第43話:新堂亜紀
――雲行きが、ますます怪しくなってきた。
「フェリシテが……“カラオケ対決”で総代理店を決めるって?」
昼休み、社内チャットに流れたニュースの見出しを見て、思わず画面を二度見した。
総代理店契約を――カラオケで決める? 冗談でしょ?
でも、これは冗談じゃなかった。
フェリシテの新オーナー、神楽坂梨奈。その“ギャル社長”の投稿が火を点けて、本当に各商社を相手に「歌で競わせる」という前代未聞の流れになっているのだ。
五菱、伊東注、雙日――そして五井物産。
名だたる大手が、カラオケという舞台でしのぎを削る。
「……どうかしてる」
私は深い溜息をついた。
そんな中、私のデスクに広報からのメールが届いた。添付ファイル。
件名は「先日の交流会イベント 完成版映像ご確認のお願い」。
嫌な予感がして開いた瞬間、画面に映し出されたのは――。
直也くん。
あのライブハウスのステージに立ち、ライラックを歌い上げる姿。
生徒たちと大合唱になったシーン。
真央ちゃんと並んで「打ち上げ花火」を熱唱する瞬間。
……完璧すぎる編集。
複数カメラを駆使して、まるで本物のアーティストのプロモーション映像。
いや、正直、背筋が震えた。私でさえ改めて見て心を奪われるのだから。
(……これ、公開したらどうなるか)
想像するのは簡単だった。
今ちょうど「カラオケ対決」が業界を騒がせている。
もしこんな映像が外に出れば――。
「五井物産には“最強の歌えるGAIALINQ最高執行責任者”がいる」
そう言い出すバカが、必ず現れる。
直也くんはGAIALINQの看板。
日々、途方もないスピードで進むプロジェクトを回している。
それだけでも限界近いのに、さらに余計なものを背負わせる?
そんなの、絶対に許さない。
私はすぐに広報に電話を入れた。
「……この映像、公開は待ってください。少なくとも今は絶対ダメです」
「えっ? でも新堂さん、素晴らしい出来ですよ? イベントの成功を示す最高の資料になりますし、SNSで発信すれば社内外から大きな反響が――」
「だからです!」
私は思わず声を強めた。
「反響が大きすぎるんですよ。今はそれが“毒”になってしまいます。直也くんに余計なものを背負わせるくらいなら、この映像は葬りたいくらい」
相手が一瞬、言葉を失うのが分かった。
※※※
私は深く椅子に座り直した。
GAIALINQは今が一番大事な時期。
直也くんの集中を乱す要素は、全部私が弾く。
もし誰かが彼を“カラオケ対決”なんかに担ぎ出そうとしたら――。
私が体を張ってでも阻止する。
それが、GAIALINQの仲間として、そして……私個人の気持ちとしての、絶対の決意だった。




