第41話:神楽坂梨奈
――ワガママを口にするたびに、幹部たちの顔が強張る。
五井物産の担当者も、経営幹部も、私をどう扱えばいいのか分からずに、右往左往している。
それがたまらなく可笑しくて、胸の奥に黒い快感が広がっていく。
父が死んだ時も。弟が死んだ時も。
誰も私を見てくれなかった。
けれど今は――ワガママを言えば言うほど、みんなが私を見てくれる。
「じゃあ、私の前で社員がカラオケで歌ってみて。それを私が採点するから」
「私を感動させなきゃダメ」
口にした瞬間、目の前で幹部たちの肩が揺れた。
青ざめた顔。乾いた笑い。
「何を言ってるんだ」と喉元まで出かかった声を、必死に飲み込んでいるのが分かる。
「全部で五曲。社員でなければ失格。プロに頼むのは絶対禁止。
ただし――個人的にYoutuberで活動してるとかなら別にいいよ」
一拍おいて。
膝から崩れ落ちるように座り込む五井物産のアパレル部門の人間。
私は、その情けない姿を見下ろしながら、口の端を上げた。
「……ザマァ」
聞こえなかったふりをしているのだろう。誰も反論しない。
でも、その沈黙こそが快感だった。
※※※
その日から、次々と商社の担当者が私の前に現れた。
五菱商事の男が緊張した面持ちで名刺を差し出す。
伊東注の女が、笑顔を作りながら「必ずご期待に応えます」と言う。
雙日の二人組は、互いに顔を見合わせてから深々と頭を下げた。
そして最後に、五井物産。
看板を失えば経営陣の首が飛ぶと分かっているのだろう。
彼らの顔には、もはや誇りも矜持もなく、ただ必死さだけがにじみ出ていた。
四社がそろった時、私は笑って告げた。
「とにかく感動させて。それで決めるから」
――どうでもいい。
どこの商社が残ろうと、私には関係ない。
でも。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ期待している自分がいるのも事実だった。
もう一度。
あの小児病棟で観た、奇跡みたいなミニカラオケライブのように。
弟が声にならない声で歌おうとした、あの瞬間みたいに――心を揺さぶってくれる人が現れるかもしれない。
(……ナオキさん。来てくれないかな)
そう心の中で呟きながら、私は新しい“選抜戦”の舞台を楽しむ準備を始めていた。




