ。
「もちろん、彼らが直也さんの本当の激務や、どれだけ命を削って働いているかを理解していないのは分かっています。
でも――嫉妬や妬みは理屈じゃありません。今あの映像を出したら、反発の火種を大きくするだけです」
亜紀さんが「そういうこと」と短く補足する。
私は続けた。
「だから、しばらく様子を見てください。反発が自然と落ち着くまでは。
広報戦略としても、その方が効果的なはずです」
担当者はしばらく考え込んだあと、しぶしぶ頷いた。
「……分かりました。一旦は保留にします。ただ、そう長くは引き延ばせませんよ。我々は我々で、経営陣からGAIALINQの認知度をどんどん向上するようにプレッシャーをかけられているのは事実なのですから」
「それは理解しています。それでも今しばらく猶予をください」
私は短く返した。
一応の決着。
けれど胸に残るのは安堵ではなく、むしろ別の苛立ちだった。
※※※
社内は今、“フェリシテのカラオケ対決”の話題で持ちきりだ。
アパレル部門の人間たちは青ざめながらも、必死に候補を探している。
だが驚いたことに、アパレルと無関係な部署まで妙な動きを見せ始めた。
「うちの部からも接待部隊でカラオケ自慢を推薦できるぞ」
「昔コンテストで入賞したやつがいる」
「最悪、OB呼んででも枠埋めよう」
――総代理店契約を、カラオケで決める?
冗談みたいな話が、本当に動き出している。
笑い飛ばせればどれだけ楽か。
でも現実は誰も笑えない。
年間売上1500億円という数字が重すぎて、笑いが凍りついているのだ。
私はコーヒーを口にしながら、心の中で小さく呟いた。
(……正気の沙汰じゃないわ)
同じ会社の中で、GAIALINQは未来を切り拓こうとしている。
その傍らで、こんな茶番が本気で進んでいる。
そのギャップが、不気味で仕方なかった。




